第160話 まぼろしの路線だぞ
駅から線路に降りるとなると、この非日常感に興奮するね。
なにせ、それって普通は悪い行為なわけじゃん。
「うおーい、イラはぴょんと飛び降りるとスカートがまくれてセンシティブになるから抱っこしてくれー」
「お安い御用ですよ」
先に降りてたスドーさんが、イラちゃんの脇を両手で差し上げておろしてあげる。
既に配信が始まっており、この光景を見てリスナーが沸く。
※『扱いが幼女のそれで草』『おじさんとおじさんだと言うのに』『イラちゃん現役の人型配信者でもかなりちっちゃい方だからな』『スパイスちゃんもちっちゃいよな』『その二人と一緒にスドーさんが並ぶと、完全に保護者で草』
なお、この三人ではスドーさんが最年少だぞ。
やたら背筋がピンとしてて、低くてええ声の人なんだが。
おじさんと呼ぶにはちょっと若いくらいの年齢なのだ。
こう……乗り物系配信者の人には、やたらと年齢不相応に落ち着いた人がいるんだよなあ。
「我々はこうして、NRの許可をいただいて線路に降りています。ですがこれはあくまで特別なことですので、皆さんは真似をしないで下さい。真似をされた場合、電車の遅延、ダイヤの乱れだけでなく、損害賠償を請求される場合もあります」
※『うおー! スドーさんの真面目な解説来た!』『この人の配信でしか出会えない味』
マニアックなリスナーがいるなー!
さてさて、ここの駅はほどほど乗降客がいるんだけど、ちょっと前に単線になったんだよね。
なのに、たまに終電終了後、電車が走ってきて存在しない路線に入っていくのが目撃されているという。
「怪談じゃーん!」
「ほんとだー。幼女二人としては怖いなー!」
「もともとダンジョンというものは、怪談やオカルトスポットが変異したものです。ですので、今回の廃線ダンジョンはその伝統の基礎に則ったものと言えるかも知れません」
「スドーさんがいると解説してくれて便利だなあ」
「そうですか? いやあ、もう癖みたいなもので」
「職業病じゃ仕方ないよなー」
ハハハと笑い合うおじさん三人なのだった。
で、眼の前には何も無いように見えて……。
一歩踏み出したら、足元が砂利ではなく、線路や枕木に変化したのだった。
「線路が錆びてる。何日も何日も放置されたみたいになってるなー」
「線路の上部が光ってますね。これは電車が走ってきて、上が削られていることを意味しています」
※『スドーさんがいると分かりやすさが凄い』『解説のおじさんだw』『この解説者はガチで強いからなw』
そんなスドーさんを連れて線路ダンジョンを……。
って、イラちゃんがスドーさんの影に隠れて話題になってない!
なお、イラちゃんはイラちゃんで、砂利に生えた草を引っこ抜いたり、そのへんの茂みから顔を出すちっちゃいモンスターを鎌でツンツンしたりしている。
すげー、仕草が幼女だ!
「まー、イラくらいになるとね、幼女のエミュも完璧だからね」
「ベテランすごいなー」
そんな話をしていたら、向こうからプアーンと警笛が鳴った。
電車が駆け込んでくるぞ!
スドーさんが冷静にスマホをいじり、キッと鋭い目で前を見た。
「この時間にこの路線に入ってくる電車はありません。つまり、これは幽霊列車と言えるでしょう。無論、ダイヤの乱れがあった場合はその範疇ではありませんが。ちなみに私、このために別の路線のエミュレーターをAフォンに入れてあります」
「言ってることが高度でよく分かんないけど、敵ってわけね!」
「分かりやすく行こうぜー! おりゃー!」
電車モンスターに向かって走っていくイラちゃん!
黒い炎が彼女を取り巻いて、竜巻みたいになった。
これが、電車とぶつかり合う。
おおーっ、凄いブレーキ音!
キキキキーッと耳をつんざいてくる。
※『ぐわああああ』『耳ないなった』『こんな幸せじゃないイヤホン攻撃はいやだー』
ごめんなーリスナーたちー。
さて、スパイスも迎え撃つぞ。
スドーさんが隣で、電車を召喚してモンスター電車にぶつけている。
過去にここを走っていた電車の幻らしい。
時間を稼いでもらっている間に……!
「渦巻く螺旋、空をねじって弾き飛ばす! スパイラル!」
ダッシュして駆け寄ったスパイスが、モンスター電車をコツンと叩いた。
そこから、スパイラルが発動する。
空間ごとねじれたモンスター電車が、ガターン!と横転した。
※『うおおおおおお!!』『防御魔法じゃなかったの!?』『魔法はみんな使い方次第なんだなあ!』
ほんとにね!
モンスター電車は倒れても諦めない。窓から、扉から、ゾンビ化した乗客みたいなのが「ウボアー」と溢れてくる。
こいつらの掃討戦だー!
スパイスは詠唱入りの大威力ファイアボールを投擲!
ドカーンとたくさん弾き飛ばす。
イラちゃんは近づいてくるのを、鎌でサクサクやっつけている。
スドーさんは次の電車の時間を待っているみたい。
「恐らく、この電車で帰っていた方々の残留思念でしょうね」
「そうなの?」
「はい。この廃線は本来、下り電車が通る道でした。つまり、都心から仕事が終わり、クタクタになって帰って来る方々の乗る電車だったんです。その思念が……恐らくはノスタルジーのようなものがダンジョンとモンスター電車を生み出したのでしょう。今のところ、一切の被害が出ていません。ダンジョンにも優しいあり方みたいなものが存在するのかも知れませんね」
「一度もつっかえずに解説した! すげー」
「ほんと凄いよなー。この喋りに魅了されて、他の配信者に興味がないおじさんとかおばさんとかが登録してんだぜー」
確かにご年配受けが良さそう!
最後にスドーさんが召喚した特急列車が、モンスター電車をふっ飛ばして終わった。
なお、この特急列車も2000年代初めまでここを通っていた電車らしい。
「同じ存在に助力を願いました。まあ降霊術のようなものですね」
「何者なんだスドーさん」
※『ほんとだよw』『幼女コラボだって期待してたら、鉄道解説配信者に持っていかれたぞw』『なんだこの配信w』
まあ、このあとはスパイスとイラちゃんで近所を練り歩くから楽しみにね!
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