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1 前編

 

 ……ここまで来たらもう大丈夫よ。

 毎日のように手紙をやり取りして、時間があればデートもしている。『好き』『愛してる』の言葉も浴びる程もらっているし、惜しみなく伝えている。

 結婚式のドレスも採寸したし、指輪も選んだ。『君と同じ家へ帰る日が楽しみだよ』って。昨日もそう言って別れた……のに……



「メロリーナ・ホイップ嬢! 今、この場を以てお前を婚約破棄する!」


 またですかあ!?


 本当は行きたくなかったけど、行かざるを得なかった、王室主催の舞踏会。不安は的中し、案の定、また婚約者から婚約破棄を告げられてしまった。

 前回は園遊会で、前々回は夜会で。その前は……

 とにかくこうして婚約破棄されるのは、これで四回目だ。せめて手紙とか、二人きりの時にひっそりと伝えてくれればいいのに。どうして毎回公衆の面前で、ドドン! と宣言されてしまうのだろう。


「あの……理由は?」


 一応訊いてみる。


「理由? ……はっ! 自分の胸に手を当てて訊いてみろ!」


 やっぱりね。言われる前から胸に手を当てているけれど、今回も何も思い当たることがない。ついさっきまで腕を組んで、ダンスをして、熱い視線を交わしていたというのに。

 呆然とする私に、「後で正式な文書を送るから」とだけ言って、彼は去ってしまった。



 またよ……

 これで何回目かしら……

 可哀想に……



 一人残された私の周りでは、そんな同情の声が飛び交うも、四回目ともなるとあまり哀しくはなかった。

 お婆ちゃんになる前に、また新しい婚約者を探さなきゃ。そんな焦りに駆られるだけで。

 愛していたはずなのにおかしいわね。心が麻痺してしまったのかしらと考えていると、どこかのご婦人が放った言葉が、ビリッと身体の芯に響いた。


「彼女、何か憑いているんじゃないかしら」


 憑いて…………


 そうよ。そうとしか考えられない。正当な理由もなしに何回も婚約破棄されるなんて、いくらなんでもおかしいもん。社会的信用も慰謝料も顧みずに、あんなに大っぴらに叫んじゃってさ。『お前』なんて呼ばれたの、今日が初めてだし。

 そう言われれば……婚約破棄される時には、いつも異様に身体が重くなる気がする。なんかこう、ねっとりした嫌な空気に包まれるというか。


 悪寒がした私は、翌日、有名な祓い師がいる神殿を訪ねた。




「……憑いてますね、重たいのが」


「やっぱり!! お化けですか? 悪魔ですか?」

「お化け……というか霊ですね。ご先祖様の。一応貴女の守護霊ですが」

「……守護霊なのに、何故悪さをするんですか?」

「ちゃんと護ってはくれていますよ。悪い影響があるのは恋愛だけで」

「恋愛だけ? 何故ですか?」

「うーん、そうですねえ。詳しくは本人に訊いてみましょうか」


 払い師はそう言い、水晶玉を端にどかすと、太いカラフルな蝋燭を置き火を点けた。妖しい香りがむわんと立ち込める室内。紫色の唇はブツブツと呪文を唱えた後、火をフッと吹き消した。煙に直撃され、ゴホゴホと咳込んでいると、払い師は私の背後をスッと指差す。人の気配に恐る恐る振り返ると、そこには一人の美しい青年が立っていた。


 柔らかなホワイトブロンドの髪。同じ色の長い睫毛に縁取られ、キラキラと輝く翡翠色の瞳。淡いさくらんぼ色の頬に、濃いさくらんぼ色のぷっくり艶やかな唇。まるで天使をそのまま大人にしたような、繊細で中性的な顔立ちだった。

 ……だけど、全然タイプじゃない。だって私にそっくりなんだもん! 髪を長くして身長を揃えたら、どっちがどっちだか見分けがつかないくらい。誰が見たって、私のご先祖様だって分かるでしょうね。

 とりあえずご先祖様は敬わなきゃ……と、立ち上がりペコッとお辞儀をすれば、あちらもペコッと頭を下げてくれた。そんな仕草まで自分とそっくりだ。


「どうぞ、対話なさってください。お互いの声も聞こえるはずですよ」


 払い師にそう促され、私は怖々と口を開く。


「あの……貴方は私のご先祖様で、守護霊様なんですか?」

『ああそうだ。いつもそなたの背後で、そなたを護っている』


 生きている人間と全く変わらない鮮明な声。それは鼓膜を通してというより、頭に直に響いているような奇妙な感覚だ。

 ……ん? いつも背後でってことは、着替えとかお手洗いとかも全部見られているのかな? 異性が守護霊だなんて嫌だなあと盛大に顔をしかめれば、あちらも同じ顔で私を睨む。

 ……何だか空気が重くなってきたわ。覗き見問題はひとまず置いておいて、さっさと質問しよう。


「あのう、何故守護霊なのに、私の恋愛の邪魔をするんですか? 四回も婚約破棄なんて、普通はあり得ませんよ。貴方、本当は守護霊様じゃなくて、悪霊なんじゃないですか?」


『なっ……なんだと?』


 ホワイトブロンドの眉がくわっと吊り上がる。

 おっといけない。自分に似ているからって、つい口調がキツくなってしまったわ。


『悪霊とは……なんと失礼な言い草だ! 幼い頃から腕白なそなたを、私がどれだけ護ってやったか! 馬から派手に落ちた時も、木から真っ逆さまに落ちた時も、かすり傷だけで済んだのは誰のお蔭だと思っている!』


 腕白って……せめてお転婆って言ってよと頬を膨らませるも、次々と思い出される幼少期のあれこれに、何も言い返すことが出来ない。


「それは……その節は大変ありがとうございました。お蔭様で助かりました」


 深々と頭を下げれば、彼は偉そうに腕を組みながらも頷いてくれた。

 これ以上機嫌を損ねられては困る。私は出来るだけ丁重に訊いてみることにした。


「護ってくださっていることは分かりました。ですが何故、恋愛だけは上手くいかないのでしょうか?」


『ああそれは……私が生前、とある女性の怨みを買ってしまったからだ。強い怨みは呪いとなり、護るべき我が子孫……つまりはそなたにまで影響している』


 怨み……呪い……

 不吉な言葉に、背筋がゾッとする。


「女性の怨みって、どうして?」


 ついタメ口を利いてしまうも、彼は気にしていない様子だ。吊り上げていた眉を下げ、後ろめたそうに続ける。


『婚約者に別れを告げたんだ。その…… “ 今、この場を以てお前を婚約破棄する! ” と、公衆の面前で声高に叫んでしまった』



 ────ああ、そういうことね。


 彼の過去と私の現在いまが、一本の線で繋がった。あちゃーと頭を抱えると同時に、沸々と怒りが込み上げてくる。

 ダメ……彼は大切な守護霊様よ……と呪文のように繰り返すも、呆気なく限界を迎え溢れてしまった。


「何で、何でそんなことしたのよ。あんた、女性の人生を何だと思ってんの? 婚約破棄するなら、せめて手紙か、二人きりの時にひっそり伝えろっての。ちゃんとした理由も告げられないばかりか、まるでこっちに否があるような物言いでさ。一人取り残されて、哀れみや好奇の目に晒された女性がどんな気持ちか。怨まれて当然だっつーの!!」


 今にもヤツに掴みかかろうとする私の前に、払い師が素早く滑り込む。どうどうとなだめられ、仕方なしに椅子へ戻った。



 何で私が呪われなきゃいけないのよ。婚約破棄したのはヤツで、私じゃないのに。この先、誰とどんなにいい感じになっても、婚約破棄され続けて惨めなまま年老いていくんだわ。天使みたいに可愛いと褒めそやされたこの顔も、呪いの前では何の意味もないじゃない。


「うう……うえっ……えっ」


 顔中の色んな所から水分が溢れて止まらない。拭うこともせずしゃくり上げる私の前に、払い師は再び水晶玉をドンと置いた。

 右中指の爪だけやたらと長い、魔女みたいな手をかざすと、水晶玉が真っ黒に濁っていく。次第に黒いもやが晴れ、透明度を取り戻したその中に、ある人物の顔が浮かびあがった。

 真っ直ぐな黒髪が取り囲む、無駄に整いすぎた顔立ち。こちらを冷たく見下ろす、切れ長の黒い瞳は……


 ああっ!!


 それは私の初恋の人、ジェラート・フィズだった。



 彼と初めて会ったのは12歳の時、とある子爵邸の園遊会だったか。周りの男の子達とは全然違う、冷たい瞳にドキッと心臓が弾けて、鼓動が止まらなくなってしまった。

 生まれた時から散々言われ、聞き飽きている『可愛い』の言葉。もしこの人から言ってもらえたら、どんな気持ちになるのかしら。……言ってもらいたいな。

 それは私が初めて抱いた恋心だった。


 ときめきが先走りすぎて、『私とお友達になってくださらない?』と言うつもりが、『婚約してくださらない?』と言ってしまった。

 当然彼は冷たい瞳を凍りつかせ、ブリザードを纏いながらこう言い放った。

『馬鹿で派手な女は大嫌いだ』と────



 ねえ、馬鹿はまだ分かるけど、派手は酷くない!? ホワイトブロンドに翡翠色にさくらんぼ色。我ながらガチャガチャした色だなあとは思うけど、授かり物なんだから仕方ないじゃない! 自分が黒で統一されてるからって偉そうに!


 乙女心を傷付けた彼とは、それ以来一度も話していない。貴族学院でも、デビュタントを迎え夜会で見かけても、わざと睨みつけてはぷいと顔を逸らしていた。向こうはきっと睨まれていることにも気付いていないし、私のことなんか忘れていると思うけど。

 ますます素敵になっちゃって、令嬢達に言い寄られては微笑んだりしちゃってさ。ああ悔しい。



 ……そう。忘れもしないわ。二回目に婚約破棄された、あの夜会のことを。お決まりの宣言をされて、一人惨めに取り残された私を、彼は離れた所から眺め嘲笑っていたの。ニヤニヤと歪む黒い瞳に、蔑むように上がる口角。淡い恋心なんて全部弾けて、世界で一番嫌いな男になったわ。



 で、その大嫌いな男が、何故水晶玉に?


 拳を構えながら首を傾げていると、払い師が淡々と説明してくれた。


「水晶玉に映りし者。この者に憑いている守護霊こそ、貴女の守護霊を怨み、呪い続けている張本人です。この者に接触し、怨念を浄化しなければ、貴女は生涯独身のままでしょう」



次話で完結します。

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[良い点]  メロリーナちゃん。クリームソーダな女の子ですね。とっても可愛らしい♡ それにしてもなぜ、そんな回数……。  凹まずに前向きなメロリーナちゃんがいいですね!  黒髪ヒーロー。その名前は(…
[良い点] 名前が可愛い!♡ 何度も婚約破棄される因縁なんてやだわぁ…( •́ε•̀ ) 次が楽しみです!
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