01・美しき白の猫
あたしは猫。
尻尾が二股になって久しい猫。
少し長めの毛並みは白で、光の加減で銀色に光る。
美しき妖たるあたし。
人の世でいえば生まれてこの方、五百年。
思えばいろいろ大変だったけど、今じゃ化け猫も堂に入ってどんな場所でも気楽に暮らせる気ままなにゃんこよ。
さあて、今日はどこで過ごそうか。
猫好きの家に寄っておいしいものを貢がせるも良し。
ビルの上階で日向ぼっこも悪くないわね。
寝床にしている神社の神木。その高い枝の上で尻尾を伸ばして考えていた時。ふと、誰かの声が聞こえたわ。
『助けてください。誰か……』
誰の声?
確かにここは神社だけど、境内にも社にも今は誰もいないわよ。
気になって見渡せばまた声が。
『……どうかこの子を守って、育ててください』
やだわ。
誰か猫の子でも捨ててるのかしら。
『どうか……』
か細いけど切なる声ね。
それほど願うなら、そうね。
いいわよ。
と、答えた時。風もないのに神木の枝がわさっと揺れたわ。
あたし、びっくりして飛び跳ねちゃったの。
まずい。落ちる。
そう思って身を翻した。
あたし猫だし。化け猫だし。神木の上から落ちたところでどってことないんだけどね。
空中で二回ほど体を捻って着地の体勢。
あとは華麗に着地するだけ。
なのに。足がいっこうに地面につかないの。
なんで?
そりゃああたしは化け猫だもの。
飛ぼうと思えば飛べるわよ。
けど、あたりが真っ白で上も下もわからない。
「みゃあ!?」
と思わず叫んだら、突然下に地面が見えてシュタッと着地。
びっくりした。
今のはなんだったのかしら?
それでもって、ここはどこ?
神社じゃないわ。
住んでいた町でもない。
嗅いだことない匂いが満ちる、巨大な木々が生い茂る森の中。
はて?
首を傾げて鼻をひくひく。ヒゲをひくひく。
ついでに尻尾もゆ~らゆら。
ここがどこか探らねば。
と感覚を研ぎ澄ませていたら、突然尻尾を掴まれた。
「うにゃあっ!?」
「ふにゃ?」
咄嗟に振り向き爪を出す。けど、すんでのところて前足を止めた。
あたしの尻尾を掴んでるのは、人の子の形をした何か。
人ではない、と思ったのは、その気配が神社の本殿奥からたまに感じるアレに似てたから。あたしは爪を引っ込めたわ。
そもそも、あたしの背後から尻尾を掴めるなんて只人のわけがない。
あたしはソレをじっくり見る。
銀に近い白い髪と濃い青の瞳。
あらあら、あたしとおそろいね。
でも、形は生まれて一年か二年の人間みたい。
いや……人間の気配もするわ。
人と何かの合いの子かしら。
あたしは首を傾げつつ、声をかけてみたわ。
『尻尾を離してくださらない?』
心で念じてお願いすれば、それは「あうっ」と言って手を離した。
おや、念話が通じるなんて。珍しいわね。
やっぱりただの人の子じゃないわね。
座り込んで首を傾げる人の子供っぽいそれに、あたしはゆっくり近づいた。そしてその手にすりっと頬を寄せる。
その子はちょっと驚いた顔をした後、ふにゃっとかわいく笑ったわ。
けどもその時、あたしのヒゲがピンとなる。
何か嫌な気配だわ。
近づいてくる人の足音。
ザッザッザッと複数人。
そして聞こえる嫌な大声。
「くそう、あの女、ガキをどこに隠しやがった!」
「早く探せ! 死なせたら事だぞ!」
まあ、ガラが悪い。
でもこいつらはタダの人間ね。ガラの悪い人間のオス。
言葉はニホンと違うけれど、もともと言葉に含まれる意図を読んでいるから聞き取るだけならどこの言葉でもできるのよ。
それにしても、あいつらはこの子を探しているので間違いないようね。
あたしは身を伏せ、尻尾をくるりと回したわ。
これであたしとこの子の気配を隠せたはずよ。
あたしは振り返ってその子に告げる。静かにしてねと心で言えば、賢いその子は私にならって身を伏せた。
やだ、かわいいわ。
「チッ、ケチらないで母親ごと囲えばよかったものを」
「あの領主は奥方に頭が上がらねえんだよ。聖女を抱え込みたくても、母親まで囲えば奥方がなんと言うか」
「何が聖女だ。ただのきみ悪りぃガキじゃねえか」
「中央のお偉いさんが欲しがってるんだと。あんなでも国を救う聖女らしいぜ」
「なんだそりゃ」
「お伽話じゃあるめえし。何考えてんだ、お偉いさんは」
「知らねえよ。けど、ガキを確保して捧げれば上の覚えが良くなるってんで、あっちこっちで聖女狩りをやってるらしいぜ」
「なんだ? 聖女なんてそんなにいるのか?」
「知らねえや」
ほほう……
草や木を蹴りながら、人間のオスたちがほざく。
それにしても、見たことない服ね。
鉄板なんか着込んで暑苦しいわ。大昔の武者とも違うし。
なんにしても、あんな無頼漢にこの子を渡すものですか。
母親から取り上げようとしていたのね。ひどい奴ら。
この子は、母親に返してあげなければ。
しばらくそこに身を伏せて、煩いオスたちが去るのを待った。
やっとのこと、気配がなくなりほっとした時には、すっかり日は傾いてしまったわ。
きっとすぐに真っ暗になる。
早く母親を探さないとね。と、考えていたらあの子がふらっと歩き出した。
どこへ行くの?
問うても答えず、あの子はフラフラ森を歩く。
私はその子についていく。
そして……
倒れ伏した人間のメスを見つけたわ。
あの子は、その人間の前に座り込んだ。
そう、母親なのね。
容姿はよく似ていて、髪は真っ白ではないけど白っぽい灰色よ。
背中に大きな切り傷があり、すでに息がない。近くにはあのオスたちの匂いが残っているわ。あっちこっち、母親の周りを探し回ったみたいね。
この子のことを、奪おうと。
私もまた、母親の元へ歩み寄ったわ。
目は閉じているけど、流れ出した涙と悲しげな顔が痛々しい。
悔しかったでしょうね……
あたしだって長い猫生のあいだに百匹の子猫を産んだんですもの。この母親の気持ちは痛いほどわかるわ。
あの神木の上で聞こえた声は、あなたなのね。
いいわ。この子のことはあたしに任せて。あんな奴らに取られないよう、強く賢く育てて見せる。
心で告げながら。前足の肉球で母親の涙を拭ってやった。
すると、それまでじっと母親を見ていた子供がポロポロと泣き出した。
いいのよ、声を上げて泣いても。
「ふ、ふえっ、ふぇええええっ」
しゃくりを上げて泣き出した子供。
あたしがその子に寄り添えば、子供はあたしを抱きしめて泣き続けた。
泣いて泣いて泣き疲れて、眠ってしまった真っ暗闇の森の中。
あたしは母親を荼毘に付して土に埋めたわ。
化け猫ですもの。そのくらいはできるわよ。
お経も唱えられるわよ。尼に化けたこともあったしね。
ここの宗派は知らないけど。知ってる経を唱えてあげたわ。
そして、あの子にくっついて眠ったの。
凍えないよう、体温を上げてね。
懐かしい。私の子供たちを思い出したわ。
新しいお話のはじまりです。
全十六話。毎日一話づつ上げていきます。
評価などいただければありがたいです。
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