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西園寺龍樹《皇 side》

 そうだ、ここには前任者の方が……さすがに今すぐどうこうすることはないと思うけど、伊月の家族に報告は行く筈。

その結果、私は解雇や刑罰を受けるかもしれない。

伊月自身は納得しても、その周りまで理解を示してくれるとは限らないから。


 『普通はこんな異常者、子供の傍に置きたくないよな』と悩み、私は表情を強ばらせる。

ここからどう動くのが最善か考えつつ、ゆっくりと横山さんへ向き直る。


「あ、あの……」


「大丈夫ですよ」


 ニッコリ笑って首を横に振り、横山さんは『何も心配要りません』と断言した。

かと思えば、おもむろに席を立つ。


「貴方の想いや考えは分かった上で、雇用していましたから」


「「……えっ?」」


 思わず伊月とハモる私は、一体何を言われているのか直ぐに理解出来なかった。

だって、知っているなら当然雇用は避ける筈だから。

『面接でも研修でも、伊月への好意は一切見せなかった筈……』と戸惑い、私は目を白黒させる。

すっかり混乱に陥る私の前で、横山さんは小さく肩を竦めた。


「皇くん、貴方過去に何度か伊月様の身辺調査を依頼したことがあるでしょう?まあ、結局どこも引き受けなかったと思いますが。とにかく、その情報が巡り巡って我々のところに届いていたんですよ。だから、貴方の存在はかなり前から知っています」


「!!」


 過去の所業を暴露され、固まる私は『まさかの筒抜けだったのか……』と衝撃を受ける。

まあ、相手はかなりの資産家なのだから知っていても違和感はないが。

でも、ちょっとショックだ。

『昔のイタズラをバラされた気分……』と苦笑する私を前に、伊月は大きな溜め息を零す。


「お前、探偵まで使おうとしていたのかよ」


「伊月の情報を得られる手段が極端に少なかったんですから、しょうがないじゃないですか」


 『共通の知人なども居ませんでしたし』と言い訳しつつ、私は横山さんの方を見た。

と同時に、表情を引き締める。


「なら、何故雇用くださったのですか?しかも、伊月のお世話係として」


 『下手したら、伊月が危険な目に遭っていたかもしれないのに』と主張し、私は真意を探った。

すると、横山さんはニッコリ笑ってスマホの画面をこちらに見せる。

そこには、『西園寺龍樹(たつき) 通話中』と大きく書かれていた。


「それは旦那様にお聞きになられた方が良いかと」


 えっ?旦那様?しかも、通話なんていつの間に……まさか、家に入る前から?


 『だとしたら、全ての会話を聞かれて……』と狼狽えていると、スマホから声が聞こえてくる。


「とりあえず、初めましてだな。皇くん」


「は、はい。お世話になっております」


「いやいや、こちらこそ。いつも伊月の面倒を見てくれて、ありがとう」


「い、いえ……好きでやっているだけですから。それより、あの……私の想いや考えを分かった上で雇用していたのは、何故ですか?」


 兎にも角にも理由が気になり、私は早速本題を切り出した。

『伊月を心配していないのか?』と少しばかり腹を立てる中、龍樹様はフッと笑みを漏らす。


「そんなの一つに決まっているだろう────伊月のためだ」


 迷いのない口調でそう言い切り、龍樹様は一つ息を吐いた。


「君も何となく気づいているだろうが、伊月は極度の人間不信に陥っている。カウンセラーやらなんやら色々試したが、効果はほとんどなく一部の人間にしか心を開かない。だから、しばらくは自由にさせていたんだが、いつまでもそうする訳にはいかないだろう?私の生きているうちはさておき、将来は自分の足で立たないといけないのだから」


 『その時、困らないようにしてやらないと』と親心を表し、龍樹様は少しばかり声色を硬くする。


「でも、強引に外へ連れ出したところで逆効果になるのは目に見えていた。だから、まずは伊月に信用出来る第三者を作るべきなんじゃないかと考えたんだ。そこで白羽の矢が立ったのは君だ、皇くん。君は品行方正で学校の成績も良く、周囲の評判だっていい。しかも、伊月を心の底から愛していると来た。これ以上に最適な人物は居ない、と思ったよ」


 手放しで私のことを褒め、龍樹様は僅かに雰囲気を和らげた。

かと思えば、苦悩を露わにする。


「とはいえ、皇くんの雇用には最後の最後まで悩んだ。君は非常に出来た人間だが、伊月に関することだけは軒並みおかしいというか、なんというか……我を忘れるみたいだったから。でも、伊月に危害を加える事と伊月を裏切る事はないと踏んで、思い切って雇用したんだ」


 『我ながら凄い決断を下したものだ』と言い、龍樹様は軽快に笑い飛ばす。


「まあ、さすがに監禁やらカメラやらは予想してなかったが」


「すみません……」


「いや、構わないさ。被害者である伊月がソレを良しとしているのだから……」


「いや、別に良しとしている訳じゃねぇーよ」


 思わずといった様子で横から口を挟み、伊月は軽くスマホを睨む。

俺の合意の上でやっているみたいに言われるのは心外だ、とでも言うように。


「いいか?俺は皇のワガママを仕方なく、聞いてやっているだけ。つまり、譲歩しているんだよ」


「はははっ。そうか。じゃあ、私は譲歩している伊月の意思を尊重しよう。よって、皇くんは罰しない」


 息子の主張を取り入れるためわざわざ言い直す龍樹様に、伊月は満足そうに頷いた。

『良かったな、皇!』と無邪気に笑う彼の前で、私はスッと目を細める。


「私の行いを許していただき、ありがとうございます。それから、私を雇った経緯の説明も」


 諸々引っ括めてお礼を言い、私はスマホの画面へ視線を向けた。

と同時に、小さく深呼吸する。


「ここまで寛大な対応をしていただいて厚かましいかもしれませんが、最後に一つだけよろしいでしょうか?」


 震える指先を握り込み、私は思い切ってそう申し出た。

これだけは確認しておかないといけない、と思って。

『有耶無耶には出来ない』と表情を引き締める中、この場に重苦しい空気が流れる。


「なんだい?」


「龍樹様は私と伊月の関係をどうお考えでしょうか?恐らく、先程のやり取り聞いていましたよね?」


 確信を持った声色で問い掛けると、龍樹様────ではなく、伊月が反応を示す。

どうやら、聞かれていたとは思ってなかったようで顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだった。

でも、決して否定や弁解はしない。

それが何気に嬉しかった。

『私との関係を後ろめたく思っている訳ではないんだな』と実感する中、龍樹様は口を開く。


「それを聞いて、何になるんだい?君は伊月を離す気など、ないのだろう?」


「ええ、確かに離す気などありませんが、だからと言ってご家族の意思を蔑ろにするつもりはありません。もし、あまりよく思っていないのなら私なりに誠意を示して伊月との交際を認めてもらうつもりです」


「ほう?それでも、理解や同意を得られなかったら?」


 こちらのことを試しているのか、はたまた単純にこの状況を楽しんでいるのか……龍樹様は意地悪なことを言ってきた。

すると、私よりも先に伊月が言葉を返す。


「そのときは皇と駆け落ちする!」


「うん、それは困るな。認めよう」


 息子の伊月に対してとことん甘い龍樹様は、あっさり白旗を上げた。

『二人の交際を応援するよ』と後押しする彼に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。


 こ、こんなにあっさり許しをもらっていいんだろうか。

てっきり、猛反対に遭うかと思ったけど。

なんせ、相手は息子の同性()で初恋を拗らせた異常者。

普通なら、避けたい物件だろう。


 『特にこういうお金持ちの家系は……』と戸惑う中、龍樹様はフッと笑みを漏らした。


「私は伊月が幸せなら、それでいいさ。世間の目やらなんやらには、興味ない」


 私の心を見透かしたようにそう言い、龍樹様はこれでもかというほど親バカを発揮する。


「だから、伊月のことは頼んだ。幸せにしてやってくれ」


 たった一人の父親として伊月(息子)の運命を託す龍樹様に、私は大きく目を見開いた。

信じて任せてくれる、その姿勢が嬉しくて。


 これは期待に応えないと、いけないね。

伊月を泣かせたら、とんでもないしっぺ返しを食らいそうだ。


 『最悪、海に沈められるかも』なんて思いつつ、私は背筋を伸ばす。


「はい、お任せください。必ず幸せにします」


 確かな意志と信念を持って宣言し、私は真っ直ぐに前を見据えた。


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