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09・毛玉


『森の元ボスー、いるのでしょーう』

『おお、よく来た。我が愛する白き毛玉、美しきヒメユキ』


 毛玉って。

 魔物の中で、それは口説き言葉に入るのかしら。


『……話があるから来たのよ』

『うむ。存分に愛を語り夜を過ごそう』


 まったく、このオスは。


『まだ昼よ。聞きたいのは分身体からの情報よ。わかっていて言っているのでしょう?』

『いいや。そうだろうと思っていても違うかもしれないではないか。お前が俺の魅力に気がつき求めて来る可能性は少なくない』

『ないわよ。それより、人間たちの動きはどう?』


 こんなやりとりが挨拶みたいになっちゃってるわ。

 元ボスの住処に来るようになって、もう何回目かしらね。


 ウィリアルくんがこの森に住みついてからは、十日ほどが経ったわ。

 

 大岩の上に寝そべる元ボスのところまで、ひょいひょいと登ってそばに近づく。もちろん話をするためよ。


『小僧の葬式は密かにささやかに行われたぞ。微弱聖女は元婚約者なのに参列させてもらえず泣いていた』


 元ボスの分身体は子猫に扮して聖女マリちゃんに飼われている。


『マリちゃんはウィリアルくんが好きだったのかしら』

『いや。分身体に語る言葉を聞けば、義務としての婚約であると認識していたようだ。それでも見知った者が死ぬのは悲しいと泣いておるのだ。……どちらかと言えば、弟王子の方に好意があるようだな』


 なるほどね。

 弟くんはお兄ちゃんよりおとなしい感じだったものね。見た目と、勢いでヘマをするところは似てると思うけど。

 弟くんは反省させるために置き去りにして兄を死なす(死んでない)

 お兄ちゃんは聖女獲得に大見え切ったせいで毎日死にそうになっている(死なせない。ミーニャが)


『できればもう少し広範囲を探って情報を得たいが、微弱聖女が子猫を離さん。振り切って逃げ出すのも手だが……』

『悪いけど、もう少しマリちゃんを慰めてやってくれない? あの子も弟くん同様、責任を感じているのかもしれないわ。優しい子が泣くのは切ないわ』


 しかも、責任を感じている元婚約者は別の聖女を得るために毎日命がけになっているんですものね。

 マリちゃんにも幸せになって欲しいものだわ。

 それに……


『あなたも、無理をする必要はないわ』

『何の話だ?』


 とぼけた口調の元ボス。


『気が付かないわけないでしょ? 分身体を遠くで動かすのは疲れるんじゃないの? だからこの頃はずっと、巣でじっとしているのではなくて?』


 元ボスの耳がぴくりと動いたわ。アタリね。

 あんなにしょっちゅう顔を見せては求婚してきたくせに、ここのところなりを潜めているんですもの。わかるわよ。

 なんて思いを込めて鼻をふふんとすると、元ボスはそっぽを向いて尻尾を揺らした。


『そのように柔ではない。まあ、一日中動かしていれば多少は、疲れないわけではないが……』

『この世界でもネコは寝るものでしょ? 分身体も休み休み動かすのでいいんじゃない?』

『むう、それでは情報収集が──……』


 あたしはクスリと笑う。


『ウィリアルくんがミーニャを連れ出せるようになるにはまだまだかかりそうよ。向こうの様子を探るのも長丁場覚悟でやって欲しいのよ。それについては、あなたを頼るほかないもの』


 嬉しそうに鼻を鳴らさないで。

 頼りにしているのは、本当だけれどね。


『巣にこもってばかりじゃ、食事もままならないんじゃないの? それでは体にも悪いわ』

『案ずるなヒメユキ。このラウドロームクヴァルトは魔獣の中の魔獣。一年飯を抜いても倒れるようなことはない。俺は強いのだ』

『そうなの? ……最近、ミーニャが毎日狩りに行くものだから獲物がありすぎて困っていたの。ウィリアルくんの修行でもあるから止められないし。あなたを食事に招くことも考えていたのだけど、いらないなら……』

『いるに決まっている!』


 突然、勢いよく立ち上がらないで。

 びっくりして岩から転げ落ちちゃったじゃない。もちろんちゃんと着地はしたけど。

 ほんとにもう! バカなオス! 

 犬みたいに尻尾を振る大きな黒猫。森の元ボス。かわいいなんて思っちゃうじゃない。もう!


 あたしはもう誰とも番にならないって、決めているのに……困るわ。




 その日の夕飯から毎日、元ボスが同席するようになったわ。


 家を大きくするか、もう一軒立てなきゃダメかしら。

 ミーニャと二人きりで暮らしていたお家が手狭になってしまったわ。




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