謎の機械音
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────皇を新たにお世話係として、迎えた翌日。
俺はリビングの棚に飾ってあったウサギのぬいぐるみを見て、首を傾げた。
なんだ、これ。
こんな可愛いインテリア、ウチにあったっけ?
明らかに自分の趣味じゃないぬいぐるみを前に、俺は『父からのお土産か?』と思案する。
そして、何の気なしにぬいぐるみを手に取り、じっと間近で観察した。
と同時に、ハッとする。
「こ、これ……何かの機械音がする!」
よく耳を澄ますと聞こえてくる『ジジジ……ザザザ……』という音に、俺は戦慄した。
全く見覚えのないぬいぐるみ……機械音……間違いない。これは────
「────爆弾だ!」
子供の好きそうなオモチャ……それもぬいぐるみが爆発物なんて、テレビや映画ではよくあるシチュエーションのため、焦りを覚える。
『西園寺家に恨みを持っているやつの犯行か!』とパニックになりながらオロオロし、半泣きになった。
「ど、どうしよう?警察に連絡?いや、父さんに報告するのが先か?てか、早く避難しねぇーと。でも、爆弾持っちゃっているし……これって、置いていいの?振動で爆発しない?俺、万事休す?」
『遺言残しておいた方がいい?』なんて考え、俺はソファの周りをグルグル回る。
────と、ここで二階の掃除に行っていた皇が階段を降りてきた。
「伊月様?」
リビングに入ってすぐ俺の異変を察知し、皇は不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
手に持っていた掃除機を一度床へ置き、皇はこちらに駆け寄ってきた。
かと思えば、俺の持っているウサギのぬいぐるみを見てピシッと固まる。
「ぁ……それ……」
困った様子で言い淀む皇に、俺は嫌な予感を膨らませた。
「や、やっぱヤバいやつなのか……?」
「えっ?伊月様、まさかソレの正体に気づいて……?」
焦ったように冷や汗を流し、皇はゴクリと喉を鳴らす。
神妙な面持ちで下を向く彼に対し、俺はサァーッと血の気が引いた。
「嘘だろ、お前……」
「も、申し訳ございません……でも、悪気はなかったんです……」
二メートル近くある体を縮こまらせて謝罪する皇に、俺は思わずカッとなる。
「悪気はなかった、で済むかよ!────ウチに爆弾が仕掛けられているのに!」
「……えっ?」
「気づいているなら、早く言えよ!手に持っちゃったじゃん!」
『何普通に家事してんだ!』と怒鳴りつける俺に対し、皇はフリーズする。
でも、状況を理解するなり脱力した。
「伊月様、それは爆弾じゃありませんよ」
「嘘だ!だって、このぬいぐるみから機械音がするんだぞ!?」
『ほら!』と言ってぬいぐるみを突き出すと、皇は一瞬考え込むような仕草を見せる。
が、直ぐに顔を上げた。
「恐らく、その機械音は────」
そこで一度言葉を切り、皇は俺の手からぬいぐるみを抜き取る。
手のひらサイズのソレを一度逆さまにして、足の裏を指でいじった。
その途端、ぬいぐるみの手足が動き、陽気なメロディを奏でる。
「────コレだと思いますよ。子供向けのオモチャによくある仕掛けです」
『某人気アニメのオモチャなどで見たことありませんか?』と言い、皇はこちらを見つめた。
どことなくホッとしたような動作を見せる彼の前で、俺は俯く。
単なるオモチャを爆弾だと勘違いしていた自分が、恥ずかしくて。
早とちりにも程があるだろ、俺……!映画の見すぎだ!
『想像力、逞しすぎる!』と頭を抱え、俺は頬を紅潮させた。
あまりの恥ずかしさに違う意味でパニックを引き起こしながら、悶々とする。
と同時に、
「だ、大体!何でそんなものがウチにあるんだよ!」
と、話を逸らしに掛かった。
すると、皇は思い切り表情を強ばらせる。
「それは……えっと……」
「なんだ、お前の私物か!?」
「は、はい。リビングにこういったインテリアがあったらオシャレかな、と思いまして……」
若干しどろもどろになりながらも弁解し、皇はチラリとこちらの顔色を窺った。
まるで母親に叱られた子供のようにシュンとする彼を前に、俺は何故だか罪悪感を募らせる。
他の男がこんな表情をしても全く可愛くないが、爽やかイケメンにやられると……案外効くな。
俺、男なのに母性芽生えそう。
『女だったら、落ちていたな』と思案しつつ、俺は大きく息を吐いた。
と同時に、額へ手を当てる。
「ったく、そういう気遣いはいらねぇーんだって」
「申し訳ございません……」
これでもかというほど肩を落とし、皇は悲しそうに振る舞う。
『余計なお節介でしたね……』と呟く彼の前で、俺は心を締め付けられた。
「チッ……!だけど、今回は有り難くもらっておく」
良心の呵責に耐え切れなくてそう申し出ると、皇はパッと表情を明るくする。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから、元の場所に戻しておけ」
「はい」
大きく首を縦に振って了承し、皇はリビングの棚へ駆け寄った。
『確か、この辺だったかな?』とぬいぐるみの位置を調整する彼の前で、俺は身を翻す。
はぁ……どっと疲れた。早く部屋に戻って、ゲームでもしよう。
『もう当分、あのぬいぐるみは見たくない』と思い立ち、俺は廊下へ出た。
と同時に、体のバランスを崩す。
どうやら、置きっぱなしだった掃除機に足を引っ掛けてしまったらしい。
またかよ……。
昨日に引き続き転倒の危機を迎え、俺はなんだか達観した気分になる。
『今度は顔面から床にダイブか』などと考えていると、思い切り腕を引かれた。
ついでにお腹辺りに手を回され、前のめりだった体の重心が元通りとなる。
要するに、転倒を免れたのだ。
「大丈夫ですか?伊月様」
そう言って、後ろから顔を覗き込んでくるのは皇だった。
昨日に引き続き、今日も転倒の危機から俺を救ってくれた様子。
こいつ、顔だけじゃなくて中身もイケメンかよ。
しかも、運動神経抜群で体も引き締まっているし。
スラッとしているように見えて案外ガッシリしている皇の体型に、俺は少しばかり感心する。
『きっと、スポーツとかやっているんだろうな』と想像する中、彼は不意に顔を近づけてきた。
「どこか打ちましたか?痛みは?」
なかなか返事しない俺を見て心配になったのか、皇はそっと眉尻を下げる。
『救急車を呼びましょうか』と悩む彼を前に、俺は慌てて口を開いた。
「だ、大丈夫!どこも痛くない!ただ、驚いただけだ!」
何ともないことを身振り手振りも交えて説明すると、皇はホッと胸を撫で下ろす。
「それなら、良かったです。あと、掃除機を床に放置してしまい、申し訳ありませんでした。直ぐに片付けますね」
『伊月様のお体に傷をつけるところだった』と猛省し、皇は手早く掃除機を撤去する。
そんな彼の前で、俺は『大袈裟なやつだな』と肩を竦めた。
まあ、いいや。とにかく、部屋に戻ろう。
ここに居ても、皇の邪魔になるだろうし。
テキパキと残りの仕事をこなしていく爽やかイケメンを一瞥し、俺はさっさと二階に上がる。
そして自室に辿り着くと、いつも通り座椅子へ座ってゲーム機を手にした。




