04・七年目の転機
人の子って成長するのに何年もかかるのよね。
猫の子なら半年もすれば大人と変わらなくなるし、どんなに甘えんぼさんでも一年もしたら独り立ちするわ。
でも、あたしは五百年生きてる化け猫だからね。
一年でお別れなのはすごく寂しかったのよ。
長く一緒にいられるのは、嬉しいものよね。
でも、七年だってあっという間。
あの子は今、生まれて十年くらいかしら。
「おかあさまー、鳥とったー」
森の大きな木の上から、あの子が私に手を振っている。
白い髪をなびかせて笑ってる。
まだ体は子供だけど、自分で餌を取れるようになっているの。えらいでしょ?
私は昼寝をしていた木の枝から、上の枝に飛び移りあの子のところへ向かったわ。
『まあ、ミーニャ。大きな鳥を取ったのね』
「うん! おいしそうでしょ?」
あらあら、お口の端によだれが。
鶏の三倍ほどある鳥の首をむんずと掴む娘。きっと、飛んでた鳥に飛びついて首を掴んで木に打ちつけたのね。この子の手には鋭い爪はないけれど、自在に物をつかめるのだから便利よね。
『羽は毟って頂戴ね。捌くのはあたしがするから。焼いて塩を振るのがいいかしら。それとも葉っぱで蒸す方が美味しいかな?』
森の東にある山に行けば岩塩が出る場所があったの。香草は森のあちこちに色々とあるし、お家の台所も今じゃ充実して使いやすくなったので色々とできるわ。さすがに炊飯器やレンジはないけどね。
ミーニャは少しだけ考えて鳥を掴んでない方の手をあげたわ。
「しおの焼き鳥がいい!」
『そうね。じゃあ今夜は焼き鳥にしましょう』
「わーいっ」
嬉しそうに羽を毟る娘。
美味しいものに目がないの。かわいいものね。
ミーニャは人の子。
あたしは猫又。
種族も世界も違う義理の親子。
それでもなんとかここまで育てることができたわ。
ニホンで見た十歳児よりは小さいかしら。いや、あっちでも昔々はこんなもんだったわね。
色は白いし髪も白いし白いお着物を着せてるから、雪ん子みたい。かわいいわ。
お着物はあたしが作ったのよ。
あたしの美しい毛と妖力を混ぜて織り上げた反物で仕立てたの。
鶴じゃなくても機織りくらいするわよ。
仕立てるのは猫の姿では骨が折れるけど、できないこともないわ。人に化けるまでもない。
妖力をまとってるから汚れ知らずでお手入れ簡単。楽でいいのよ。毟った羽が絡むことも飛び散った血で汚れることもない、完璧。
「おかあさま、羽根とった」
『まあ、上手ね。じゃあこっちに放ってちょうだい』
あたしは前脚の爪をシャッと伸ばす。きらりと光る妖気を纏う爪。
「はい!」
ミーニャがぽーんと高く放った鳥を、右の爪で何枚かに切り分け左の爪に美味しい部分だけシャシャシャと刺す。残るおいしくない部分は下へ落とすわ。
木の下あたりには今頃、おこぼれ狙いの獣や妖が来ているはずよ。ミーニャが毟った羽が落ちてきたのを見ればやってくるの。
ああ、この世界では妖とは言わず魔物というんだっけね。
魔物たちの中にはミーニャを慕うものも増えたわ。
怪我を負った子を何度か癒してあげているからね。
癒しの練習も兼ねて、意思疎通のできてあたしたちに敵意を向けない魔物は癒しているの。魔物たちはちょくちょく力試しや食べ物の取り合いで喧嘩してるからよく怪我をしているのよ。
まあ、今はこの森のボスはあたしだから。
配下の面倒は少しは見なきゃ、だしね。
なんて思っていたら、下から大きな声が聞こえたわ。
『シロタマヒメユキーっ! そこにいるな!? 降りて来ーい!』
見れば、虎やヒョウの三倍はあるだろう大きな黒い猫型の魔物が私を見上げていた。
おこぼれを拾った小さな魔物たちは一斉に散っていく。
『シロタマヒメユキーっ! 勝負しろー! 今度こそ俺が勝つ!』
あの日、こてんぱんにのしてやった森の元ボス。
実はあれからもちょくちょくやって来ては勝負を挑んでくるのよ。そんなに言うなら森の主の座は返すと言っているんだけど……
『俺が勝ったら約束通り、番になれー!』
……そんな約束、した覚えはないわ。
勝負と同時に求婚も毎度毎度挑まれてるけど、そっちに答える気は毛頭ないの。それも何度も言っているのだけどね。
『シロタマヒメユキーっ!!!』
ああ、もう。うるさいわ。
『ミーニャ、ここで待っててね』
「はい、おかあさま」
ミーニャにお肉を預けてあたしは下へと飛び降りた。
『おお! シロタマ──』
「シャァー!」
着地間際に爪で一撃。けど、流石に元ボス。何度もくらっているこの攻撃は避けられた。パッと飛び退き距離を取る。
『はははっ! 同じ手は──おわっ!』
地を蹴り一瞬で距離を詰め、大きな四つ足の下から腹を裂くつもりで爪を振るった。元ボスは飛び上がってそれを避け『なんの!』と叫びながら右前足を払いあたしを捕らえようとした。ので、体を捻って避けつつその前足に一撃。元ボスは『痛っ!』っと叫んでまた距離を取ろうとしたけれど、あたしはすぐに距離を詰めて首を狙って爪を立てる。
『ぎゃっ!』
黒みががった血がしぶく。
あら、でも以前より少ないわ。
もともとこいつの毛って鋼のように硬いらしいけど、強化したのかしら。
『はっ、ははっ! どうだ! お前たちのやり方を見習って、魔力を身体に纏わせる方法を試してみた!』
『それはすごいわね。でも血が出てる』
同じ場所を狙って爪をシュシュッ。
『グアアアッ!』
『戦いの合間に余計なことを言うからよ』
もんどりうって倒れる元ボス。
本当にもう、バカなオス。
なんて考えていたら、上からひらりと降りて来た白い娘。
「おかあさま、お肉!」
元ボスを指した言葉じゃないわ。さっき捌いた鳥肉よ。ミーニャがそれを放って来たので飛び上がり伸ばした爪に刺して受け取る。
ミーニャは元ボスに駆け寄って手をかざした。
「いたいのいたいの消えてなくなれニャンニャンチャンニャーン」
ミーニャが呪文を唱えれば、全身から淡く白い光が放たれ元ボスの傷を癒していく。
呪文はあたしが適当に教えたものなの。
なんでもいいから癒しを望む言葉を口にすると、力を発揮しやすいし効果が高まるらしいのよ。元ボスの傷が見る見る癒えていくわ。
随分上達したわね、偉いわミーニャ。
このバカなオスはこの子が癒してくれるものだから、懲りもせずしつこくバカな求婚をしてくるのよ。まったく。ミーニャの術の訓練になるから受けて立ってやっているんだけどね。
一生懸命、力を操るミーニャを見てひとつため息。
「おじちゃん、だいじょうぶ?」
『……ん? お、おおっ、ミーニャか。また助けられたな、ありがとう』
「どういたしまして、おじちゃん」
『ミーニャ、俺のことはお父様と呼んでいいのだぞ』
「………………」
困ったようにミーニャがあたしを振り返ったわ。本当にしょうがないオス。
『そいつはおじちゃんよ。お父様になることはないわ』
『シロタマヒメユキーっ』
『そんな長ったらしい名前で呼ばないでちょうだい』
『だが、全てお前の名前なんだろう?』
『そうだけど……』
はじめに名前を聞かれた時。確かに、よく呼ばれた名前をいくつか告げたけど。ずっとそれを繋げた名前で呼ばれ続けているのよね。
訂正するのも面倒で放置してたけど、いいかげんうるさく感じるようになったので注意したけれど、元ボスは誇らしげに鼻を鳴らす。
『惚れたメスの名を端折るなどできん』
『……あたしの名前、それだけじゃないのよ』
『何!?』
全部言ったら寿限無寿限無になっちゃうから言わないわ。
「おかあさまのおなまえ?」
『ミーニャはお母様とだけ呼んでくれればいいわ。あなたももっと手短に呼んでちょうだい』
『では、ヒメユキと呼ぼう。俺のことは森の王ラウドロームクヴァルトと……』
『森の元ボス』
「おじちゃん」
『んなっ!?』
『そんなことより、あんたはいつもの懲りない勝負のためだけに来たの? それとも鳥肉のおこぼれを狙って?』
『飯に困ったことはない! 求婚の勝負は勝つまで挑む! またお前の娘を狙って人間どもが押し寄せてきたので、知らせてやろうと来たついでの勝負だ!』
『知らせだけ言えばいいじゃない!』
思わずシャーっと毛が逆立つ。
まったくホントに、バカなオスだわ。




