第130話 牛車の上のスパイスちゃん
西表島まで出て、牛車に乗ろうという話になった。
名物なんだし、乗っておくべきである。
ここでハッと思いつく俺。
「スパイスの姿で乗って写真を撮ってもらうのはどうだろう?」
「先輩の姿と、スパイスちゃんの状態で両方撮るんスか?」
「スパイスモードはフロッピーで撮影して、俺のこの姿はマシロが普通に撮ってくれれば」
「ふーむ、配信をしないならまあ良しッス!」
あくまで新婚旅行だから、プライベートということにこだわるマシロなのだった。
気持ちは分かる。
ということで……。
「いえーい! 牛車でーす! わっほー! のんびり進んでるけどなかなかの迫力ですよこれはー。ドラゴンに乗るのとはまた違う興奮があるねー」
『マスターの牛車レポート、バッチリです。後で動画編集しましょう』
「新婚旅行の1ページすらも配信の糧に!」
衝撃を受けているマシロなのだった。
まあ、仕事であり趣味みたいなものだからね。
「マシロだって旅行から戻ったら、大京さんの奥さんと二人で配信するんでしょ?」
「そ、それはそうッスけど~」
「旅行を楽しみながら勘を取り戻しておいた方がいいよ! マシロもバーチャライズして!」
「ええーっ!」
結局、二人でバーチャライズしながら牛車に揺られ、わいわい騒ぎつつ由布島に行ったりしたのだった。
ここは島全体が植物園になっている。
スケールがでかい。
「大したもんだねー。レストランとかもある!」
「先輩、なんか注目されてません?」
「スパイスとマシロが二人で歩いてるし、配信者の格好なんか目立つに決まってるからね! でも突飛な姿の異種族が出てきたから、最近はみんな慣れてきたんじゃないかなー」
「そうッスかねえ?」
そんな話をしている矢先に、猫耳猫尻尾、半猫化してる女の子がトコトコ歩いていったので。
「そうッスねー」
マシロも納得したようだった。
猫の人はここの職員らしい。
西表島の森に集落を作って暮らしている、ネコ科の獣人族なのだ。
彼女はスパイスたちに気づくと、「まあ!」と声をあげた。
「配信者の方々です? 内地から来られたでしょー。すぐ分かるんですよ。八重山の配信者の方の顔は全部覚えてますからね」
「ほえー。仲いいんです?」
「それはもう! うちらと配信者の皆さんで力を合わせて、石垣島から西表島の平和を守ってるんですから!」
「な、なんとー!」
「先輩先輩、これッス! 八重山諸島の配信者のグループチャンネルがあるッス! ここで獣人の人たちが出てるッスよ。異世界からの協力者で、リュンクスという種族で」
「ほへー! スパイスの知らないところで、人間関係は広がっていたんだねえ」
「そうなんですー。お二人とも観光ですよね? 八重山は安全だから、楽しんでいってくださいねえー」
「ダンジョン発生頻度とか少ないの?」
「森にちょこちょこ、野生のダンジョンが出てきますね。でもうちらリュンクスで解決できますし」
そういうのはごくごく小さなダンジョンだったりするんだそうだ。
自然発生し、時間の経過とともに自然に消滅する。
知らないところで、そういうダンジョンがたくさん生まれては消えてるんだろうなあ。
で、危なそうなのをリュンクスが潰して回り、もっと規模が大きいのは配信者にヘルプを出して来てもらってるんだそうだ。
リュンクスは主に、西表島のあちこちで働いている。
由布島から出る時の、牛車の御者もリュンクスだったし。
意識してみると、あちこちにリュンクスがいる。
なんで西表島にネコ科の獣人が現れたんだろうな。
イリオモテヤマネコ関係かな?
「あたしたちの知ってる世界からどんどん変わってくッスねえー。でも、変わってくのに観光地とかはそのまま維持されてて不思議な気分ッス」
「それはほら。娯楽がダンジョンと戦うための一番の力になるって言われてるでしょー。特に日本は娯楽が多いから、これを活かしてダンジョン攻略したりするのが流行ってるし。観光もその一つ!」
「ふんふん。不思議なもんスねえ」
今回の観光は、魔導書たちはかさばるので持ってきていない。
フロッピーオンリーなのだ。
今頃、宿の部屋で魔導書がわいわいと騒いでいることだろう。
『マスター、どうして娯楽が戦う力になるのですか?』
おっと、動画撮影中みたい。
では、この大見謝ロードパークを背景に語りましょう!
「それはねー。ダンジョンは人の負の感情から生まれてくる物が多いわけ。娯楽がないとね、そういう負の感情を発散させる手段が限られるでしょ? そしたらダンジョンが生まれやすくなるし、それを攻略する配信っていう手段も弱くなるんだよね」
同接が集まることで、配信者は信仰の力を集めて、一時的に神様みたいなパワーを得る。
これでダンジョンを攻略できるわけだ。
でもそういう同接の信仰って、同じ物語を内面化してないと生まれづらい。
配信ってのは言うなれば茶番だし、これを茶番でしょって笑う人だと、同接にいても戦力にならないわけだ。
みんなが配信という物語に参加するから、配信者は強くなる。
そのためには、様々な娯楽で、茶番を物語として認識できる素養が必要になってくるのだ!
「っていうことでね、娯楽が少ない国は結構ダンジョンに飲み込まれて消えて行っちゃってるんだよねー。怖いねー。目下、ダンジョン対策だと日本が一番強いんじゃない? 異種族の人がやってきて、同接もエンタメもさらに強くなったみたいだし!」
自分たちと異なる存在がやって来ると、文化とかの軋轢で諍いが生まれたりする。
だがそういうのは平和だから起こるとも言えるかも。
異種族の人たちは、地球よりもずっとダンジョンが身近な地獄みたいな世界に暮らしていた。
だから協力しなければ滅ぼされるという意識が、地球人よりずっと強い。
異種族が協力的で、人間社会にどんどん溶け込んでくるのはそういう理由だね。
なんか、姿かたちは違っても普通に子どもを作ったりできるらしいし。
「ほえー、勉強になるッス!! 詳しいッスねー」
「スパイスはできる幼女だからね!」
ちなみにこれを近くで聞いてた観光客が、おーっと感嘆した後、パチパチ拍手を送ってきたのだった。
どうもどうも!
「ご清聴ありがとうございまーす!」
「スパイスちゃんがこんなに詳しいなんて知りませんでした!」「それにしても西表島でスパイスちゃんに会えるなんて!」「サイン下さい!」
お肉どもだった!!
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