可憐の少女
茶色い艶やかな髪に追いかけられる可憐なあの人は、急にそんな話を始めた。
「例え話なんだけど」と前置きして、
「10月10日の朝、消費期限が10月5日って書いてあるメロンパンがそこに置いてあるとしたら、それは間違いってことになるよね」
と、まるで誰に説明するでもなく、淡々と続けていた。
「でも、10月10日の夜、そのメロンパンの袋に“期限切れ”って書かれたとしたら、その存在は間違ったものじゃなくなる」
あの、前にある椅子の右後ろの足を遠く眺めながら私は聞いた。
彼女は、ただ一人で思考の奥に沈んでいくように喋り続けた。
「そのメロンパンの歴史を見たとき、10月の6、7、8、9日は確かに間違いであった経歴を持つし、あとからラベルが変えられたからといって、その過去の日たちが正しいに変わるわけじゃない。間違いだったっていう史実はあるの」
声はどこか遠くのものみたいで、
「4日間、メロンパンはキッチンで隠れてて、誰にも認識されてなかったかもしれない。そこにあった間違いは、いつも黙って見ている世界のやつと、メロンパンしか知らない。……その4日間は、2人だけの間にあった秘密が、メロンパンを存在させたのかも」
と、最後だけ少し優しく言って、私を捕まえる腕を離し、艶やかな残り香を遺して去っていった。
大変だ。私は呼吸を忘れていたかもしれない。




