第85話 世界から忘れられているんだが?
一ヶ月半も寝てたのかと思ったけど、これはどうやら時間そのものをふっ飛ばされたみたいだ。
精神の魔導書にそんなパワーが!?
と思ったが、命をかけた大魔法だからそういうこともありえるかあ……?
さてさて、こちらの世界に入ってきた辺りに戻ると……。
二つの世界を隔てる壁に穴が空いていた。
「明らかに穴が大きくなってる……。八咫烏が自力で脱出したな。あいつ、なんでも切れるんじゃないか……?」
よっこらしょっ……! と外に出ると、暑い。
完全に真夏の暑さだ!
「ひいー」
俺は慌てて元の姿に戻った。
イグナイトモードになっていられるか!
『ん無念~! 暑さを防ぐ機能はぁ、俺にはないぃ~』
「だろうねえ。だと思いましたよ」
『げひひひひ! イグナイトの兄貴もできねえことはあるんですねえ!』
『んうるさいぞぉメンタリスゥ! そんなやつにはこうだぁ!』
『ウギャピーッ!!』
「さっきから妙な声が混じってるな……。誰だ?」
『へっへっへ、あっしです』
灰色の表紙をした魔導書がふわっと浮かび上がった。
うおおお、なんか完璧な三下ボイスがする!
『あっしが精神の魔導書メンタリスでやんして。へっへっへ、新しい魔女様、どうぞよろしくお願いしますよ……! あんにゃろめがドラゴンに食われて溶けちまったんで、慌てて尻から飛び出してきましたよ! ドラゴンの尻から!!』
『そしたら精神の魔女の最後の足掻きで、空間ごとふっ飛ばされてたんですよ! 精神の魔法ってこんなことできるんですねえー』
『あんにゃろめがドラゴンに食われる時、一時的に魔力を共有したんでやんすね。だからおかしな効果が発動したということで。ドラゴンは先に目覚めて、ふらふらしながら去って行きやしたねー。ふぃーっ、命拾いした』
三冊になると賑やかだなあ!
今は人通りの少ない、廃墟ビルにいる俺たち。
一旦家まで帰ろうということになった。
カバンには魔導書がぎゅうぎゅうに収まっている。
リュックが必要になってくるな。
キャリーケースでもいいか。
『おっ! お嬢ちゃんフロッピーって言うの? へっへっへ、あっしが手取り足取り魔法を教えてあげるでやんすよ』
怪しい! 怪しいぞメンタリス!!
『ありがとうございます。ご教授、ご鞭撻の程をよろしくお願いします、お兄様』
『おおおおお、お兄様ぁ!? そんな呼び方されたの初めてぇ!! ガーン!! な、な、な、なんていい子なんでやんすかー!! あっしの持てる限りの魔法を教え込んでやるでやんす~!!』
『フロッピーはいい子だからみんな絆されちゃうのよねー』
『ん俺も炎の魔法をかなり教えているぅ! 主の位階が上がれば解放されるだろうぅ!』
カバンの中でわちゃわちゃ賑やかだな。
隣に座っているおばちゃんたちが大きい声でお喋りしているから、魔導書の声は回りに聞こえていない。
ファインプレーだぞおばちゃんたち。
さて、この間に俺がいなかった一月半のことをチェック。
どれどれ……?
ギャワーッ!?
お、俺のチャンネルが消えてる!!
どういうことだ!?
黒胡椒スパイスと検索しても、過去の記録しか出てこない。
まるでこの一ヶ月半の間、俺のことがこの世界の記憶から消えてしまったかのようだ。
なるほど、これが精神の魔女の最後っ屁か。
その一人の存在を世界から消してしまう。
こりゃあ確かに、普通にやられたら詰みだ。
次にマシロは何をやって……。
ギャワーッ!!
モチベーションを失って活動休止してる!!
『なんだか、どうして配信してるのかわからなくなっちゃったッス』みたいな書き込みがあった後、活動しなくなったようだった。
そうか、あいつも俺のことを忘れてしまったのだな。
自宅のある駅に到着する。
家に戻ると、普通に存在していた。
「物理的なところには干渉できないみたいだな。チャンネルが消えたのはツイッピーの管理者の精神操作でもしたのか? 結果的にゼロからのスタートになったが……」
扉を開けると、シノが当たり前みたいな顔をしてリビングにおり、カップうどんを食べていた。
ハッとこちらを振り向くシノ。
箸からおあげがポトッとテーブルに落ちた。
「うおわーっ!! スパイスさん!! 無事だったんですか!?」
「うわーっ!! 俺のこと覚えてるの!?」
「そりゃあもちろん! 世界規模の催眠術みたいなのが使われたみたいですわ。そうしたらスパイスさんの記録や記憶がみるみる消えていって……こ、これは負けたのかーっ!? なんて、うち思ってましたわ……。けど、ダンジョンでモンスターが統率される案件がゼロになったので」
「うん、勝った。敵の最後の足掻きでこう言うことになってなあ……」
「よくぞ無事で戻って来はりましたねえ……。あっ、水ようかん食べます? 麦茶作ってあるんで……」
「いただきますいただきます。意識してみると喉もカラカラだし腹も減ってる」
「そうめん茹でますねえ」
ありがたーい!
シノが俺の記憶を持っていたことから推測してみる。
魔法が使える存在は、あの広範囲の精神魔法に抵抗できた可能性がある。
世界を覆うほどの規模だったっぽいが、お陰で強度はそれほどでもなかったようだ。
他に、俺のことを覚えているっぽいのは……。
……関わりがあった大物配信者は全員いけそうだな。
一般リスナーからの記憶が消えてしまっているようだ。
あ、いや。
俺はツブヤキックスでそのツブヤキを見つけた。
『みんな何故か覚えてなくなっちまったけど、確かにいたんだよ、黒胡椒スパイスっていうおじさん系魔法幼女配信者が!』
『戻ってきてくれスパイスちゃん! 精神の魔女をぶっ倒した配信からずっと待ってるから!』
いる!
俺を覚えている人たちがいる!!
その数を確認していく。
……割といるな。
シノが作ってくれたそうめんを貪り、麦茶を飲み、水ようかんを食べてエネルギー補充を終えた後。
冷房が効いた部屋で俺はその数をチェックした。
140人。
俺への記憶を失わなかったリスナーの数だ。
俺は彼ら全員にDMを送った。
『こんちゃー!! お待たせ!! 帰ってきたぜー!! ここから黒胡椒スパイス、再始動……! スパイス第三章の始まりだーっ!!』
反応はすぐに返ってくる。
『うおおおおお!!!』『待ってたぞーっ!!』『チャンネルある!? すぐ登録する!!』『登録者増やそう! 協力する!』
俺は彼らを集めた、チャットルームを開設する。
あくまで一時的なものだ。
だが、最後の140人にして、最初の140人となる彼らからの意見を集めて対策を練る。
『今、大魔将が来てて』
「大魔将……?」
『スパイスちゃんがいない間に発生しためちゃくちゃ強力なモンスター』『南から海を伝って北上してる』『コミックイベントにぶつけるみたいな日程で東京湾に来るって』『配信者がみんな集まってる』『そこでなら……』
「そうだね。そこなら注目されるかも。いや、注目を集める最高のチャンス!!」
計画は決まった。
アワチューブの凍結は解かれてるどころか、まるで最初からスパイスがいなかったような状態になっていた。
そこで再度、チャンネルを開設する。
最初にチャンネルを作ったあの時みたいだ。
だが決定的に違うことがある。
あの時は手探りだったが、今は目標が明確にあり、手助けしてくれる仲間もたくさんいる。
140人は最初の登録者になった。
よっしゃ!
黒胡椒スパイス、ここから元の場所へ……いやいや!
もっともっと高いところまで駆け上がる!
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