第110話 息子は魔法少女になったぞ
父、来たる。
マシロの両親に挨拶すべく、俺の父親が東京にやって来た。
もともとこの人は出不精というか、経営している梨農園が忙しく、あまり外出をしない。
母が亡くなり、俺が出ていってからはさらに仕事一本になった。
なお、還暦過ぎの彼の跡取りは、従姉妹夫婦がやってくれるそうだ。
安心である。
「あたし、そんな先輩の家庭事情初めて知ったんスけど!!」
「話してなかったからなあ……」
「従姉妹までいたんスか!?」
「いる。マシロより一つ年上の女の子で、もう子どもが二人もいる」
「ひえーっ」
マシロが頭を抱えた。
ここは八王子駅。
父の到着を待っているところだ。
祖母の死以来になるな。
電話で連絡を取ることもほとんど無かったが、マシロと結婚することになり、先日電話をした際にはたいへん驚いていた。
そして、嬉しそうだったのを覚えている。
あの人にも、そういう気持ちがあるんだな。
いや、今になって思うが……。
あの人、対人恐怖症気味で、凄いコミュ障だったんじゃないか……?
配信者をやって、エキセントリックな人々を見てきた今だから分かる気がする。
これを知っていれば、若い頃の俺はあの人を嫌わなくて済んだかもなあ。
おっと、やって来た。
着慣れないスーツで、ぎくしゃくと動く白髪の男性。
背丈は俺よりも少し低い。
昔はでかかったが、年を取ってちょっと縮んだ。
彼は落ちつなかげに、人混みの中でキョロキョロしていたが……。
俺がメンタリスの力を使って「こっちだこっち」と脳内に囁くと、ハッとして振り向いた。
パッと表情が明るくなる。
やはり……。
対人恐怖症っぽい感じなんだな……!
一気に脱力した。
父はちょこまか動いて俺の前まで来る。
「お、おう。久しぶりだな」
「ああ久しぶり。紹介するよ。電話でもう話しただろ? こっちがマシロ。俺の奥さん」
「よ、よろしくお願いします!!」
マシロが頭を下げたので、父も慌てて頭を下げた。
「こ、こりゃあどうも。いや、その、息子をよろしくお願いします。その、色々口調が強いとこも、あると思うんですが、その、悪いやつじゃないんで……」
うおっ、なんか懸命に父親らしい挨拶を……。
「はい! 先輩……ショウゴさんは素敵な方です。お父様も今日は遠くからわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」
後輩っぽい言葉遣いではないマシロだ!
いやまあ、社会人なんだから、きちんとした喋りができるのは知っていたが……。
こんな父を連れて、俺とマシロの地元へ向かう電車に乗り込む。
基本、話題が思いつかなくなると、無言になるのが父だ。
母とは見合いで結婚したんだそうだが、今の時代だったら俺が生まれることはなかっただろうな……。
それくらい口下手で、何も言わない人なのだ。
「ショウゴ、仕事は……上手く行ってるか」
「ああ、順調だ。稼ぎも悪くないよ」
「そうか」
そこで会話が終わる。
いや、終わってくれたほうがいいんだが。
その仕事というのが、祖母の意思を受け継いで魔女になり、魔法少女に変身して配信を行うことなのだからな……!
考えてみればとんでもない状況にいるな。
メンタリスが俺のカバンからすっと表紙の角を出して、コソコソ移動した。
父に端をつん、とくっつける。
『ほほー』
小さな声が聞こえた。
メンタリスが戻って来る。
『頭の中ではぐるぐる考えてるでやんすね。でも口に出てこないでやんす。口下手でやんすねー。なお、母親が魔女であることは知ってたようでやんす』
「なにぃ」
思わず大声をあげるところだった。
祖母が魔女だって、知ってたのかこの人!?
なんで何も言わなかったんだ……って、そうか。言葉が出てこない人だったな。
若気の至りで地元を飛び出した俺は、今思えばもうちょっと父と話をしておくべきだったのかも知れない。
これから結婚するぞとなって、ようやくそういう心境になれた気がする。
『魔女から、お前も魔法少女になるんだよと言われたらしいでやんすが、理解できないので断ったようでやんす』
「なにぃーっ」
俺はのけぞった。
親父、あんた魔女の才能もちゃんと受け継いでたのか!!
話が違ってきたぞ!!
「せ、先輩、どうしたんスか!?」
「いや、なんでもない、なんでもな……」
祖母め、あんた、息子と孫を勧誘してたんだな!!
しっかりしてやがる。
父がこんな感じだったんで、見合いをさせて子どもを作らせ、それで俺が生まれたと。
そして俺は魔女を継承した。
全て手のひらの上だったか……。
いやな手のひらの上だな……。
乗り換えを経て、家のある駅に到着。
マシロのご両親とうちの父親は顔合わせを果たした。
その後、マシロのご両親に連れられて東京観光をするらしい。
宿泊は駅前のビジネスホテルだ。
父との確執とかそういうのは置いておいて、魔導書や狐がいて、異世界と繋がっている家に泊めるわけにはいかないからな……。
ひとり自宅に戻ってから、作戦会議となった。
「フロータ。お前もしかして、うちの親父がばあちゃんのことを魔女だと理解してたって知ってた?」
『あ、はい。そりゃあ若い頃はずっと一緒だったんですから当たり前ですよー。先代様は主様が誕生するまで、ご結婚のあとは距離を取って住まわれたんです。あの山中に工房を作られてですね! アバズレどもが攻めてこなかったら、主様が呼ばれて継承の儀式が行われてたんじゃないですか?』
「そうだったのか……。確かに魔法少女になれとか言われたら、なんか気になっちゃうもんな、俺」
スパイスになっていたかどうかと考えると……多分なってたんじゃないかなあ!
俺は割と、父とは真逆のタイプに育ったから。
ま、まさかこれも祖母の狙い……!?
『かも知れませんねえ! たった一人で七人のアバズレに対抗できたお人ですよ! 深遠なるお考えを持っていたのです』
うんうん、と頷くフロータなのだった。
なんてことだ。
いや、現状は大変刺激的で面白い毎日だから、これはこれでいいんだが……。
しかし、父にどうやって伝えたもんか?
伝える必要もあるのか?
息子は魔法少女になったぞなんて話、理解してもらえそうにないよなあ。
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