新しいお世話係
「新しく西園寺伊月様のお世話係になりました、皇遊鶴です。よろしくお願いします」
そう言って、俺に頭を下げたのは右目の下にあるホクロがチャームポイントの爽やかイケメンだった。
色素の薄い髪を揺らして顔を上げる彼は、ニッコリと笑う。
茶色がかった瞳をうんと細めながら。
「伊月様の元で働けて、本当に光栄です」
「別に世辞はいらねぇーよ」
ヒラヒラと手を振ってそう言い、俺は頭を搔く。
その際、短く切り揃えられた黒髪がサラリと揺れた。
「とにかく、仕事さえ出来ればそれでいい。俺には、必要以上に関わんな」
『お互い不干渉を貫こう』と主張し、俺はリビングから廊下へ出る。
そして、二階へ上がると、いつものように自室へ引きこもった。
人と関わるなんて、時間の無駄だ。どうせ、あいつらは俺のスペックしか見てないんだから。
様々な事業を成功に導く西園寺家の嫡男という立場に、俺は心底嫌気が差す。
でも、今こうして引きこもりニートをやれているのは確実に実家の資産のおかげなので、文句は言えなかった。
小心者の俺には、家を飛び出して一から人生をやり直すなんてこと出来ないから。
『我ながら、情けないやつ』と自嘲しながらゲーム機を手に取り、テレビでアニメを再生する。
また、タブレットには読んでいる途中のマンガを表示させた。
────と、ここで部屋の扉をノックされる。
「あの、伊月様。ちょっとよろしいですか?」
扉越しに聞こえてくるのは、先程聞いた皇の声で……俺は一旦ゲーム機を置いた。
チッ……!こんな時になんだよ。
俺には必要以上に関わんなって、言ってあるだろうが。
『お前の頭は鶏か』と毒づきつつも、俺は立ち上がって部屋の扉を開ける。
「なんだよ?」
部屋の中を見られるのが嫌で顔だけ覗かせると、皇はニッコリ笑う。
「突然すみません。先程の発言についてなのですが」
そこで一度言葉を切り、皇は少しばかり身を乗り出した。
「私は────嫌です。仕事上の関わりだけじゃなくて、もっとこう……仲良くなれたらと思っています」
そっと胸元に手を添えてそう申し出る皇に、俺は眉を顰める。
何が狙いだ?と訝しみながら。
「……俺と仲良くなったところで、給料は上がんねぇーぞ」
「いえ、そういうつもりで言った訳じゃないんですが……」
「じゃあ、どういうつもりだよ?」
『金目当て以外になんかあるのか?』と問い掛けると、皇は一瞬言葉に詰まった。
かと思えば、大きく深呼吸する。
まるで、気持ちを落ち着かせるみたいに。
『なんだ?そんなに言いづらい理由なのか?』と困惑する俺の前で、皇は真っ直ぐこちらを見据えた。
「落ち着いて、聞いてくださいね」
「お、おう……」
皇の気迫に押されて若干狼狽え、俺はゴクリと喉を鳴らす。
『何を言われるのか』と身構える俺に対し、皇は
「実は私────伊月様目当てで、お世話係になったんです」
と、言ってのけた。
それも、真顔で。
あまりにも衝撃的な内容に、俺は一瞬ポカンとする。
「……はっ?俺目当て?」
「はい。伊月様のお傍に居たくて、ここの求人が出た途端飛びつきました」
迷いのない口調で淡々と語る皇に、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。
『こいつは一体、何を言っているんだ?』とドン引きしながら仰け反り、ドアノブを強く掴んだ。
「お、おま……嘘をつくなら、もっとマシな嘘を……」
「嘘では、ありません」
食い気味に否定し、皇はじっとこちらを見つめる。
茶色がかった瞳に確固たる意志を宿す彼に対し、俺は一瞬怯んだ。
が、直ぐに言い返す。
「そんなの信じられるか!」
「では、どうしたら信じてくれますか?お給料の放棄でもします?」
「は、はぁ……!?正気か!?」
「好きな人のお傍……それもお家に居られるんですから、これくらい何ともありませんよ。むしろ、こちらがお金を払いたいくらいです」
『無料でこんなご褒美、申し訳ない』と語る皇に、俺は頬を引き攣らせた。
こ、こいつ……マジで頭おかしい!多分、今言ったことは全部冗談だろうけど……!でも……だとしても色々とやべぇ!
『関わったらいけない人間だ!』と判断し、俺は
「近づくな、変人!」
と叫んで、扉を閉めた。
しっかり鍵まで閉めて守りを固め、俺はホッと息を吐く。
一先ず、これで安心だ。
と言っても、相手はお世話係だから油断出来ねぇーけど。
自由に我が家を行き来出来る人物ということで、俺は危機感を抱く。
『あいつを解雇するよう、言った方がいいか……』と本気で悩みつつ、ゲーム機を手に取った。
と同時に、ゲームを再開する。
その間、扉越しに皇から声を掛けられたものの、ヘッドホンをして完全スルー。
『とにかく、ゲームに集中しよう』と自分に言い聞かせ、黙々と手を動かすこと数時間────俺はいつの間にか、眠っていた。
さすがにソフト三本ハシゴは無理があったか。
でも、何とかレベル上げや装備の補充は出来たし、満足満足。
などと考えながら、俺は座椅子から身を起こす。
と同時に、戦慄した。
何故なら、俺の上に────タオルケットが掛けられていたから。
お、おいおい……待てよ。俺はタオルケットを持ってきた覚えなんて、ないぞ。
ベッドの上に放り投げておいた筈のソレを前に、俺は頬を引き攣らせる。
この上ない恐怖と不安を感じ、半泣きになりながら。
ここは完璧な密室だった……普通の人間がやったとは思えねぇ。
つまり、これは────
「────幽霊の仕業……」
ブルリと身を震わせ、俺は反射的に起き上がった。
そして、体に掛かったタオルケットを投げ捨てると、扉を蹴破る勢いで廊下に出る。
一人で居るのが怖くて階段を駆け下り、俺は明かりのついているリビングへ飛び込んだ。
「皇……!」
棚の上を掃除している爽やかイケメンに近寄り、俺は堪らず背中にしがみつく。
その途端、皇はビクッと身を震わせるものの、俺の手を払い落とすことはなかった。
「ど、どうしましたか?伊月様」




