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◇◆◇◆


 ────皇にお世話される日々が始まってから、一ヶ月ほど経過した頃。

俺はいつものように一階のリビングで、昼食を摂っていた。

ダイニングテーブルに並べられたキノコクリームパスタを前に、フォークを動かす。


 いや、しかし美味いな。料理のレパートリーも多いし。

女ウケを狙って、練習したのか?それとも、単純に料理好き?


 店を出せるレベルの料理スキルに、俺は舌を巻く。

そして、あっという間にキノコクリームパスタを平らげた。

すっかり満たされた腹を前に、俺は『ごちそうさまでした』と言って立ち上がる。

────と、ここで名前を呼んではいけないあの虫が現れた。

それも、食卓の上に。


「ぅ……うわぁぁぁぁあああ!!」


 反射的に後ろへ飛び退く俺は、その反動で椅子を倒す。

すると、騒ぎを聞きつけたのかキッチンの方から皇がやってきた。


「どうかしましたか、伊月様!」


「どうもこうもねぇーよ!アレが出たんだ!」


 ビシッと食卓の方を指さし、俺は『ここ一ヶ月、平穏だったのに……!』と嘆く。

早くも半泣きになる俺の前で、皇はパチパチと瞬きを繰り返した。

かと思えば、大きく息を吐く。


「なんだ、ゴキブリでしたか」


「『なんだ』じゃ、ねぇーよ!一大事だ!あと、あいつの名前を呼ぶな!仲間を呼び寄せちまうかもしれないだろ!」


 迷信なのは薄々分かっているが、それでも不安で『せめて、Gと呼べ!』と指示した。

完全なるマイルールを押し付ける俺に対し、皇は嫌な顔一つせず『分かりました』と頷く。

と同時に、テーブルへ置いておいた雑誌を一つ手に取った。


「とりあえず、Gを退治してしまいましょうか」


「ああ、そうだな!でも、ちょっと待て!ソレでどうするつもりだ!?」


 丸められた雑誌を指さし、俺は表情を強ばらせる。

これでもかというほど嫌な予感を覚える俺の前で、皇はコテリと首を傾げた。


「『どう』って、普通に叩き潰すだけですが」


「やめろ!変な液体とか、内臓とかが飛び出るだろ!」


 『ばっちぃ!』と非難する俺に、皇は苦笑を浮かべる。


「もちろん、後処理はしますよ?アルコールで消毒もしますし……」


「だとしても、嫌だ!アレの死んだところで、飯なんか食いたくない!そんなことをするくらいなら、引っ越したい!」


「えっ?引っ越し?それは困りますね」


 急に真剣な顔付きとなる皇は、顎に手を当てて考え込んだ。

かと思えば、ふと顔を上げる。


「ちなみに私の来る以前はどうやって、対処していましたか?」


「えっと……確か、前任の横山がアレを捕まえて外に逃がしていたけど」


「なるほど。では、一旦玄関までアレを追い込まないといけませんね」


 神妙な面持ちで玄関のある方向を見やり、皇は『長い戦いになりそうだ』と呟く。

いそいそと丸めた雑誌を広げる彼の前で、俺は頭を捻った。


「はっ?何で玄関?窓から、逃がせばいいじゃん」


「ぁ……それはその……」


 気まずそうに視線を逸らし、皇は言葉に詰まった。

何やら言えない事情でもあるのか随分と歯切れの悪い彼を前に、俺は早くも痺れを切らす。


「チッ!もういい!俺がやる!」


 そう言うが早いか、俺はここから一番近い窓へ駆け寄った。

まず窓を開けてから、アレの追い出しに掛かろうと思って。


「あっ!ま、待ってください……!」


 焦った様子で俺の後を追い掛けてくる皇は、咄嗟に肩を掴む。

が、それよりも早く俺がレースカーテンを開け放った。

と同時に、唖然とする。

だって、そこに見慣れないものがあったから。


「────鍵……?」


 どう考えても後付けされたとしか思えない代物に、俺は目を剥く。

『いつの間に、こんなの……』と衝撃を受けつつ、後ろを振り返った。


「おい!なんだよ、これ!」


 ここ一ヶ月、家に出入りしていたのは皇だけなので彼を問い詰める。

お前の仕業だろ、と。


「こ、これはその……防犯対策のために……」


「いや、それなら元々あった内鍵だけで充分だろ!何で追加したんだよ!しかも、キーを差し込むタイプのやつ!」


 『これじゃあ、気軽に開け閉め出来ない!』と怒鳴る俺に、皇は身を縮こまらせる。

若干表情を暗くしながら。


「申し訳ございません……最近は窓ガラスに小さな穴を空けて内鍵を開ける泥棒も居ると聞いて、不安になってしまい……」


 『備えあれば憂いなしというか……』と弁解する皇に、俺は口を噤む。

ただの善意だったと言われると、責めづらくて。


「はぁ……過ぎたことはもういい。それより、アレをどうにかすんぞ」


 『隠れられたら厄介だ』と零す俺に、皇は少しばかり目を見開いた。

かと思えば、ふわりと柔らかい笑みを漏らす。


「はい。さっさと追い出してしまいましょう」


 手に持った雑誌を握り締め、皇はダイニングテーブルへ向き直った。

放置された皿やカトラリーへ近寄るソレを前に、彼は何とも言えない威圧感……いや、殺気を放つ。


 えっ?何でそんなに怒ってんの?てか、殺すなよ?逃がせよ?


 などと考えていると、皇は素早い動きでアレとの間合いを詰めた。

その途端、アレは羽を出して空を飛ぶ。

まるで身の危険を察知したかのように皇から距離を取り、逃げ惑った。


「伊月様、申し訳ありませんが、リビングの扉と玄関を開けてもらえませんか」


「お、おう」


 皇の気迫に押されて首を縦に振り、俺はリビングの扉へ駆け寄る。

そして、一も二もなく開け放つと、その向かい側にある玄関を解錠した。

が、開かない。


 あれ?おかしいな……ちゃんと鍵は開けた筈なのに。

現に扉の取っ手はちゃんと動く。

施錠されていたら、こうはならない。


「おい、皇!玄関の扉、開かないんだけど!」


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