第72話 飛頭蛮みたいなマイク
「むっふっふー。スパイスちゃんは驚くと思うな。この地下はちょっとしたスタジオも兼ねててね」
「な、なるほど……」
階段の質が変わった。
吸音材が貼ってあるようで、足を下ろしても全く音がしない。
そして、フロアからはボソボソ喋る声が大量に聞こえてきていた。
なんだ!?
何が起きているんだ!?
いや、分かりきったことである。
ASMRが行われているのだ!
地下フロアの照明はちゃんとしているものの、店内BGMが全く存在しなかった。
並ならぬ出で立ちの人々が、真剣な顔でヘッドホンを装着し、マイクに向かって喋っている。
そして満足気に頷くのだ。
「あれでマイクテストをしているんです。ASMR以外にも、収録に使ったりしますからねー。マイクはずっと使っていると感度も落ちますし、最新型の高性能タイプが次々に出ますし」
「そうなんですね……。奥が深すぎる……」
「特に私達配信者は、ダンジョンで使用するとマイクが壊れたりもするでしょ? だからここで買い替えを行うんです。必要経費ではありますけど、普通に三桁万円するんで大変ですよー」
「ひいい」
俺はもう悲鳴を上げることしかできない。
それも、喋っている人たちの邪魔をしないように小声だ。
バトラは楽しげにくすくす笑った。
「じゃあ、試してみましょうか。大人のスパイスちゃんでもいいんですけど、配信時の姿の方がいいと思いますよ」
「あ、分かりました。頼むぞフロータ」
『うおっ、カバンから飛び出したら謎の空間……。小声で喋るくらいの節度は私にもありますからねえ。では主様変身を……』
「ああ。メタモルフォーゼスパイス……」
無音のまま、白黒の螺旋が浮かび上がって俺を包み込み、ショウゴから黒胡椒スパイスへと変えた。
その場でマイクを試していた人々が、ギョッとしてこちらを見る。
すまんな、変身エフェクトは切れないんだ。
「このマイクがおすすめですよ。Aフォンとペアリングすると空を飛んでついてくるから」
「空を飛んで!?」
「ドローンの機能を持ってるの。電力は馬鹿食いするから、配信時間は限られるけど……同接が集まれば電力を代用できるから」
「なるほどー。同接を集めることは、ASMR配信を長時間やる秘訣だったりするんだねえ。なっとくー」
「スパイスちゃんになったら完全に喋り方もスパイスちゃんになってる! おもしろーい」
バトラがニヤニヤしながらスパイスをつんつん突くのだ!
やーめーてー。
しかし、この人の頭の形をしたマイクが空を飛んでついてくる?
妖怪飛頭蛮みたいなマイクだな……。
飛頭蛮というのは、夜に首だけが体を抜けて飛び回り、悪さをしたり人を食う大陸の妖怪ね。
今まであまりダンジョンASMRを見てなかったけど、こういうとんでもアイテムが普通の世界なんだな……。
奥深い……。
ではでは、やってみよう!
この部屋、お試し台が複数点在してて、台から壁から床が全て音を吸収するっぽい。
なので、近くで他の人がお試しをしていても小声ならばマイクに入ってこないのだ。
とんでもない。
大きな声で試したい時は、台ごとスタジオに移動。
スタジオ使用料がかかるので、絶対に試したい時とかじゃないと使わない感じかな。
さて、スパイスはヘッドホンを被って……。
うおお! これも三桁万円くらいしそうなヘッドホンだ!!
つけ心地とフィット感がぜんぜん違う。
それでマイクの右耳にぼそっと話しかけてみた。
「おそばASMR」
そうしたら、ヘッドホン右側からささやき声が『おそばASMR』と聞こえてくるじゃないか!
「うひゃあー」
たまげた。
なんという破壊力でしょう。
我が家のマイクで似たことをやってはみたけど、あれはおままごとだったんだなあ!
このマイクでおそばASMRをやったら、お肉どもはどうなってしまうんだ。
やってみたい。
「それじゃあ私がやってみるね。……スパイスちゃん……」
「ふおおおお」
バトラのささやき声がやばい。
脳髄に直接、声が届いた。
これは魂まで到達してくるやつだ。
これだ、これしかない!
精神の魔女にリスナーの記憶を消されたりなんかした時、ペッパーどもとお肉どもを呼び戻すための技はこれなのだ。
魔法VS現代文明!!
カビの生えた魔法に、ピッカピカの文明パワーで打ち勝ってみせるぜ!!
「それじゃあスタジオ使わせてもらいましょうか。試してみましょ!」
「はいはーい! 今日は全部入りでやるんだね」
「それはもちろん。コラボのためにも試せるものは全部試さないとね」
スタジオの予約をし、空くまでの二時間ほどを外で潰すことにする。
ついでに、黒胡椒スパイスで会員カードを作ってもらった。
これでスパイスも会員だぞ。
なお、ここからはスパイスモードで行動する……。
このあと、スパイスのままでASMRを試すからね!
衣装だけはメタモルフォーゼでおとなしめなものに……。
「スパイスちゃんそれ、あの名門女子校の制服でしょ?」
「わかるー!? ちょっと前にお招きされた時にねー、コピーしたんだよねー。校章だけなくしてある」
「すっごく似合う! でも夜にその格好で出歩かないようにねえ」
「うんうん、あの学校に迷惑かかるからね……!」
スパイスたちは外のバーガーショップで休憩。
おお、この体だとデザートなシェイクを頼んでもごく自然。
周りからも、バトラと姉妹かな? みたいに見られているのを感じる。
うおお、ハンバーガーでかーい!
小さくなると利点も多いよね。
なお、スパイスはこの体格だけどもとの肉体と同じくらい食べられるし、胃腸はむしろ頑丈だから脂身もパクパクいけちゃうぞ。
「それで、バトラさんはどうしてドリンクしか頼まずにスパイスを見てニコニコしてるのかな?」
「ふふっ、小さい子がたくさん食べてるのって見てるだけで和むのー」
「小さい子ではないんだけどなあ!」
実年齢ではスパイスの方が年上では……!?
その後、ダブルチーズバーガーとポテトLセットとマンゴーデザートシェイクを完食したスパイスは地下スタジオに直行!
バトラのASMR洗礼をめちゃくちゃに浴びせられたのだ!
うわああああ脳に染み込むうううう。
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