第145話 降り立て、バーチャル空間!
買ってきました、バーチャルコンソール。
新型が出てたんだよね。
マシロの分も合わせて二つ。散財した!
明日の大晦日に備えて、今からこれでバーチャル空間のロビーに降り立って色々体験してみようというわけ。
「年末に都心まで来たのに、ランチだけで帰宅! 素敵なディナー……!」
「すまんな」
なんかマシロが嘆いている。
こちらは、24時間365日営業中みたいな仕事なのだ。
人が休んでいるときこそ、配信者は真価を問われる!
「いいッス。なんかこう……配信者の妻ってのが段々分かってきたッス。先輩はみんなに希望を与えてるッスもんねえ」
「ご理解いただけると助かる! 三が日が明けたらまたたっぷり休むからな」
「ほんとッスか? そっか、シーズンを外せばちょっと空いてるッスもんねえ」
「ああ。ネズミーランドに行って札束で引っ叩いて待ち時間ゼロで豪遊してやろう。ホテルも取ろう」
「やったー!!」
マシロの機嫌が一瞬で直った。
流石は夢の国。
ネズミーランドは地上に現出した幻想そのものなので、あれだけの規模でありながらダンジョンが出現しない。
裏側は労使の関係問題だったり、賃金問題で色々あったが、それでもダンジョン化しない辺り、あそこは管理が徹底できているよなあと思う。
年明けにはそこを注目してみてもいいかも知れない。
そんなわけで、大荷物を抱えて帰宅だ。
お隣の迷宮省分署は年末年始休業。
一応、家主であるシノが一人だけいる。
大いに動画の消化と、美味しいお酒とおつまみを楽しんでいるらしい。
これは一人きりにしておいてあげよう。
「栄養補給よし! フロッピーとの接続よし! 周囲に物を置かない環境……よし! では行ってくる」
「行ってらっしゃいッス!」
マシロに見送られ、俺はバーチャルの世界へ……。
うおおおお、勝手に体がメタモルフォーゼした!
『マスター、バーチャル空間ではアバターの肉体を纏うのですが、マスターの場合は生身がそこと強く結びついているため、現実でもスパイスちゃんになってしまうようです』
わかりやすいフロッピーの解説だ。
「なるほどなー。ま、これはこれで全然慣れてる感じだからいいんだけど!」
最初に降り立ったのは、自分専用のロビー。
まだ何も装飾をしていないので、シンプル極まりない。
『ここは私たち魔導書の力の見せ所ですねえ……』
『書斎にしちまおうぅぅ!』
『やっぱ本がずらりと並んでると落ち着くでやんすからねえ!』
『私はマスターについていっても? 電子の海っていいますもんね?』
おっと、マリンナは今回、スパイスのお付きというわけね。
スパイスはこれとフロッピーを連れて、次なるロビーへと移動した。
「ここが仮ロビーみたいなやつね。4814ロビーだって。無理やり読めばスパイスとも読める……」
『運命的です』
『無理やり過ぎません?』
そうかなあ。
わいわいとたくさんの人が歩き回っており、このロビーの中だけでも大賑わいだ。
あちこちで、VRで遊ぶゲームの募集やイベントの告知なんかがされている。
ほうほう、毎週特定の曜日に模擬店のイベントがあるんだ。
種類も色々あるなあ。
『あっ、スパイスちゃんのアバターだ!』『今まで見た中で一番の精度なんだけど!』『かわいー! エプロンドレスのミニスカートがフリフリしてる!』
「おーっ? 本物だぞー! どーもー! 今日はVRに遊びに来ちゃいました!」
振り返ってぴょんとジャンプ、着地してババーン、と両手を広げる。
そうしたら、周りの人々がワーッと沸いた。
『本物のスパイスちゃん!?』『そっか、配信者はそのままアバター使えるもんね!』『全然3Dっぽさがなくない?』『リアルみたいにすべすべして見えるんだけど……』
後ろでフロッピーが、『メタモルフォーゼそのままですから、ポリゴンとかそういう次元ではありませんからね』とかぼそっと言っている。
その間にも人が集まってきちゃうな!
「ごめんねー! スパイスは今日、この辺を見て回りたいから! 明日はフォーガイズで来るからよろしくねー!」
『フォーガイズで年越し!?』『絶対見るー!』
ファンのみんなに大きく手を振ってファンサなのだ!
そして移動!
「フロッピー、次は?」
『マリンナお姉様の希望で、総合ロビーです。そこから電子の海を覗けますので』
『やったー!!』
マリンナが空中でぴょんぴょん飛び跳ねている。
なんたるテンション!
「おっと、その前に目立たないカッコになっとかないとね。メタモルフォーゼ!」
ぐるりとチェンジするのは、某女学校の制服。
もう三回目か?
かなり着こなしているのではないだろうか。
あちこちに浮かんだ姿見に向かって、クルッと回って確認してみる。
うん、よしよし。
かわいい。
『かわいいー!』
おっといかん!
ウサギ耳のお姉さんの一団に見つかった。
話しかけられる前に移動、移動!
お姉さんの半分くらいが男の声だったな。
ロビーからロビーへと渡るのだ!
そこは総合ロビー。
なるほど、今までいたところとは段違いの広さだ。
日本国内最大の集会スペースらしく、冗談抜きで十万人単位の人間が接続できるらしい。
『電子の海♪ 電子の海楽しみだなあ♪』
マリンナがウッキウキだ。
待ってろよー。
『名所案内をダウンロードしました。表示します』
スパイスたちの眼の前に、光る掲示板が表示される。
ほうほう、電子の海を見るなら……。
リヴァイアサン展望台がいいわけね。
嫉妬の大罪リヴァイアサンというのが出現して、この総合ロビー落成式をぶっ壊そうとした。
で、そこに居合わせたきら星はづきが、事件に巻き込まれた友達を助けるために戦ったという逸話が残っている。
向かった先は、大きなドーナツ状の空間だった。
電子の網みたいなもので、落ちないように安全柵が設けられており……。
その下に、輝く海が広がっていた。
基本は黒。
そこに青い電流みたいにして、可視化された情報が流れていく。
電子の海だ。
そこから、巨大なヘビの半身みたいなのが突き出したまま放置されていた。
あれはリヴァイアサンの残骸なんだろうなあ。
すっかり名所になってしまっている。
『ほわあああああ、素晴らしいものです』
マリンナが感極まったという感じで呟いた。
『人がここまで、海に似たものを作り上げられるなんて……。もちろん、規模感では本物に及びませんが、それはここに見えるものだけ。この海は外なる海へと繋がっていて、ここと彼方をつなぐ境界線になっているのです。ああ、異界の潮騒が聞こえてくる……』
「大満足みたいで良かったよ! なんか掴めそうだったりする?」
『オリジナル魔法が作れそうですねー。素晴らしいインスピレーションが浮かびました。インターネット魔法とでも言うのでしょうか』
「おっ、最新の魔法~!」
マリンナがやる気を出した!
何が生まれてくるのか、楽しみなのだ。
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