06・ウィリアル
森の奥にあるあたしたちのお家に戻って来たわ。
部屋に畳はないけれど、葉っぱを敷き詰めシーツを掛けた寝床があるの。そこに連れ帰った男の子を横たえる。
『毒か』
『毒でしょうね』
男の子を癒すミーニャの横で、あたしと元ボスが小さく話す。
「いたいのいたいの消えてなくなれ──」
ミーニャはいつもの呪文を唱えながら白い光を散らし、小さな手で男の子の胸やお腹をさすっているわ。患部がわかるのかしらね。
どうやらこの子は毒で腑のあちこちが痛んでいるみたい。ミーニャが言った通り、ボロボロになっているようよ。
起きている間は気を張って堪えていたのでしょう。意識を失った途端、痛みで苦しみはじめたわ。息が荒く熱も高い。
……かわいそうに。
あたしはまた、尻尾をくるり。
桶に妖術で氷水を作ったの。後ろ足だけで立って前足で手拭いを取り水につけて絞る。それを男の子の額に乗せてあげたわ。
少しだけ「ほぅ……」と息をつく男の子。
『ミーニャ、あなたも少し休みなさい。ずっと力を使っていると疲れるでしょ?』
「おかあさま……」
『内側の傷を治すのは難しいものよ。そろそろ夕食どきだし、さっきの鳥肉を焼いてあげるからそれを食べて少しおやすみなさい。森の元ボス、あんたにも分けてあげるわ。ちゃんとおいしいところをね』
『おお、ヒメユキの手ずから料理か!』
『そうよ。この子を獲ってきてくれたお礼よ。それと、一つ頼みがあるんだけど──』
『わかっている。分身に奴らの跡を追わせている』
ドヤ、と鼻を鳴らす元ボス。
少し様子を見てきて欲しいと思っていたら、それ以上のことをすでにしていたなんてね。考えを先回りして叶えてくれているなんて、やるじゃない。
『二人目の子は我らの間に授かる子が良かったが、お前が望むならその子でも良い』
は?
『我が子を守るは父の務めだ。子に毒を盛るなど言語道断。愚か者は見つけ次第屠ろう』
そんなことを言ってまた「ふふふん」と鼻を鳴らす。
まったく、おバカさんね。
見直したり褒めたりしたいところなのに、気分を吹っ飛ばす空気をわざわざ作るなんて。
まあいいわ。
『……ひとまず様子見でいいわ。それにこの子をあたしの子にするつもりはないの。目の前で子供が殺されかけたから助けただけよ』
『そうか! ではミーニャの婿にするか!』
「むこ?」
あたしたちの話を聞いていたミーニャが首を傾げたわ。
『ミーニャにはまだまだ早いわよ。それより、病人がいるところで大声出さないの』
開けたままの大口に氷をひと欠け放り込んでやったわ。元ボスは『ピャッ』と声を上げたけどそのあとは静かになった。
さて。
その日の夜はあの男の子に寝床を取られたので、その横に予備の布を敷いてミーニャと寝たわ。ミーニャがあたしを抱っこしてね。あたし、あったかいのよ。森の元ボスは追い出したわ。三人目を作ろうとか言い出したので蹴り飛ばしてね。ああもう、バカで困るわ。
そして翌朝。
隣の寝床で男の子が起きた気配に私も目を覚ましたの。
そっと顔を上げて見てみたら、男の子は自分の胸を抑えて呆然としていたわ。
見開いた目は金色ね。赤い髪と相まって色合いだけは縁起が良さそう。
なんて、じっと見ていたら男の子はあたしに顔を向けたわ。そしてその視線はあたしを抱きしめたまま眠っているミーニャを見る。
「聖女ミアナ……?」
ミアナ?
もしかして本当の名前かしら。
いいえ、今の名はミーニャよ。
教えてあげた方がいいかしら。
「ミャーン、ニャニャン、ミーニャニャン」
あら。びっくりした顔で見られたわ。
念話が通じないようね。まあ、あっちの世界でも念話が通じる人って極々少数だったものね。
どうしましょう。
「ん~……おはよぉおかあさまぁ」
あらあら。今ので目を覚ましたミーニャがムギュッとあたしを抱きしめたわ。
『おはようミーニャ。ちょっと苦しいわ。ちゃんと起きて』
「ん~……ん?」
ミーニャと男の子の目があったわ。ミーニャがふわっと笑うと男の子はちょっと身震い。ふふふ、うちの子はかわいいから。
「おはよう、元気?」
「……ああ。お前が癒してくれたのか?」
「うん」
「では、やはりお前が聖女ミアナか」
ミーニャが首を傾げたわ。それには取り合わず、男の子は起き上がりミーニャの前で片膝をついて手を差し出した。
「私はロゼロット王国第一王子ウィリアル。聖女ミアナ、私の体を癒してくれたことに感謝する。そして、どうか我が国を救うためにも力を貸してもらえないか?」
ミーニャは首を傾げたまま、あたしを見たわ。
『この子のお名前はウィリアルですって』
「うぃり?」
「ウィリアルだ」
二度名乗ったわ。
まあ、森の元ボスよりは呼びやすい名前ね。
彼は反応の薄いミーニャに少し苛立ったようね。ちょっとだけ声を荒げて同じ要求を口にする。
「我が国を救うために、その力を貸してくれ」
あたしはひとつため息をつきつつ、ミーニャに伝える。
『ミーニャ、この子にはお母様の言葉が聞こえないの。あなたから、もっと具体的に話すように言ってくれる?』
「うん。あのね、もっとぐたいてきに話して」
ミーニャに問い直されてさらに苛立ちを見せるウィリアルくん。
「……この国に巣食う二大悪党を倒さねば、いずれ国を割る戦になる。多くの者が傷つき泣き、命を失う。それを食い止めるにはお前の力がいるのだ。まずは一緒に王都に来て欲しい。詳しい話はそれからだ」
「おうと? どこ? 森のはしっこ?」
「違う! ここよりずっと北にある都だ! そこにある城に来て、俺と共に戦えと言っているんだ!」
一人称が俺になっちゃった。
キレやすい子ね。
怒鳴られてミーニャがびっくりしちゃったじゃない。そして、ムッとしてるわ。そりゃいきなり大声上げられたら、温厚なミーニャだって怒るわよ。
「行かない」
「なっ!? くっ、城に来れば今よりずっといい暮らしをさせてやる。立派な部屋できれいなドレスも着せてやる。うまいものもだ」
「行かない」
「なぜだ!? 国を守るのが、聖女の……務め……」
「行かない。あれ?」
ウィリアルくん、胸を抑えて蹲っちゃったわ。
『ミーニャ。毒の傷はまだ完治していないと言ってあげなさい。少し楽になったでしょうけどまだまだよ。体も弱ったままだし、安静になさいってね』
「あ、う、えっと。まだ毒のキズ、なおってない。ちょっと楽になっただけ。弱いんだから寝てて」
あらあらミーニャ。弱いと言われてウィリアルくんが唇を噛んでるわ。
まあいいわ。お食事にしましょう。
昨日の鳥で雑炊よ。
ちゃんとしたお米なんかはないけれど、森には野生の雑穀や山菜みたいなものもあるし鳥の卵も手に入る。今日は卵はないけれど鳥肉なら残っているからそれを入れるの。おいしいわよ。
ウィリアルくんを床に残したまま、ミーニャを連れて台所へ。
あの子も一人にする方が落ち着くだろうし。
目的だった聖女に会えて勢いづいてしまったのと、体が少し楽になったことで無理をしてしまったのね。
今の状況と自分の体について考える時間は必要よ。
お家の台所は小さいけれど、今では竈も水桶も調理道具も揃っているわ。ミーニャにはお料理も教えているのよ。ミーニャは人間だから、人間が食べるものを自分で作れなければいけないの。狩りだけじゃダメなのよ。
『さて、ミーニャ。おいしいお粥を作りましょうね』
「はーい」
食べるの大好きミーニャは、お料理も喜んで覚えようとしてくれるわ。良妻賢母を目指すもいいけど、食いっぱぐれない事がなによりよ。
その後。
ウィリアルくんにご飯を食べてもらうのに難儀したわ。
毒を盛られていたのなら食事にでしょうし、個々に盛るよりみんなで同じものを食べる方が安心するかと思って土鍋ごと卓に乗せたの。けど、いかんせん王子様。自分で取り分けて食べたことがなかったようで、おたまととんすいを渡しても扱いが分からなくて困っていたわ。目の前でもりもり食べるミーニャを見て、食べ方は察することができたようだけど……品のある食べ方には見えなかったからかしらね。迷って迷って、やっと最後のひと掬いを取って食べていたわ。
しかも、思ったより美味しかったからか、ほぼ全部を一人で食べたミーニャの遠慮の無さにご立腹みたいだったわ。
だからお昼にもおかゆを出してあげたの。
けど、鳥肉はもうなかったのでお出汁がちょっと物足りなかったみたい。
まあ、なんだかんだあったけど、食欲が出ているのは良いことだわ。




