第106話 古き魔女との再会
学園祭の門をくぐると、一瞬だけ強い空気抵抗みたいなものがあった。
それを突き抜けたら……。
急に視界が明るくなった。
喧騒が辺りに戻って来る。
「先輩?」
「なんでもない。前もだけど、魔力に反応する結界が張ってあるんだよなあ、ここ。大京さんは力ずくで抜けてるけど」
この結界はある程度までの悪しきものを遠ざける力もあるようで、学園祭に胡乱な連中が入り込むことはできまい。
その連中がデーモンレベルまで強くならないと無理だ。
ということで、安心安全な名門女子校学園祭を堪能しようではないか。
「ウェイ! ほんじゃ、俺は八咫烏とぶらついてくるぜ」
「僕一人だと迷子になるからね」
「堂々と情けないことを言っている……」
男二人で、ぶらぶらと行ってしまった。
昨年もあの組み合わせだったとか。
そして大京さんは、ご家族と一緒に露店を回るそうだ。
「家族サービスをしておかないとね。それに俺の娘もここに入るかもしれないし」
「なるほどー。じゃあ、俺らは自由に回ってみます」
彼らと分かれ、マシロと二人……カバンの中に魔導書たちを入れた状態で歩き回る。
「あー、懐かしい雰囲気……。大学楽しかったなあ……高校も……」
マシロが感傷に浸っている。
確かに、大学時代の学園祭を思い出すものがある。
高校の頃はもっと学祭はショボかったからな……。
アメリカンドッグ専門店というところで、二人分のアメリカンドッグを買った。
ついでにドリンクも購入し、食べ歩く。
「うおっ、魚肉ソーセージ太い」
「かなりのボリュームッスねえ……。学園祭じゃないと無理な値段ッス……!!」
俺もマシロも食べることが好きな二人なので、露店の料理を次々に買っては食べる。
そんな俺の横に、警備員らしき人がススっと近づいてきた。
「ようこそおいで下さいました、新しき魔女よ。我らの主が会いたいと仰せです」
「あっ、そうだったそうだった、忘れてた」
この学び舎は、古き魔女の庭なのだった。
通う女生徒たちは全て、古き魔女の愛し子というわけだ。
卒業後に活躍する生徒が多いのも頷ける。
「どうしたんスか、先輩?」
「ちょっと行ってくる。マシロを一人にするのもあれだな……えーと……いた!」
大京一家を発見し、マシロを預けることにした。
「ちょっと魔女関連の野暮用で」
「なるほど、ではマシロくんは預かろう。責務を果たしてくるといい」
「早く戻って来るッスよ先輩!」
見送られながら、俺は学び舎の中に入る。
途中、死角になるような場所があったので……。
「メタモルフォーゼ・スパイス!」
白黒の輝きとともに、いつものちんまい姿に変身しておいた。
もちろん、今回はこの学校の制服ではない。
遊びに来た女の子を演出する意味で、白のかわいいダッフルコート姿になっている。
ボタンや紐、ワンポイントに黒が使われていて効果的だね。
『古き魔女ですかー。久々ですねえー』
『ん俺はぁ、百年ぶりくらいかも知れないぃ』
『あっしはどうだったかなー。まだ魔女が生まれてなかったんじゃないでやんすかねえ』
「さっすが、魔導書は長生きだなあ」
周りが賑やかだから、話す魔導書も気にされない。
声を出しながらペチャペチャ喋っていると、校長室に到着した。
「こんにちはー!」
「どうぞお入りなさい」
校長室の扉がひとりでに開いていく。
スパイスは室内へと足を踏み入れた。
ダッフルコートを消して、その下のエプロンドレス姿になる。
「中はあったかーい。どーも! お久しぶりでーす!」
「久しいですね、新しき魔女よ」
品の良いおばあちゃんという感じの古き魔女。
彼女は立ち上がり、スパイスを出迎えてくれた。
グレーの上品なスーツにスカート姿。
やっぱりグレーの髪の毛はアップにしていて、年を取ったらこうありたいという姿に……。
いやいや、スパイスはおじさんだった。
「精神の魔女までも退け、その力を増しているようですね。ですがあなたには増長の気持ちはない」
「お陰様で色々助かってます! そうですねー。世の中は凄い人がたくさんいるので、ふんぞり返ってる暇はないですねー」
「いいことです。それに……気難しい魔導書を三冊も抱えて、ちゃんと使いこなしている。彼らはあなたの成長を待っています。魔女としての力があるべき域に達すれば、魔導の深奥へと導いてくれることでしょう。どうやらあなたは、三冊に好かれているようですから」
「ありがたいことですよー。やっぱ人間関係って重要ですからね!」
社会人生活で身につけた、一番大事なものだからね。
なお、フロッピーが仲を取り持ってくれたりもしている。
我が家のAフォンには頭が上がらないなあ。
「それでここからは魔女の話です? 夏以降動きがない感じですけどー」
「書を持たぬ魔女は欧州に住んでいますからね。そこに大魔将が出現して身動きが取れないようです。他の魔女も、大魔将の動きを注視しているようです」
「わお、詳しい! 魔女ネットワークなんです?」
「年の功というやつですよ」
古き魔女が微笑んだ。
書を持たぬ魔女は、きっとみそっかすとか言われてた人なんだろうなあ。
で、他の魔女も自由に身動きできないと。
「魔女たちもまた、この世界で暮らす人間に変わりはありませんから。世界を壊そうとする大魔将は迷惑な存在です。ですけど……大魔将に関しては心配はいらないと私は思っています」
「それはまたどうして……って愚問でしたねー! ここには彼女がいますもんね」
「ええ。日の当たる世界は、あの娘が救ってくれることでしょう。もう、私ですら手が届かない領域に行ってしまいました。どこまで駆け上がっていくのか、想像もできません」
『あ、あの恐ろしい娘ですか! ひぇ~』
『ん近くにいただけで強大さが分かったぁ!』
『ここにいても気配をビンビン感じるでやんす~』
『お兄様がた、お姉様がた、落ち着いて下さい』
怯える魔導書を、なだめるフロッピーなのだった。
できの良い妹だなあ。
お陰で魔導書がちょっと静かになった。
これを見て、古き魔女が驚きに目を見開く。
「新たなる魔導書……」
「どーしたんですー?」
「いいえ。まさかこの目で見ることになるとは思いませんでした。今まで魔導書の写本は世界各地に存在していました。これを用いて、魔女や魔法使いたちは魔法を体得してきたのです。そして、あなたの元に集まった三冊は、その原典。つまり……真の意味で魔導書と呼ばれるものは、異世界よりもたらされた七冊の他に存在しなかったのです」
ほうほう。
フロータたちは大したものなんだなあ。
「誰もが新たなる魔導書を創造しようとしました。ですが、それを成すことはできませんでした。この世界は魔法との親和性が薄く、原典の七冊に迫る魔法を生み出すことなどできなかったのです。発揮される魔法の力も、魔導を極めた魔女でもなければ本来の効果に遠く及びません」
「そーだったんですね!? じゃあ異世界だと効果が大きかったのは……」
「世界そのものが魔法への親和性が高いからです。だから、こちらでは真の魔導書は生まれないはずでした。ですが……。新しき魔女スパイス。あなたの所有するそれは、新たなる魔導書になりつつあります」
「な、なんだってー!!」
うちのフロッピーが!?
原典の魔導書三冊から色々教えてもらって、どんどん知性もついてきて、魔法も使えるようになりつつあるフロッピーが?
いや、よく考えたらとんでもないことではないのか。
『フロッピーちゃんは凄いですからねー! 私の自慢の妹ですよー!』
『ん俺がぁ、色々教えているからなぁ~!』
『あっしの妹でやんすからねーっ!! 出来がいい~!』
魔導書たちが、わあわあのろけ出す。
それもこれも、フロータが気まぐれで、民生Aフォンを育成し始めたところからスタートしているからなあ。
世の中何がどうなるか分からない。
「直接会えて良かった。珍しいものを見せてもらいました。新しき魔女よ、あなたはいつも、私の想像を飛び越えたことをやってくれます」
「そうですかー!? でもでも、古き魔女のアドバイスは助かってるんで、今後もよろしくお願いしまーす」
「もちろんです。この世界のために、日々励んで行きましょうね」
握手!
新旧魔女の再会は、こうして終わったのだった。
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