第76話 囁やけばいいというものではないのだ
『ゴブブーッ!!』『ゴブゴブーッ!!』
※『出た!』『まずはお通しのゴブリン!』『定番だなあ』
結界を破ってダンジョンに入ったら、早速あちこちからゴブリンが湧いてきた。
外から見た廃工場は晴天の下だったと言うのに、ダンジョン内だと空はぐにゃぐにゃに渦巻く曇天模様。
回りにも無意味な壁や瓦礫が出現して、いやー、これは音がよく響きそうですねえ。
「ねえスパイスちゃん、ゴブリンってさ」
「うんうん」
いきなりバトラが雑談を始めた。
「最初の冒険の時は物凄く恐ろしいモンスターで、ギャギャア! とか言ってたでしょ」
「うわっ、迫真のギャギャアだ。ゴブリンびっくりして立ち止まってるんですけど」
バトラがゴブリンの鳴き声を真似したら、ゴブリンたちが立ちすくんでるじゃないか。
彼女の武器は声。
だから、声そのものが力になる。
後は現代魔法とか、バレエの経験を活かしたネイルとシューズでの攻撃とかあるらしいけど。
「慣れてきたらゴブリン、どんどんユーモラスなモンスターになってない?」
「あー、言われてみれば!」
スパイスはファイアボールを作って、トーチでカキーンと打ち出してゴブリンにぶつけているのだ。
『ゴブグワー!』
ゴブリンが一匹炎上して消えた。
他の一匹がコツンとバトラにキックされて、嘘みたいにぶっ飛んでいった。
「ダンジョンそのものが、私たちの知覚に合わせてその姿を変えていくんだよ。だから怖がるほどダンジョンは怖くなるし、ダンジョンを呑むくらいのつもりでいると全然怖くなくなる」
「なるほどー!」
それは新しい知見だった。
そういうものなんだねえ。
※『バチョ様の配信はアーカイブを寝る前に見れるくらい安心できるからね』『癒やしのダンジョン配信』『声だけで制圧できちゃうからね』
「凄いなー。そんじゃあバトラ先生!」
「はいスパイスちゃん。そろそろやってみようかしら。ASMRのお時間でーす」
バトラがニッコリ笑ってポーズを取ると、彼女の飛頭蛮マイクがやってきた。
くるくる回ったマイクが右耳を差し出す。
バトラがそこに囁きかけた。
「使徒のみんな……。今日もチルな感じでやっていこうねえ」
※『ああ~』『右耳が幸せ』『生きててよかった』『脳が蕩けるう』
「へえー! こんな感じなんだ!」
ゴブリンたちもふにゃふにゃと腰砕けになって、戦えなくなったやつから消えていってる。
これがASMRの面制圧力かあ!
ダンジョン戦略兵器だねえ。
工場のあちこちを覗きながら、バトラが甘いささやきを左右の耳に割り振り、これを飛頭蛮マイクで増幅。
隠れているモンスターまで一網打尽だ!
「音波兵器じゃん!」
「ノーノー。ASMRはもっと平和的なものよ。結果的にダンジョンに巣食う害虫を駆逐するだけ」
「癒やしよりそっちの効用の方が高そう」
「ンモー!」
バトラがムフーっと鼻息を荒くして、憤慨するポーズになった。
「じゃあスパイスちゃんが実際にやってみて、これが兵器なのか使徒くんたちがチルれる素敵なコンテンツなのか判断すればいいんじゃない?」
「なるほどー! 百聞は一見……じゃない、一声に如かずだねー。いくぞー」
※『身構えるスパイスちゃんかわいい』『何を喋るんだろう』『左から来るぞ!』『ちょっとヘッドホンから耳を離した』
勘が鋭いのがいるなー!
「どーもー! こんちゃー!」
※『あああああ』『うひょおおおお』『耳ないなった』
「うんうん、初心者はみんなやるんだよねえ! スパイスちゃん、マイクの感度はなかなか高いので、あんまり大きな声を出す必要はないんだけど……。むしろ大事なのはこれ。ウィスパーボイス……」
ウィスパーボイスのあたりで、やたら色っぽい喋りになった。
※『ああ~^』『昇天するんじゃ~』『このために使徒やってる』
コメント欄が次々に昇天していく!
これが歴戦のダンジョンASMRかあ。
バトラの声がダンジョンの中で不思議な響きを持って、脳内に染み渡ってくる感じがするねえ。
ああ~スパイスもチルになる~。
「スパイスちゃんがふんわりしたら駄目でしょ! 今配信中よ?」
「あっあっ、いけないいけない」
なお、近づこうとしていた獣型のモンスターや鳥型のモンスターもチル状態になり、へたり込んだり地面に落っこちたりしている。
すごい威力だ……。
同接数も関係しているんだろうけど、今まで見てきた配信者の戦い方とは一線を画するな。
画面で見ているのと、現実に目にするのでは大違いだ。
「ちなみに囁やけばいいというものでもないの。耳舐め音声というものもあってね」
「お、おくぶかーい」
※『幼女に何を教えているんだw』『スパイスちゃんはおじさんだろ?』『シュレディンガーのおじさんだ』
「じゃあそんな感じでどーぞ、スパイスちゃん!」
「はいはーい。スパイスもチルを目指してやってみるよー」
ちなみに呑気にこんなやり取りができるのは、バトラがASMRな感じで会話するだけで、魔除けみたいな効果が発揮されているのだ。
全然モンスターがよりつかない!
多分、ここがダンジョンとしては難易度が高くないのもあるんだろうけどね。
えー、そんな魔除けを乗り越えて、ゾンビみたいなモンスターが寄ってくるのを待ち構えてね……。
「こんちゃー。バトラちゃんの使徒のみんなをスパイスの魅力で虜にしちゃうぞぉー。えーと、何かそれっぽい言葉……。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」
※『ああ~』『カワイイASMR……』『圧倒的にイイ……』『癒し系平家物語……』
よしよし、コメント欄がメロメロになった!
ゾンビが『ウボアー』とか言いながら崩れていく。
効いてる効いてる!
「大したものねスパイスちゃん。こういうのは恐れる気持ちがあると効果を発揮しないわ。恐れはモンスターの力になるから。リスナーをチルい気持ちにするぞーっていう思いが、モンスターの存在自体をチルにするのね」
「そんな原理だったんだね……!!」
これは勉強する甲斐があるねー。
そんな事を考えていたら……。
次なるモンスターたちが出現する。
おや?
明らかに頭からヘルメットみたいなものを被って、音声対策をしている。
さらに隊列を組んで、まるで何かに統制されているような。
来たな、精神の魔女。
果たしてダンジョンASMRは、防音装備を貫通できるのか!
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。




