ご褒美《皇 side》
◇◆◇◆
伊月に見送られるまま家を後にした私は、タクシーで隣町にある雑居ビルへ足を運んだ。
そこにある店の一つへ向かい、伊月より転送してもらったメールを見せる。
すると、直ぐに中へ通され、席に案内された。
完全予約制みたいだから、わりと空いているな。
それにまさか、カウンター席じゃなくて普通のボックス席へ連れてこられるとは。
他のお客さんもそうみたいだし、これが普通なのかな?
『プライバシーを尊重してのことか?』と思いつつ、私は一先ず全品注文。
味の再現もそうだが、料理についてくるコラボグッズを確保するために。
目指すは全種類コンプリート。
でも、メニューによってはランダムでグッズを配布されるから、さすがに難しいかもしれない。
だから、少なくとも伊月の推しキャラ……だったかな?それは持ち帰りたいと思っている。
出発直前に『これだけは』と伊月に頼まれたキャラクターを思い出し、私は奮起する。
好きな人の喜ぶ顔を想像しながら、運ばれてきた料理やドリンクに手を伸ばした。
────それから、約一時間……私はひたすら食べて食べて食べまくった。
ふぅ……さすがにちょっとお腹が苦しいな。今日はもう何も食べられないかも。
だけど、まあ頑張った甲斐はあった。
見事全部のコラボグッズをコンプリートした私は、達成感に満ち溢れる。
正直、本気でコンプリートする気はなかったんだけど……伊月の推しキャラがなかなか出なくて、苦戦しているうちに全部揃っちゃったんだよね。
最後の最後で出た伊月の推しキャラを前に、私は苦笑を漏らす。
さすがにこの展開は予想してなかったな、と嘆きながら。
まあ、何はともあれミッション達成だ。伊月の元へ帰ろう。
コラボグッズを全て鞄に仕舞い、私は席を立った
店員さんに会計をお願いしてきっちり精算し、雑居ビルを後にする。
『とりあえず、大通りでタクシーでも捕まえようか』などと考えながら歩き出すと、複数人の女性が近づいてきた。
「あ、あの……このあと、良かったらお茶しませんか?」
「じ、実は私達もコラボカフェの帰りで……!」
「色々語り合いたいな、と!」
少し頬を赤くして話し掛けてくる彼女達は、『ヲタ友になりましょう!』と申し出る。
が、私は正直この作品についてよく知らないし、見ず知らずの人と仲良くお茶するほど社交的でもないため、首を横に振った。
「すみません。先を急いでいるので」
にこやかに……でも、キッパリと申し出を拒絶すると、女性陣は残念そうに肩を落とす。
「そうですか……」
「では、また今度語り合いましょうね」
「あっ、そうだ。連絡先の交換だけでも、しませんか?このまま別れるのは、寂しいですし」
『このご縁を大切にしたい』と主張する女性陣に、私は苦笑を漏らす。
「申し訳ありませんが、今出会ったばかりの方に個人情報を教えるのは抵抗があります」
「じゃ、じゃあSNSで繋がるのは……」
「それも遠慮します」
まずSNSをやっていないこともあり、私はハッキリ断った。
まあ、たとえやっていても教えなかっただろうが。
だって、伊月以外の連絡先は正直いらないから。
『帰ったら、どうにかして電話番号も入手しよう』と思いつつ、私は
「では、好きな人がお家で待っているので失礼します」
と、宣言した。
その瞬間、女性陣はポカンと口を開けて固まる。
『えっ……えっ?』と困惑する彼女達を他所に、私はさっさと大通りへ出た。
そこで適当にタクシーを拾うと、伊月の元へ帰還。
戦利品という名のコラボグッズを手渡した。
「おい、マジかよ!?コンプしてんじゃん!神か、お前!」
『俺だったら、絶対無理!』と叫びながら、伊月はキラキラした目でコラボグッズを眺める。
喜んでいるのは、一目瞭然だ。
伊月の笑顔を見られて、私も大満足だよ。最後まで粘った甲斐があった。
『これは料理の方も頑張らないとね』と意気込む中、伊月はふとこちらを見る。
「皇、今回は本当にありがとな!特別手当の他にも、何か要望があれば聞くぜ!」
すっかり気を良くしたのか珍しくそんなことを言う伊月に、私はスッと目を細めた。
どうやって、連絡先のことを切り出そうか悩んでいたけど、これで解決だね。
『考える手間が省けた』と思いつつ、私はポケットからスマホを取り出す。
「では、メールアドレスだけじゃなくて電話番号やライムIDの交換もしていただけませんか」
「……はっ?」
案の定目を丸くしている伊月に、私は
「それで、時々電話やメールのやり取りをしてほしいんです」
と、畳み掛けた。
すると、伊月は視線を右往左往させながら狼狽える。
「な、何のためにだよ」
「プライベートでも、伊月様と関わりを持つためですね。とても、仕事の時間だけでは足りませんので」
『もっともっと伊月と関わりたい』と主張し、私は少しばかり身を乗り出す。
と同時に、伊月は後ろへ仰け反った。
「な、何言ってんだよ、お前……!正気か!」
完全にドン引きしている様子で、伊月は頬を引き攣らせる。
座椅子に限界まで寄り掛かる彼を前に、私は膝を折った。
「正気かどうかは判断しかねますが、私は本気ですよ。大学の講義などでこちらに居られない間、伊月様とお話出来ないのは正直ストレスなんです。不安で寂しくて、堪りません」
「おまっ……そんなか細い声で……!図体めちゃくちゃデカいくせに!」
縋られるのに弱いのか態度を軟化させる伊月に、私は『あともう一押しか』と奮起する。
と同時に、彼の手をそっと持ち上げた。
「コラボカフェのご褒美、くれるんですよね?」
「そ、それはまあ……」
「こちらの要望、聞いてくれるのでしょう?」
「確かにそうは言ったが……他にもっとないのか?」
「ありません。私が欲しいのは、伊月様の連絡先だけです」
伊月の手を優しく包み込み、私は『お願いします』と懇願した。
ここぞとばかりに目を潤ませる私に対し、伊月は『うっ……』と呻き声を上げる。
どうやら、効果は抜群のようだ。
「……わ、分かった。要望を募ったのは俺だし、叶えてやる」
『男に二言はない』と渋々首を縦に振り、伊月は自身のスマホを取り出した。
そして、サクッと連絡先を交換。
「これで満足か……」
「はい、とっても」
電話帳に伊月の名前があることにこの上ない喜びを感じつつ、私はニコニコと笑う。
すっかり機嫌の良くなる私に反し、伊月はちょっと疲れた様子だった。
『何でこんなことに……』と嘆きながら溜め息を漏らし、スマホを仕舞う。
「あっ、そうだ。限定メニューの再現、しっかり頼むぞ」
『まだミッションは残っているからな』と釘を刺す伊月に、私はコクリと頷く。
「分かっています。お任せください」
────と、述べた約二週間後。
私は何とか全品の再現に成功し、伊月へ料理を振る舞った。
しっかり素材にまでこだわって調理したおかげか、評判は上々。
珍しく、おかわりまでする事態に。
「はぁー……食った、食った。もう何も食べられねぇ」
ポッコリ膨らんだお腹を撫で、伊月は椅子の背もたれに寄り掛かった。
満足そうな表情を浮かべる彼の前で、私はお皿やカトラリーを下げる。
あんなに無防備な伊月を生で見るのは、初めてだな。
本当に可愛い。押し倒したくなる。
などと考えていると、伊月がこちらを向いた。
「皇、あのさ」
どこか緊張した面持ちで話し掛け、伊月はほんのり頬を赤くする。
と同時に、口元へ手を当てた。
「限定メニューの再現、マジでありがとう。超美味しかった」
初めて私の手料理を褒めた伊月は、『じゃあ、それだけだから!』と言って席を立つ。
脱兎の如くリビングから飛び出す彼を前に、私はただたた呆然と立ち尽くした。
……超美味しかった、か。
コラボカフェの限定メニュー効果で出た言葉だから、純粋に私の腕を褒めている訳じゃないだろうけど……好きな人からの賛辞は嬉しいものだな。
たった一言……十文字にも満たない言葉に、私はこれでもかというほど胸を高鳴らせる。
なんだか、私ばかりいい思いをしてしまって申し訳ないな。
限定メニューの再現やコラボグッズの確保を申し出た理由が、理由だけに。
伊月を外へ出したくないという動機を思い浮かべ、私は『こんなに幸せでいいのか』と悩んだ。
が、わざわざ不幸になる道を選ぶ必要はないのでただただ現状を喜ぶ。
『ずっと、こんな日々が続けばいいな』と願いながら、私は緩む頬を静かに押さえた。




