新春応援イベント
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────皇がお世話係になってから、早二ヶ月。
少しずつだが、爽やかイケメンの居る生活にも慣れてきた。
まあ、まだ一緒の空間に居るとソワソワしてしまうが。
同年代の……それも人生を楽しんでそうな陽キャが居ると、落ち着かねぇーんだよな。
無意識に自分と比べちまって、ちょくちょく落ち込むし。
『なら、さっさと社会復帰しろ』って、話なんだけど。
自室にある座椅子へ腰掛け、いつも通りゲームをする俺は小さな溜め息を零す。
「いつまで、こうしていられるんだろうな……」
ぬるま湯みたいに居心地のいい現状を思い返し、俺はゆらゆらと瞳を揺らした。
早く変わらなきゃいけないのは、自分自身が一番よく分かっているため。
俺は西園寺の跡継ぎだからな……いつかはこのぬるま湯から出て、社会に出ないと。
一生ここに閉じこもるなんて、きっと許されない。
グッとゲーム機を強く握り締め、俺は言いようのない不安と焦りに駆られる。
別に今すぐどうこうなる訳でもないのに……将来を考えると、いつもこうだ。
「あー……本当、嫌になる」
鬱々とした気持ちを吐き出すように、俺はゲーム機を投げ捨てる。
と同時に、スマホを手に取った。
『気分転換がてら、オンラインゲームでもするか』と思い立って。
久々にとあるゲームへログインする俺は、その大盛況っぷりに目を剥く。
どうやら、ちょうどイベントの真っ最中だったよう。
「へぇー。新春応援イベント、ね。俺も参加しようかな?────って、よりによってマルチ限定か」
基本ソロでゲームを行っている俺は、『どうすっかな~』と一瞬悩む。
が、わりと直ぐに参加を決めた。
こんなの野良マッチングをオンにすればいいだけの話だから。
別にこのゲームはガチってないし、ランカーを目指している訳でもないからのんびりやっていこう。
『イベントクリアさえ、出来ればいい』と割り切り、俺はゲーム開始ボタンを押した。
────それからはひたすらイベントをこなし、どうにか最終ミッションまで到達。
と、ここまではいいのだが……まさかの次にマッチングした野良が、俺以外フレンド同士という地獄絵図になった。
多分、野良マッチングをオフにし忘れて開始ボタンを押しちゃった口だろうな……。
『わりとよくあるミス』と肩を竦め、俺はこのマッチングから抜けようとメニュー画面を開く。
さすがに自分だけポツンというのは、気まずいため。
『相手もそっちの方が気楽でいいだろうし』と思案する中、マッチングメンバーはこちらを向いた。
先程まで、身内でワイワイやっていたのに。
『もしや、今になって野良に気づいた?』と考えていると、彼らは一斉に駆け寄ってきた。
「よろしくお願いします~」
「月さんって、呼んでもいいですか~」
「せっかくですし、仲良くしましょう」
野良も寛容に受け入れる派のパーティーだったのか、彼らは普通に話し掛けてきた。
おかげで、わりとすんなり打ち解ける。
と言っても、俺はマイクオフのチャット民だが。
『さすがに喋るのは無理……』と思いつつ、最終ミッションの情報交換や作戦会議を行った。
そして、満を持して最終ミッションへ挑む。
い、いつの間にか俺も行く流れになっていた……まあ、いいけど。
やることは変わんないし。
マッチングメンバーの雑談を聞きながら、サクサク前へ進む俺は『そろそろ、終盤だな』と考えた。
────と、ここでマッチングメンバーの一人が口を開く。
「あっ、そうだ。ずっと聞きたかったんですけど、月さんの名前の由来ってなんですか?もしかして、本名?」
「おいおい、他人の個人情報を探るなんて失礼だぞ。やめてやれ」
さすがに不味いと思ったのか、他のメンバーが注意を促す。
すると、相手の女性は案外すんなりお叱りを受け入れた。
「あはは。それは確かにね。ごめんごめん。月さんの名前とかユーザーIDの数字とか、ちょっと見覚えあって気になっちゃったんだよね」
「えっ?そうなん?」
思わずといった様子で聞き返す他のメンバーに対し、相手の女性は相槌を打つ。
「うん────実は小学生の頃のクラスメイトにイツキって子が居たんだけど、その子のプロフィールに酷似しているんだ」
「!!?」
ハッと息を呑む俺は、スマホを手に持ったまま放心した。
『えっ?知り合い……?』と狼狽える俺を他所に、相手の女性はペラペラと情報を喋っていく。
「まず、名前に同じ漢字が使われていたこと。まあ、これだけなら私も別に気にならなかったんだけど、ユーザーIDの数字と伊月くんの誕生日丸被りでさ。ワンチャン本人かも?って、思ったんだよね」
「おお~。これは確かに知り合いの線を疑うかも」
「もし、別人でも凄いミラクルだね~」
『なんだか運命を感じちゃう』と盛り上がるマッチングメンバーに、俺は何も言えなかった。
喉の奥に何か張り付いたように、声を出せなくて。
漢字や誕生日まで見抜かれた以上、他人という線は限りなく0に近い……それに俺がまともに学校へ通っていたのは小学生の頃だけだから、より信憑性が……。
『嘘だ!』と断言出来ない程度には真実味があり、目を白黒させる。
顔から変な汗が溢れ出す中、マッチングメンバーは急に話をやめた。
恐らく、ずっと無言の俺に違和感を抱いたのだろう。
「えっ?もしかして、その反応はマジで本人?」
俺の話を持ち出した張本人である女性は、『うっそ!本当、偶然!』と驚く。
それだけならまだ良かったのだが、彼女は
「こんなことって、あるんだね。ところで、伊月くんは今何やっているの?やっぱ、実家の手伝い?じゃあ、コネとかもある感じ?なら、ちょーっとお願いがあるんだけど」
と、捲し立てた。
こちらは依然として、何も言っていない……いや、打っていないのに。
衝撃のあまり硬直することしか出来ない俺を前に、彼女は更に言葉を紡ぐ。
「実は最近転職を考えているんだけど、なかなか上手くいかなくてさ。だから、就職先の紹介……までは行かずとも、口添えをしてくれないかなー?って。図々しいお願いなのは分かっているんだけど、もう頼れるのが伊月くんしか居ないの。ちょっとだけ、力を貸してくれない?昔のよしみでさ」
ネットゲームの真っ最中ということも忘れたのか、はたまた状況を気にする余裕もないのか……彼女は必死に縋り付いてきた。
これには、他のメンバーもドン引き。
『ちょっとヤバいんじゃない?』という空気が流れる中────俺は何も言わずにスマホの電源を落とした。
恐らく、ゲーム内では途中退室扱いになっているだろう。
「……」




