第118話 侵入者現る!
海の魔女は、上空からこちらを観察していたらしき存在が消えたことに気付いていた。
海の異形を纏い、精神を侵食されつつある彼女には、人間的な思考が難しくなってきている。
「高リスクではあったがやる必要があった。極東の特級戦力、みそっかすが言っていたが、まさかこれほどまでとは」
昨日、上陸を図った際に迎撃を受けた。
恐らく特級戦力の二名。
魔法を知らぬ、配信者とか言う連中である。
どれほどのものか。
正直、侮っていたのは間違いない。
海の魔法で一呑みにしてやろうと、タイダルウェイブの魔法を使った。
小さな街なら押し流すほどの力を持つ魔法である。
盛り上がり、飲み込まんと押し寄せる水の圧力を……。
その男はどこからか飛来した剣……いや、刀を手に取ると、一振りで切り裂いた。
タイダルウェイブの中枢にあった、魔力の核めいたものを破壊され、魔法が霧散する。
「化け物め……!」
今や己が人外めいた見た目になりながら、魔女はそれを思い出すと身震いする。
放った眷属は、全て鎧袖一触。
一合も切り結ぶことなどできはしない。
蟹の甲殻を、熱したナイフでバターを切るように断ち割られ、返す刃が飛翔するサメを三枚に下ろす。
生命力が強いゴカイの怪物は、一瞬で体節ごとにバラバラに切り刻まれた。
ただの一匹も、陸へたどり着けない。
浜辺に立つ一人の男が、一本の剣で押し留める。
その男に注目していたのがそもそも罠だった。
気がつくと、すぐ横に女がいた。
慌てて眷属を向かわせると、そこを目掛けて爆弾を置いてきた。
何か、呪術的処理を施された爆弾が、ただの物理では破壊できぬ眷属を吹き飛ばす。
女が抜いた匕首が魔女の首に迫った。
「どこから来た!? まさか海の上を走ったのか!? タイダルウェイブの上を!」
叫ぶと同時に、魔女は海の魔導書との契約を一層深いものにした。
己の肉体を魔導書に与えることで、その身を魔なるものへと置き換える。
魔女の首は甲殻に覆われ、匕首の刃をどうにか弾いた。
反撃をしようと小型の竜巻を放つも、女は瞬間移動の魔法でも使ったのか、岸辺に降り立つ。
入れ替わりに、刀を手にした男がいた。
魔法!?
一瞬で位置を入れ替える魔法?
刃が振るわれた瞬間、魔女の乗っていたボートが真っ向から両断された。
悪い冗談としか思えぬ威力。
こんな連中相手に、人のままで戦うことはできない。
「私も人の形を捨てねば……!!」
海の魔女は、記憶の底から戻ってきた。
東京湾と呼ばれる場所の入口に、彼女は城を造り上げた。
日本に流れ込む水の魔力が、ここには多く集まっている。
これを吸い上げ、魔女は怪物と化そうとしていた。
前回のような危機に陥らないため。
今まで遠ざけてきた、海の魔導書の誘いに乗ることにしたのである。
海の魔導書は常に、使用者を人とは掛け離れた存在に変えようと誘惑してくる。
海の魔女は、この魔導書を手にするまでは一介の魔女に過ぎなかった。
だが、世界に数多ある魔導書のオリジナルである一冊を手にする機会に恵まれた。
地上では彼女の得意とする水の魔法が通じず、あの魔女には殴り倒される事になったが……。
今はホームとも言える海の上。
しかも、海の魔導書が手の中にあり、己はこの魔導書と一体化しつつある。
炎の魔導書なしでも怪物に変じることができたフレイヤに比べ、己は非才である。
だが、海の魔導書があるならば話は別だ。
「さあ来るがいい。この城塞は我が肉体も同然。どこから入り込もうとしてもすぐに分かる。近付く者を皆、海の藻屑に変えてやろう!」
高らかに、魔女は笑った。
それはこの国への宣戦布告のつもりだった。
異形に呑まれつつある精神は、既にこの国へやってきた目的を忘れつつある。
他の二名の魔女を倒したという、正体不明の最も新しい魔女。
あの娘のことは、意識の中から薄れていっていた。
だが、その記憶はすぐに蘇ることになる。
※
「どーもー! こんちゃー! スパイスでーす!! 今ですねー、海の魔女の城にジオシーカーで直接降り立った感じです! どーもどーも! スパイスでーす! ご存知でしょー! こんちゃー! 海の魔女! シーフードピザにしてやんよー!!」
ぼーっと海を見つめていた海の魔女目掛けて、スパイスは声を張り上げる。
※『もう煽ってて草』『スパイスちゃんテンション高いなー』『物凄いやる気を感じる!』『超大型コラボだもんな!』
いやー、配信者を始めてから腹から声を出すのが得意になったよね。
声が通る通る。
魔女の目がこっちを見て、何かパクパク動いた。
驚いてる驚いてる。
魔女の城の中は迷路みたいになってて、壁から湧き出すように、海産物がモンスター化した奴が襲ってくるのだ。
まあ、これは八咫烏がやっつけてくれてる。
「配信中はラーフだからね。弾数が不安だけど、無くなる前にクリアしちゃおうか」
「はーい。Dizも歌いまーす!」
八咫烏が射撃し、Dizが歌でそこに身体能力へのバフを載せる。
いいコンビなんじゃない?
この二人の戦い方を見て、海の魔女がしきりに首を傾げている。
何が解せないのかなー?
そして海側でもバンバンバトルが始まってるみたい。
スパイスは、岩壁を駆け上がってから海を指差すのだ。
「見てみて! 外でチャラちゃんとスレイヤーさんが陽動してるの! チャラちゃんが銛をヒャッハーって撃って城の壁を壊してて、守るために出てきたでっけーサメのモンスターをスレイヤーさんがキックでふっ飛ばしてるー! 追い打ちのファイアボールだ! デタラメだー!」
魔女が、こっちとあっちをせわしなく見ている。
どっちも無視できないもんねー。
スパイスたちはガンガン突き進むぞ。
壁があったら、ちょっと配信の画面がチャラちゃんたちに切り替わって、その間に八咫烏が道をくり抜いて作る。
よーしクリア!
「ほんじゃ、いくぞいくぞいくぞー!」
スパイスはラーフを抱えて突撃だあ!
飛び出してくるモンスターの頭を踏んでジャンプして、先へ先へ。
画面の外で、Dizがエアガンで雑魚を掃討してるからね!
縛りがある二人は大変だなあ……。
でも、そのお陰でアイドルみたいなポジションにいる人達だから、同接維持とかのためには必要な行動らしいんだよねえ。
スパイスはオモテウラがなくて本当に良かった!
『主様、海のやつの気配を感じますよ! あのネクラが!』
『ん不気味なやつだぁ! 常に使用者を海へ連れて行こうとするやつだぞぉ!』
『あっしはあの人、なんも考えてなくて言葉通りなんだと思うでやんすけどねえ』
海の魔導書も個性的っぽいなー。
おっと!
突然、海の城の中に何本も竜巻が巻き起こった。
城壁をまたぎながら、竜巻がスパイスたちを追い込もうとしてくるねえ。
「スパイスちゃーん! ちょっとジャンプしてこの辺りの写真を撮ってくださーい!」
「ほいほーい! ジオシーカーするんだね! うおー! レビテーション! 竜巻が来る前に……激写激写ー!」
この距離なら、フロッピーを使えば楽勝。
そのまま写真をDizに転送だ。
「ありがとう! 届いたよー! 迷路をジオシーカーするのは趣がないんだけど……。仕方ないか! 二人ともあつまれー!」
「よっしゃー!」
「集まったよー」
スパイスと八咫烏が来たところで、Dizは「いっけー、ジオシーカー!」と現代魔法を発動した。
周囲の風景がバビュンと遠ざかる。
一瞬で、スパイスたちは海の魔女がいる尖塔の真下までやって来ていた。
「わはー! ショートカットすげー!」
「ほんとはそういう魔法じゃないんだけどねー。今度、配信でジオシーカーの正しい楽しみ方をやります」
わいわい騒ぐスパイスたちを、もう完全にモンスターになった海の魔女が凄い目をして見下ろしてくるのだ!
こりゃあ……決戦だねー!
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