第95話 新生迷宮省!は本当にダメそう
ネチョネチョ動画の生放送で、迷宮省の長官と幹部が一新されたということでお披露目配信みたいなことをやっていた。
中林という名の六十代くらいの人物が新長官か。
与党に長く所属する政治家で、いわゆる党内政治に長けているタイプ。
もちろん、前長官のような現場で活動するスキルなど持っていない。
それでも、指示能力が高くて優秀ならいいのだが。
『前任は市民の皆様の声を聞くことができておりませんでした。私は皆さんに寄り添った、市民感覚を重んじた愛される迷宮省を作ってして参ります。まず、あまりに厳しすぎるこれらのダンジョンに関する規制を排除します。私が提案しますのは、ダンジョンとの共存。ダンジョンを使った経済の発展です!』
「言ってることはまともに聞こえるが、あの厳しいダンジョン規制は犠牲者を生まないためだろ? 本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけありませんわ。この人、頭からダンジョンを舐めて掛かってはる。大京さんが抑え込んでいて、被害が最小限だったのを当たり前の状況だと考えてらっしゃるんでしょ」
「それってまずくないか?」
座卓の上のPCを前に、俺は唸る。
そうしていると、幼女姿のシノが当たり前みたいな顔をして、俺の膝の上にちょこんと座ってきたのだった。
「あーっ、事案!」
「うちは狐ですからお気になさらずー。それに本命はマシロさんでしょう?」
「それはそうだが、この姿を見られたら大変だな」
「狐だから平気です平気! 話は戻りますけど、受益者っていうんは自分が得ている利益が、どういう方々の努力で維持されてるかを容易に透明化するんですよねえ。このパソコンを動かしてる電気しかり、いつも楽しい配信をしてくれはる配信者しかり」
「確かになあ……。空気みたいなものだと思ってしまう。空気は大事だけど、それに感謝するとか難しいよなあ」
画面の中の中林新長官は、次々に今後の迷宮省について、聞こえのいい施策を発表していっている。
この人はなんというか、今まで迷宮省に抑えつけられていた一般人の声を代表してたりもするんだろうな。
確かに迷宮省は社会を抑えつけていたからなあ。
解放されたらどうなるんだろうな?
ろくでもないことになるのだけは分かる。
でもまあ、みんな経験しないと分からないもんなあ。
大京さんはこれが分かってて、呆れて長官から降りたのかね?
『主様! あちこちでダンジョンに施されていた封印のランクが下げられているみたいです! これはコストカットですねー』
ダンミーはそういうところもチェックできるのだ。
スマホに張り付いて、これを見ていたフロータから恐ろしい情報が……!
「えーっ、それでやっていけるの?」
『ダメじゃないですかねー』
フロータが心底呆れ声で言うのだった。
その後、ダンジョンの商用利用の禁止などの制限が即日凍結され、比較的危険度が低いと今の迷宮省が判断したダンジョンは使用していいことになった。
本当に大丈夫?
「あかんでしょうねー。あ、ちなみに今、迷宮省で物事を判断する立場にある方々、他の省庁から来た方なんでド素人ですー。ダンジョン行政が極めて特殊というのは、外部からはわかりませんからねえ。優秀な方々なんでしょうけど、専門外のことについてはあかんと思います」
「もうだめだ」
本当にダメだった。
比較的安全とされたダンジョンは、全国各地でいきなり大量の犠牲者を出した。
この安全って配信者基準ですからね。
一般人はゴブリン相手ですら勝負にならないから。
かつての弊社がダンジョン化した時、ただのゴブリンがいかに恐ろしかったかを思い出す。
幸い、ダンジョンが本格的に商業利用される前で良かった。
様子見に来た業者と、封印を乗り越えて侵入した怖いもの知らずの若者、あとは酔っ払ってふらふら入っていったおじさんやおばさんが犠牲になったのだった。
それでも、たった数日で千人くらい犠牲になったので、大慌てで迷宮省は方針を撤回した。
ダンジョンの商業利用は禁止というわけだ。
さらに、迷宮省は「配信者があまりにも優遇されすぎていた」ということで、彼らへの支援や援助を減らす方向に舵を取っており、ダンミーを使った申請も明らかに日にちが掛かるようになっていた。
お陰で、ダンジョン攻略が間に合わず、小規模なスタンピードが全国で頻発した。
さらに、ダンミーはダンジョン発生報告を市民から募る方式で、これにインセンティブとしてお買い物券などを配っていたのだがこれをコストカットのために停止。
そうしたら、ダンジョン発生の報告数が一割まで減ったわけだ。
うーん!
ダメだな今の迷宮省。
大魔将以上に、この国にダメージを与えているぞ。
「ヤバいッス。うちの会社の取引先、護符の控除が減ったからってケチったら、あっという間にダンジョン化して今は休業状態に……」
「各地でコストダウンが効果を発揮してるなあ。地獄絵図じゃん」
マシロから話を聞いていても、新生迷宮省が世の中に悪影響を与えまくっているのがよく分かる。
だが、市民の皆さんが選んだ迷宮省だからな……。
ダンジョン関連を市民感覚で運営するとこうなる、というサンプルが日々提示されてきている形だ。
問題は、洒落にならない数の犠牲者が出ていることで。
「迷宮省の回線が今、常にパンクしてるんだよ。苦情が来まくってるんじゃないか? でも迷宮省は前長官時代に付き合いのあった配信者との契約を凍結してるから、ダンジョン攻略を依頼することができなくなってるはずだ。確か入札制で一番安い配信者に依頼するんじゃなかったっけ」
「ダメじゃないッスかそれー!!」
「うん、当然ダメになってる」
ダンピングして受注した配信者は、己の実力以上のダンジョンに挑んでその全てが攻略失敗。
実力者ほど適正な報酬を求めるからねえ。
ボランティアじゃないのだ。こっちの経費だって掛かるわけだし。
「あーっ、またスタンピードが起きてる。ダンジョンを利用して経済活性化のつもりが、スタンピードの頻発で社会運営そのものが難しくなってきているな……」
「ううう、これからこんなことが続くんスかねえ……。もっと平和な時に先輩と結婚したい」
「長くは保たないんじゃないか、これ? 配信者の義侠心に頼ろうにも、ダンジョン情報そのものを集めるシステムを壊しちゃったんだから。怒りがまとめて迷宮省に向くぞ」
かくして、新生迷宮省の船出はガタガタ。
運用は最悪。
世の中は大混乱に陥っているのだった。
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