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07・王子と聖女


 ミーニャの朝はちょっとゆっくり。

 あたしもゆっくりしてるからそうなるんだけどね。あたし、猫だし。

 元は夜型だけど、ミーニャと暮らすようになってからはこの子と一緒に夜に眠るようになったわ。ミーニャはあたしにくっついているとよく眠れるようよ。あたしもね。子供の体温が心地いいのよ。

 明け方に目が覚めないこともないけど、ミーニャが寝てるとたいていそのまま二度寝よ。そして寝るだけ寝て、目が覚めたら起きるの。


 昨日はたまたま、ウィリアルくんが起きたから朝早くに起きただけ。


 だったはずなんだけど……

 今朝も似たような時間にウィリアルくんが起きて、ミーニャをじっと見ていたわ。だから、あたしも起きてミーニャの隣で蹲ったままじっとウィリアルくんを見返した。

 ウィリアルくんは探るような目でミーニャを見ている。

 ミーニャはだらしなくよだれをくって大の字よ。あらあら。

 でももうちょっと寝かせてあげてね。一昨日も昨日も、ミーニャはウィリアルくんを癒すために力をいっぱい使ったのよ。

 部屋の格子窓から朝日がさしてきているけれどね。もう少し。

 ウィリアルくんにはあたしの念話は通じてないけど、ミーニャを起こさずにいてくれたわ。その代わり、自分の胸やお腹をさすって「ほう……」と息をついた。そして、じっと何かを考え出したわ。


 この子はこの先、どうするのかしら。


 まあ、元気になったらなら好きにすればいいわ。

 ミーニャを無理やり連れて行ったり悪さしたりでなければ。

 今のところあの弱った体では猪にも負けないミーニャをどうこうできるわけないけどね。


 その後、ミーニャが起きたので朝食を作ったわ。

 昨日はウィリアルくんの看病のためにずっと家にいたけど、今日はどうしましょう。と、ミーニャに聞けば


「狩り!」


 と、元気に答えたわ。

 その声にも、叫んで家を飛び出したミーニャにも、ウィリアルくんはびっくりしてたわ。


「ミっ、ミアナ!?」


 とっさに追いかけようとしたウィリアルくんだけど、数歩走ってヘタってしまったわ。毒の傷は癒えても体力は無いままですものね。

 あたしはその横をスタスタ歩いて森へお出かけよ。

 ちょっと振り返ったら、ウィリアルくんてば悔しそうに地面を叩いていたわ。手が痛かったのか一回だけね。



 そして、あたしは森の奥へ。

 背の高い木々の生茂る深い森の中。木々の屋根が途切れた辺りであたしは叫んだ。


『元ボス、いるのでしょう? 出てきて!』


 一面に苔むした大岩がゴロゴロ転がり、いくつか重なり積み上がったその場所が元ボスのねぐらなの。大岩と言ってもよくよく見たら細工絵が彫られている物もあるから、もしかしたら倒壊した遺跡かしら。

 そんな岩の上から、元ボスがヌッと顔を出したわ。


『おお、ヒメユキ! 嫁に来たか!』

『何をバカなことを言っているの。あんたの分身体から情報が入ったか聞きに来ただけよ。あいつらはちゃんと帰った? ミーニャを獲りにこない?』

『なんだそのことか。奴らは奴らの縄張りに帰ったぞ』

『そう、よかった。つまるところ、聖女の力を欲していたのはあの王子さまだけなのね』


 弟くんとの会話や、暗殺者が残ったことを考えれば……あの一団の狙いは初めからウィリアルくん、ということかしら。

 あの程度の連中では私の結界は壊れないけど、国として攻めてこられたら厄介だもの。

 ホッとして吐息をついたら、元ボスが笑い出したわ。


『はははっ、なかなかに面白いことになっておるぞ。ロゼロットの第一王子は果敢にも魔獣ラウドロームクヴァルトと戦い死んだそうだ。しかも、自身を守るはずの護衛の兵士たちを庇ったとか。勇ましい王子だ!』


 と、高笑いする当の魔獣。

 私はため息よ。


『暗殺しようとしていたくせに随分ね。それとも、もともとそういう筋書きだったのかしら』


 頭をよぎったのは、あの子の言っていた二大悪党。

 ウィリアルくんはそいつらをやっつけたくて聖女を獲りにやって来たんでしょうけど、敵から見れば魔獣のいる森は暗殺に最適な場所ですものね。

 結局、手を汚さずに第一王子を始末できたわけだし。

 生きてるけど。


『あの子の言う、悪者って何者なのかしらね』

『背後にいるのは国を二分する大貴族、モレッド公とベールンス公だそうだ。あの小僧を担いでいたのがモレッド公。弟を担ぐのがベールンス公だ。一緒に来ていたミーニャより微弱な力の聖女はモレッド公の娘で、第一王子に嫁がせるために幼少の頃に婚約させたらしい』


 ふふんと鼻を鳴らしながら言う元ボス。

 あたし、びっくりしちゃったわ。


『……随分詳しく調べられたのね』

『おお。分身体を子猫の姿にして潜り込ませたら、その微弱聖女が拾って連れ帰ったのよ』


 あらまあ。

 

『公女様が野良猫を拾って連れ帰るなんて、周りに叱られない?』

『目つきの悪い子猫が第一王子に似ているとかなんとか。亡くなった婚約者を慕んで連れ帰った猫を捨てさせるのは忍びない、と弟王子が家臣たちを説得していたぞ。子供二人は、小僧を置いてきたことを悔やんでいるようだ』


 子供たち二人は子猫を抱きつつそんな話しをしたそうよ。

 とくに弟くんはね。

 泣いてたって。

 わがままで辺境まで遠出したあげく暴言を吐いて婚約者を傷つけた兄に、反省を促すべく置き去りにしたそうよ。少ししたら迎えに戻るつもりだったのに、死んでしまうなんて思わなかったって。体の弱い兄にとんでもないことをしたって。


 ……弟くんは、お兄ちゃんが毒を盛られていたことを知らないのね。


 弟くんが黒幕の一人でなくてよかった。まあ、まだ子供ですものね。

 でも、親は?


『親たちは、どうなの?』


 少しばかり目が鋭くなってしまったわ。元ボスは苦笑いで答える。


『さてな。今のところは何の話も聞こえんな。微弱聖女は分身体を連れたまま、自分の親のいる巣に戻ってしまったのでな。いずれ隙を見て探ってみよう』

『そう……ありがとう』


 もしかして、親は育児放棄しちゃってるんじゃないかしら。

 毒を盛られているのにも気がついてないなら、それもありえるわ。

 人間って子育て期間長すぎるものね。大変なのはわかるわ。でも、お偉いさんなら子守は部下に任せるとか……ああ、部下が二大悪党ですもんね。


『あの子は……群れに返さないほうがいいのかしら』


 あたしがため息をつくと、元ボスは『んー』とうなって言った。


『直接あの小僧に問うてみてはどうだ? あれはもう幼子ではなく成人前だ。自身に意志があるなら己の力で決めれば良い』


 ここは昔のニホンみたいに、十五年程生き延びれば大人扱いみたいね。

 ひょろりと背だけは高い幼顔を思い浮かべてまた、ため息。


『あの子、あたしの念話が通じないの。会話ができないのよ。ミーニャに聞いてもらってもいいんだけど、あの子は言葉が拙いから……』


 ミーニャには、言葉を忘れないよう声で話をするように言っていたわ。けれど、話し相手が念話でしか喋らないあたしや森の元ボスだけでは人としての話し言葉が発達しなかった。

 ウィリアルくんと話す姿を見て、思ったのよ。

 あの子がお話相手になって、森に残ってくれたらミーニャのためになるんじゃないかしら。


 ミーニャは人の子として育てているの。

 特異な力を持ってはいてもね。

 母親も人の群れの中で暮らしていたようだし。


 でも、私は猫だから。

 化け猫で猫又でも、猫だから。

 

 猫の子のように育てるわけにはいかないと、そう思ってあたしなりに色々とやってきたわ。家を作って人らしい住処で暮らし、衣服を与え、食事を与えた。生きるために必要だから狩りやなんかは覚えさせたけれどね。

 ただ、あたしが知っている人の世はあっちなのよ。しかもできることとなるとちょっと古い。


 ミーニャもいつかは巣離れするわ。しなきゃダメ。

 そして、いずれ人の世に帰るべきだと思っているの。


 もちろん、それはミーニャ自身が人の世でも一人で生きられるようになってからよ。

 でも、頼れる人間がいればもっと安心……


『そう心配するな、ヒメユキ。分身体は人間の首魁どものねぐらに入ったのだ。いずれはもっと人の世の事情も知れよう』


 俯いてしまっていたあたしの顔を覗き込むために、大きな体をぺたりと地につける黒い大猫。


『元ボス……』

『ラウドロームクヴァルトと呼んでくれ』

『長いわ。それより、また何かわかったら教えてね。頼りにしているわ、元ボス』

『おっ、おう!』


 微笑んで礼を言うだけで嬉しそうに尻尾を揺らす、人も恐れる大きな魔獣。

 強くて誠実で、それでいてかわいくておバカさんなオス猫。


 こんなメスに、惚れちゃダメよ。


 あたしは尻尾を下げつつ、庵に向かって歩き出した。


 家に帰ると、庭でミーニャが鳥を毟っていて、ウィリアルくんが気絶していたわ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 結構複雑な国内情勢か。 第2王子は良くも悪くも世情に疎くて、兄はよく分かってると言う所か。 弟とあちらの聖女が暗殺に絡んでなかったのは良かったけど、弟押してる公爵と聖女の父の公爵が対立関係も…
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