第122話 変身、アクア・スパイス!
新婚旅行の日になった。
魔法を使って海路の旅行だから、まずは海形態を試しておかねばな。
この日に至るまで、大変忙しくてフォームチェンジできていなかったのだ。
迷宮省に提出する魔女関連のレポートとか、新婚旅行中は配信が少なめになることを通達したり……。
あっ、もちろん、結婚しましたという話は伏せてある。
ガチ恋勢のためにね、配信者は気遣いができないとね。
「楽しみでもあり、怖くもあるッス……」
「そお?」
既にスパイスに変身しているスパイスなのだ!
マシロはよそ行きの服を着ていて、大変かわいらしい。
この上にコートを着て見えなくなるのは惜しいね。
早く配信者復帰して、新衣装作ればいいのに。
まあスパイスは変身したらフォームチェンジし放題なんですけど。
『よっしゃー! それじゃあ主様の新衣装、いってみましょー! ま、基本形態あってこそのセカンドフォームですからね!』
『うふふ、フロータを踏み台にさせてもらいます~』
『ななな、なんですとぉーっ』
「よーし、ではでは、フォームチェンジ!! アクア・スパイス!」
『海嘯!』
群青と水色の螺旋が湧き起こる。
それがスパイスを包みこんで……姿がスパーっと変わるのだ。
「うおーっ、スパイスちゃんが!! スパイスちゃんが!!」
マシロが動揺している。
なんだなんだ!?
ちょうど姿見を用意してあるので、自分のフォームを確認する。
「あっ!! スク水!!」
そうなのだ!
なんと、アクアスパイスは基本フォームが旧スク水!
胸元のゼッケンに「すぱいす」と書いてある。
両手両足には、赤やオレンジ、白に黄色のカラフルなしましまリングがハマっている。
これ、それぞれが浮き輪になってるんだねえ。
ツインテールは二つのお団子に。
そしてお団子から謎の力で、ミニミニ浮き輪が幾つも連なってツインテールの代わりになっている。
「これは外では寒そうだねえ」
『そこは大丈夫ですよー。水の膜が常に主様を守り、25度くらいの気温を保ちます』
「快適~!」
あとは一応、露出度を抑えるためにビニールっぽいカラフルなパレオとか、マントみたいなのも装着できるようだ。
ふんふん、アワチューブ対策かな……。
でも、不思議なことに水着はスルーされるのがアワチューブの謎なんだよなあ。
「ああ~。新婚の旦那さんが昔のスクール水着の幼女になってしまった……」
「よくあるよくある」
「ないッスよー! 絶対に普通はありえないッスー!!」
「あははははは! まあまあ! これなら旅費を節約できるし、オンリーワンの旅行になるわけだから!」
海辺に向かうためには、本来は元の姿に戻るのがいいのだが……。
ここは異世界を通じて移動するので、スパイスのままでもいいんだなあ。
むしろ戦闘が発生する可能性を考えると、スパイスの姿が最適とも言える。
「ほらほら、マシロもシロコになって!」
「ひえーっ! あたし休止してるのにー!」
「シロコ用のAフォンはオーバーホールから戻ってきてるから安心だぞー」
『私達魔導書もバックアップしますから大丈夫ですよー!』
「ひいーっ」
ということで。
「ほんじゃあ、お二人さんいってらっしゃ~い」
留守をシノに任せて、スパイスたちは旅行に出発なのだ!
「行ってきまーす!!」
「あっ、スパイスさん、忘れ物忘れ物。ガロンコーラ」
「あー、そうだったそうだった!」
「先輩、それどうするんスか?」
「異世界移動をする際には、これは賄賂かなー」
「賄賂!?」
「こういうこと! フォームチェンジ! マインドスパーイス! そして……センスマジック! ここからバビューンとメッセージを載せる! いやあ、精神の魔法は便利だなあー」
広がっていく虹色の波紋。
これ、画面越しやバーチャライズした人間しか確認できないらしいんだよね。
生身の人間にとっては、そよ風が吹き抜けていったような感覚しかない。
それがブワーッと広がっていき……。
どうやら届いたらしい。
少ししてから、沼地がある方向に黒い影が出現する。
それはどんどん大きくなり……。
緑色の巨体がスパイスたちの頭上にやって来た。
そう、いつものグリーンドラゴンだね!
「ひ、ひ、ひぇ~」
シロコが消え入りそうな悲鳴を漏らした。
「どーもー! こんちゃー! これ、贈り物でーす!」
『ふーむ。前よりは量があるようだな。捧げ物を受け取ろう。それでなんだと? 我に貴様らを運べと?』
「そうそう! お願いしまーす!」
『うーむ。まあ良かろう。そのシュワシュワした黒い捧げ物は貴様を通してしか手に入らぬからな……』
まずはガロンコーラを受け取り、ペットボトルごと噛み砕くグリーンドラゴン。
喉がゴクリと動いた。
『うむ、いい味だ! しかもよく冷えている。溶解せんとする毒素が我の臓腑を満たすようだ。できればこの何倍かは飲みたいな……』
「そのうち探しときます!」
『良かろう。期待しているぞ。さあ乗れ』
グリーンドラゴンが背中を向けてきたので、スパイスたちは旅行カバンと一緒に乗り込むのだった。
巨体がふわりと飛び上がる。
羽ばたき一回で、周囲の森を見下ろせる高さまで行くのだ。
これ、魔法的な飛行だよねえ。
ドラゴンの飛行はほぼほぼ滑空。
羽ばたくのは加速とか、上昇とかの意味しかないらしい。
高度が落ちることもなく、ほどほどの速度で目的地の廃墟にたどり着いた。
『主様、例の魔法陣が見えますよ!』
「おっけー! じゃあここで下ろして!」
『良かろう。この程度のことなら、また捧げ物を持ってくればやってやらぬこともない。それから、あの探査の魔法の波は少々耳障りでな。我に連絡するための符号を与えてやる。この地に降り立った時、符号を唱えるがよい』
おっと!
ステータス画面みたいなのが久々に開いて、新しいスロットが横に出現する。
そこに差し込まれたのは……。
コール・グリーンドラゴン!
ドラゴン召喚の魔法じゃん!
なお、注釈に『毎召喚ごとに1ガロンのコーラを必要とします』と書かれている。
コーラがないと来ないらしい。
かさばるコストだ!
「ありがとー! またねー!」
『黒い捧げ物をまた持ってくるのだぞ。きっとだぞ』
ドラゴンの姿が遠ざかっていった。
「はえー」
呆然とするマシロ。
スパイスの方を見て、
「先輩の人脈ってどこまで広いんスか……!?」
妙に感心されてしまったのだった。
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