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05・来訪者


 森の端に近いところには小さな花畑があるの。

 ミーニャの実母が眠るお墓の周りを万年花畑にしたのよ。


 そこを越えて木々の枝を飛び渡り、森に張り巡らせた結界のそばまでやって来たわ。お家の結界より強力なものよ。ミーニャを狙う不届き者があの後もやって来たから追い返すために張ったの。印を掘った石あちこちに置いてね。

 時間をかけて張った強力な結界は、完成してからは人を寄せつけなくなった。森の元ボスも魔物たちも、人が来ない方が嬉しいようだから歓迎されたわ。

 それからは、ずっと人は来なくなっていたのに。今頃、何かしら。


 ミーニャと一緒にその辺にある一番大きな木に登ると、そろって森向こうの平地を見渡した。


 押し寄せて、なんて大袈裟だと思ったけどそれなりの規模の人間たちがいたわ。百強ってところかしら。

 以前やって来ていたのは多くても三十そこそこ。はじめに遭遇した無頼漢と同じ貧相な鉄の鎧を着た者たちよ。今回はそいつらと、上等な鉄の鎧を着た兵士。それに鎧武者……じゃなくて騎士? が数十人。騎士は濃い緑のマントと紫のマントをしているわ。

 そして、頑丈で綺麗な馬車と三人の子供。


 なんで子供?

 

 ミーニャと同じくらいの男の子と女の子、少し年上っぽい男の子が一人。三人とも仕立てのいい装いで、騎士たちは皆あの子たちを守るように布陣しているわ。

 隣の木の枝のミーニャが、目を見開いて見ている。

 同じ年頃の子供が珍しいのかしら。


 そうね。ミーニャだって本当は、同族の子供とじゃれついたり遊んだりしたい年頃ですものね……


 とはいえ、あんな物騒な輩に囲まれている子供達と遊ばせるのは考えものだわ。それに、よく見れば子供たちは揉めてるみたい。男の子二人が言い合いをしているようだわ。

 何を言っているのかしら。

 ちょっと距離があるけど……聞けるかな?

 尻尾をくるり。小さな風を起こして耳をそばだてる。風で音を拾って運んでくるのよ。

 ミーニャも両手を耳に、風の音を拾う。

 ああ、聞こえたわ。


「兄上、もう戻りましょう。この結界は越えられません。おそらく森の主たる魔獣ラウドロームクヴァルトのものでしょう。突撃したところで兵士たちが負傷し疲労するばかりです」


 弟らしい男の子の指し示した方には、負傷しくたびれきった兵士がいたわ。この結界に突撃したか攻撃したかしたのね。結界に衝撃を与えると半分は自身に返るようにしているの。半分なのは、うっかり死んだりしないようによ。

 母親の仇だとしても、この子の前に同族の骸を並べたくなかったの。

 私はちらっとミーニャに目をやる。

 ミーニャは手を開いたり閉じたりして眉をしかめているわ。癒したいのね。それがこの子の……聖女と呼ばれる者の、本能のようなものかしら。

 でもダメよ。あれは敵。ミーニャを連れ去って利用しようとしている輩よ。

 ミーニャもわかっているのね。気持ちを堪えて、じっと様子を伺うだけにしているわ。優しいけど賢い子。

 食べるために狩る獲物と、意思疎通が出来て役に立つ獣、それと悪者の区別はできるのよ。覚えるのに少し難儀したけどね。

 そんなミーニャを見ていたら、怒鳴り声が聞こえてきたわ。


「黙れ! 俺は必ずこの森の聖女を手に入れる! そして、この国の王位につく! 邪魔をするな!」


 おやまあお兄ちゃん。


「わがままを言わないでください兄上! 聖女ならマリエリーがいるじゃないですか!」


 弟くんが一緒にいる女の子を手で指し示したわ。


「そんな役立たずの偽物聖女などいらん!」

「ひっ」

「なんてことを! マリエリーは兄上の婚約者でしょう!」

「欲しいならくれてやる!」

「そ、それが王位を目指す者の言葉ですか!」


 王様の子供たちのようね。

 あらあら。弟くんの後ろに隠れるようにいた女の子が泣き出しちゃったわ。あの子も聖女なの? 髪は白っぽいけど薄い薄いクリーム色ね。少しはミーニャと同じ力を感じるけど、本当に少しだわ。現に、負傷し座り込んでいる兵士を癒せていない。

 ちなみに王子は二人ともよく似た赤毛よ。

 弟は健康そうだけど兄は少し貧弱ね。顔色は悪いし少しフラフラしているわ。背だけはひょろっと高いけど。


「いつもいつも周りを困らせてばかりで、側近たちも教師たちも嘆いていると、僕は知っているんですよ」

「……お前は、もうちょっと頭を使え」

「なっ!? もういいです、兄上はもう少し懲りるべきでしょう。僕とマリエリーは王都へ帰ります!」

「勝手について来たくせに何を言う? 好きに帰ればいい!」

「くっ、せっかく心配してついてきたのに。ベールンス公の騎士は僕の警護に来てくれているのですから連れて帰りますよ。モレッド公の騎士も、マリエリーを無下にする兄上を守りはしません。それでもいいのですか?」

「はっ! それがどうした。今更だろう……勝手にすればいい」


 なんでしょうね。

 あのお兄ちゃん、聖女も王位も欲しているくせにずいぶん投げやりね。

 それに、あの騎士たちってあの子たちの配下じゃないの?

 なんだかおかしいわね。


 あら?

 弟くんと女の子、マリちゃんは馬車に乗っちゃったわ。

 あらあら?

 走り出した馬車と一緒に騎士たちと、綺麗な鎧の兵士たちも引き上げていく。ただ……騎士が一人、残っているわ。緑のマントよ。命令もなく置いて行かれて顔を見合わせ困っているこの領地の雑兵たちに、紛れて隠れるようにしているの。


 嫌な予感がするわね。


 あたしは下に向かって叫んだわ。


『元ボス! 来ているでしょ!? あいつらを──』

『おおう! 我が愛しのヒメユキよ、おまえのラウドロームクヴァルトが奴らを蹴散らし子供を助け出してやろう!』

『御託はいいからさっさと行って!』

「あっ!」


 ミーニャが叫んで木の枝を蹴って飛んだわ。あたしも慌てて飛びつつ平野を見る。驚いたわ。騎士の剣が男の子に向けられていたの。


 殺気を感じたのは気のせいじゃなかったわね。


 迫る白刃に身を引き避ける男の子。

 けど、勢い余って倒れたわ。しかもすぐには起きられない。

 騎士は避けられたことに怒り、更に剣を振り上げた──その時。


「ガアァァァァァッ」

 

 森から響いた咆哮に、人間たちは皆震え上がったわ。

 もちろん元ボスが吠えたのよ。

 平原へ躍り出た元ボスは分身をいくつも作り出して男の子を囲う兵士たちに放ったわ。


「森の魔獣だ!」

「ラウドロームクヴァルトだぁ!」


 地元出身の兵士は元ボスを知っているものね。その恐ろしさや伝説なんかも。昔はそれなりに名を馳せていたそうよ。

 そんな元ボスの登場に雑兵たちは右往左往よ。騎士ももちろん動揺しているわ。そこに元ボス本体が突っ込んでいく。


「グアアアアアッ!」

「ぎゃあああっ!」


 目前に迫る牙を立てた大型の猫科に、騎士も飛び上がって逃げ出した。男の子も起き上がって走ろうとしたけど、元ボスは男の子のくびねっこを咥えてブン! と、空に向かって放り投げたわ。


「うわぁぁっ!?」


 高く上がった男の子は、弧を描いて元ボスの背中にボスリと落下。元ボスはそのまま森へ踵を返して走り出す。分身たちはまだ兵士を追い散らしているけれどね。

 それらを見ながら、あたしは森から飛び出しそうになっていたミーニャを尻尾で止めていたわ。ミーニャは結界からでちゃダメ。

 すぐに元ボスが、あの子を連れてくるわ。


『ヒメユキ! 子供を獲ってきてやったぞ!』

『もう少し言い方がないかしら。でもまあ、ありがとう。その子を連れて来てくれて』


 呆れまじりに笑って礼を言うと、森の元ボスは『ヒョッ!?』っと変な声をあげて頬を染めたわ。黒い毛並みだからわかりにくいけどね。

 そんな元ボスの背中からずり落ちる男の子。どさりとそのまま地に落ちたけど、どうやら気を失っているようで動かない。そこへ、ミーニャが駆け寄って手をかざした。


『ミーニャ?』

「この子、ボロボロ」


 ボロボロ?

 騎士の剣は受けていないし、見た感じ怪我をしている様子もない。でも……そうね。近くに来れば少しはわかる。


 男の子は、わずかに死臭がしたわ。

 



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