第210話 先走りエクソシストが出たぞー!
朝。
今日もごきげんなモーニングを楽しみつつ、窓から見えるグラーツの風景を堪能していたスパイス。
ウィンディはまだ寝てる。
『マスター、グスタフ氏から連絡です。緊急のようです』
「こんな朝早く? 出る出る」
電話に出たら、グスタフがとても焦っているようなのだ。
『おはようございます。大変なことになりました』
「どうしたんですか?」
『国からの許可を待ちきれなかった、本部付きのウィッチハンターたちが勝手に動いたのです』
「それはつまり?」
『レーゲンボーゲン社を現在襲撃しています!』
「な、なんだってー!!」
一大事じゃないか。
スパイスが驚いたので、大声にビクッとしたウィンディも目覚めた。
「うぅ~ん、なんですかあ」
薄手のシャツにホットパンツ一枚という格好のウィンディ。
眠そうな目のままで尋ねてきた。
「エクソシストがレーゲンボーゲン社を襲ったって」
「ははーん。もう許可が出たんですか?」
「出てないのにやったって」
「んー?」
眠くて頭が動いていないようだ。
『とにかく、俺は今からそちらのホテルのロビーに向かいます。合流しましょう。30分後です』
「了解!」
グスタフは時間に正確そうだ。
本当に30分後に来るだろう。
それまでの間に、ウィンディの目を覚めさせて顔を洗って髪を整え、なんならちょっとメイクもさせつつ朝食もとらせないと……。
「魔導書総力戦だー! ウィンディに朝の準備をさせるぞ!」
『うおおおお!』
盛り上がる魔導書軍団。
『ちょっとー! この娘の世話焼きはあたしの仕事なんだからねー!!』
抗議するスノーホワイトなのだった。
こうして、魔導書五冊の全力サポートによって、ウィンディは30分でよそ行きに仕上がった。
中身だけまだ寝ぼけてるけど。
ロビーまで降りてきたら、既にグスタフがいるじゃないか。
「せめて……せめて目覚めの一杯のコーヒーをウィンディに飲ませてあげて」
「ええ、それくらいなら問題ありません。女性のもとに朝早く押しかけてしまった俺も悪いですからね」
紳士~!
お砂糖たっぷりのコーヒーとお茶請けの焼き菓子をウィンディが堪能している間に状況確認。
今、ウィッチハンター部隊はレーゲンボーゲン社に突入したということだった。
朝早くだから、他の社員を戦いに巻き込むことがないという配慮もあったようだ。
なるほど、考えてるなあ。
「それから俺が思うに……。仲間のことをあまり悪しざまにいいたくはありませんが……焦りかと」
「焦り!?」
「スパイスさんの魔導書を見たでしょう。あれで彼らはお二人が本物の魔女であること、それも魔導書に選ばれた特別な存在であると理解しました。心強い味方ではあるのですが、同時に協会の権威を脅かす強敵だとも考えたのでしょうね」
「あー! 確かにオーストリアじゃあ、配信者よりもエクソシストの方がずっと歴史が長いですもんね。私達がやって来て、長い事あった問題をはい解決! ってなったら確かにメンツがねえ」
「そういうことです。何事もメンツが関わる。これは仕方がないことですよ。ただ、彼らも欧州を解放したゴボウガールによって大きく変わったとは思うんですが」
ヨーロッパ全土を襲い、空を支配した風の大魔将。
これによって誰も空を飛べなくなり、地上はいつ襲われるか分からない状況になっていたと。
そんな危機的なヨーロッパを、きら星はづきが救った。
彼女がイギリスで行った、風の大魔将との決戦は世界中の人達が見ていたはずだ。
エクソシストもこれを見て、旧弊な体質が少しは改まっていたようなのだが……。
今回のは最後の矜持というやつかも知れない。
「あー、美味しかったー」
コーヒーを飲み終わったウィンディ。
目がぱっちり冴えている。
「お待たせしました! ウィンディいけまーす!」
「オッケー! じゃあグスタフさん、お願いします!」
「ええ。外に車を停めてありますから」
グスタフの車は、日本車だった。
「仕事でもプライベートでも、とても優秀な車ですからね」
「ハンドルの位置が逆なだけで、中身は完全に見慣れた感じ」
「後ろはわたし一人で占領していいんです? わーい!」
広々座るウィンディ。
スパイスは助手席だね。
車発進!
郊外にあるレーゲンボーゲン社までひた走るのだ。
おお、見えてきた見えてきた。
社屋じゃなくて、空に向かって広がる極彩色の悪夢みたいな絵の具空間が。
いやあ……パンドラの箱を開けた感が凄いねこれ。
より近づいていくと、社屋周辺の地面も極彩色に変化している。
ド派手なペイズリー模様みたいな。
今まさに、周囲に停められているウィッチハンター部隊の車が地面に飲み込まれていくところだった。
武装車両みたいな感じなのに、活躍しないまま退場するのか!
グスタフは落ち着いて、かなりの距離を取りながら停車した。
「スパイスさん、状況はどうなっていると思いますか?」
「私達がこっそり侵入した時はこんなことなかったから、よほど派手に突入して魔女を怒らせたのだと思いますね。ウィッチハンターとしては相手に配慮する必要はないんでしょうけど……こう言ってはなんですが、自分たちよりもずっと格上かも知れない怪物を相手取るのに、正面突破は……」
スパイスが思い浮かべるのは、異世界で遭遇した頃のドラゴン……コーラル社長のこと。
強大な存在と真っ向対決なんていうのは、英雄みたいな特別な存在にしか許されない。
一般人は策を弄して、横合いからぶん殴って勝ちをもぎ取るべきなのだ。
「なるほど。彼らは成果を焦りすぎたと。リトルウィッチ・デュオのお二人の存在と、眼の前に現れた色彩の魔女の手がかりに、あらゆる段取りを飛ばしてしまった結果がこれということでしょうね」
グスタフは落ち着いた様子で、車の周囲に色々仕掛けている。
彼は、色彩の魔女による侵食がここまで到達することを見越して、車に防御の儀式を施しているらしい。
さらに、荷台に積み込まれた除霊道具一式を取り出す。
十字架グローブ、戦闘用カソック、十字架ブーツ。
さらに手榴弾みたいなものを幾つか懐に収めた。
「それはなんです?」
「擬似的に生み出された聖者の灰です。聖木を燃やした灰に祈祷を捧げることで、討魔の力を付与したものですね。言うなれば、討魔手榴弾」
「かっけー!!」
思わず素が出てしまった。
グスタフもニヤリと笑う。
「投げたいですー!」
「では一つだけ……」
「やった!」
ウィンディが一個もらったみたいだ。
協力者ということで、特別に使わせてもらえるみたい。
さーて。
準備も万端。
大変な状況になっている色彩の魔女の巣、レーゲンボーゲン社に突入するとしますか!
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