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「おい、皇!玄関の扉、開かないんだけど!」


 後ろを振り向いてそう叫ぶと、皇は


「えっ?そんな筈……あっ」


 と、声を漏らした。

どうやら、こうなった原因に心当たりがあるらしい。


 まさか、また鍵を追加した訳じゃないだろうな?


 嫌な予感を覚えつつ、俺は玄関の扉を上から下まで確認していった。

その結果、左上と左下に一つずつ後付けされた鍵を発見。

こちらも窓と同様、キーを差し込む形のものだった。


「おい、こら……皇!」


「す、すみません……そちらも防犯対策の一環で……」


「御託はいいから、どうするか考えろ!これじゃあ、あいつを逃がせないぞ!」


 完全に密室と化している我が家を思い浮かべ、俺は『二階の窓なら、行けるか?』と悩む。

────と、ここでリビングの方から何かを投げ込まれた。

咄嗟にソレをキャッチする俺は、一瞬ポカンと固まる。


「えっ?鍵?これ、全部……?」


 大きな輪っかに括り付けられる形でまとめられた大量の鍵を前に、俺は頬を引き攣らせた。

『軽く三十はあるぞ……』とドン引きする中、皇は声を張り上げる。


「真ん中辺りにあるやつが、玄関の鍵です。上は施錠していないので、下だけ解錠をお願いします」


「わ、分かった」


 戸惑いながらも『まずはアレの対処を』と考え、俺は身を屈めた。

皇の言葉を思い返しつつ鍵穴に合うキーを探し、どうにか解錠に成功。

今度こそ、玄関の扉を開け放つ。


「皇、開けたぞ!」


 しっかり扉を全開にした上で報告すると、皇は


「分かりました」


 と、素早く返事した。

その瞬間、リビングの方からブンブンという羽音(はおと)と何かを叩く音が鳴り響く。

『一体、どんな攻防が繰り広げられているんだ』と頭を捻る中、廊下にアレが飛び出してきた。


「うわっ……!?」


 反射的に声を上げてしまう俺は、限界まで端に寄る。

『二階の方に逃げておけば良かった』と今更ながら後悔していると、皇がアレを追う形で現れた。

そして黒光りするヤツを目にするなり、雑誌を構える。


「伊月様、そのままじっとしていてくださいね」


 そう言うが早いか、皇は空中を飛び回るアレを────雑誌で叩いた。

まるで、テニスボールをラケットで打つ時みたいに。

『はっ……?』と困惑する俺を他所に、アレは勢いよく外へ出る。

まだちゃんと生きているのかブンブンと羽音を響かせるアレの前で、皇は素早く玄関の扉を閉めた。


「伊月様、キーを」


「えっ?あっ、うん」


 言われるがままキーのついた輪っかを差し出すと、皇は『ありがとうございます』と言って受け取った。

かと思えば、元々ある鍵と後付けされた下の鍵だけ施錠する。


「何で上のやつは締めねぇーの?」


 ふと気になって質問を投げ掛ける俺に、皇は


「鍵が複数ある場合は全て閉めずに、どこか開けておいた方が空き巣対策になるんですよ」


 と、答えた。


 なるほど。確かに泥棒がピッキングや複製したキーで鍵を開ける場合、こういう細工は有効かもしれない。

所謂、『開けたと思ったら実は閉めていました』というやつだ。

まあ、それでもプロなら直ぐに突破出来るだろうが。

でも、警察に通報するまでの時間稼ぎくらいは出来る筈。


 『考えたな』と感心しつつ、俺は壁から身を起こした。


「いい防犯対策だな。ところで、その鍵って予備あんの?ないなら、鍵屋に行って複製してきてほしいんだけど」


「複製、ですか?」


 どことなく緊張した面持ちで聞き返す皇に、俺は迷わず首を縦に振る。


「ああ。だって、俺の分ないじゃん」


「……な、なくてもいいのでは?」


「いや、不便すぎるだろ。これじゃあ、窓一つ開けられない」


「窓を開ける必要性がどこに?」


 畳み掛けるようにして質問を繰り出す皇に、俺は眉を顰める。


「『どこに』って、そりゃあ換気とか温度調整とか」


「換気は通気口があれば出来ますし、温度調整だってエアコンを使えば問題ありません」


「それは、まあ……確かに」


 思わず納得してしまう俺に対し、皇はホッと息を吐き出す。


「なら、やっぱり鍵を複製する必要はありませんね」


「いや、何でだよ。自分の家なのに、鍵を持っていないなんて明らかにおかしいだろ」


「そんなことはありませんよ。お金持ちの家なら、使用人が鍵を管理することだってあると思います」


 ……確かに言われてみると、金持ち自ら鍵を開け閉めする光景は想像し難い。

ボディガードなんかが、やってそうなイメージだ。

もしくは、中で待機していた使用人が鍵を開けて出迎えて……。


 などと考えつつ、俺は少しばかり態度を軟化させる。


「……金持ちって、そういうものなのか?」


「はい」


 迷わず首を縦に振り、皇は鍵の束をサッと懐に仕舞った。


「それに伊月様はあまり外出されませんし、なくても不便はないと思います」


「……悪かったな、引きこもりで」


 フイッと顔を逸らしてそう答えると、皇は一瞬キョトンとする。

でも、俺が拗ねていることを感じ取るなり直ぐに口を開いた。


「別に引きこもり……インドアであることは悪くないと思います。むしろ、私は長所のように感じますね。伊月様がここに居てくれると、凄く助か……嬉しいので」


 初日に言った、あの冗談……『貴方のお傍に居たい』をまだ引っ張るつもりなのか、皇は突拍子もないことを言い出した。

それも、満面の笑みで。


 雇い主(主人)への媚び売りは欠かさないって、訳か。この世渡り上手め。


 『こいつ、将来はエリートコースまっしぐらだな』と肩を竦め、俺は一つ息を吐いた。


「そうかよ。ま、鍵のことはもういいわ。俺は部屋に戻る」


 『アレの居たところ掃除しておけよ』とだけ言い、俺はさっさと二階へ上がる。

そして、素早く自室に駆け込んだ。


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