私の記憶を壊す対価は
珍しくシリアスです。重たい雰囲気が苦手な方はご注意下さい。ザマァものです。誤字報告ありがとうございました。
コンコンと控えめなノックが小さな小屋に響いた。
私は使い魔のミィと顔を合わせるとミィを抱き上げて扉を開いた。
「夜分遅くに、申し訳ありません。魔女様」
今にも泣き出しそうな彼女は、この小屋に辿り着くに相応しい願いがあると言う事。
「いらっしゃい。まずはあたたかいミルクティーはどうかしら?嫌い?」
彼女は少し驚くと、泣きそうな顔のまま、笑った。
「大好きでした。でも今はもう、辛いんです。お願いします魔女様」
彼女は覚悟を決めるように深呼吸をして、やがて真っ直ぐ私を見た。
「記憶を壊す薬を、下さい」
穏やかじゃない話だけれど、驚く程の事でもない。この森にはこういう、切羽詰まった、善良な人間しか通れない魔法をかけてある。
「まずは話してくれる?記憶を壊すにはどこから、誰を、って細かい情報が必要になるの。下手をしたら廃人になってしまうからね」
受ける事を前提にそう言うと、彼女は余程張り詰めていたのか、涙をこぼした。
小屋に招き入れると、椅子に座るように促す。ミルクティーは駄目な様だったから、代わりにはちみつティーを入れて渡すと彼女は嬉しそうにありがとうございますとお礼を言った。
「……よくある話、です。妹に婚約者を寝取られたんです」
それがよくある話なら今の貴族共は終わってるわね、とため息をついてしまった。私は黙って彼女が話すのを聞いた。
「私が家督を継ぎ、彼はその伴侶となり共に領地を支える予定でした。でも、妹が、彼を気に入って…あっと言う間でした。気が付けば家督まで妹に奪われて。両親は私なら良い縁談も来るだろう。何処に夫人として出しても恥ずかしくない娘だ、なんて…そんな事、ちっとも、嬉しくなんか無いのに…!」
そんな話が本当によくあるなら大層気分が悪い話だ。彼女に非は無いのに、体よく放り出されるなんて。
「…私、あの人達の利益になるのは嫌なんです。私の不幸を笑っていられるあの人達をもう家族だと思いたくない」
「でも、厳しい事を言うようだけど、その記憶を手放すと結婚は難しくなるんじゃない?」
彼女は力なさげに首を振った。
「もう決まっているのです。十離れた辺境伯の所へ、と。顔合せても済んでいて、その方に事情を説明しました。そんな傷物令嬢ですがよろしいですか?と」
はちみつティーをこくりと飲むと、彼女はようやく笑った。
「君は傷物なんかじゃない、そんな嫌な記憶は忘れて、私の元で幸せになりなさいって、言って下さったんです」
彼女はカップを机の上に置くと、深く頭を下げた。
「対価は、なんでしょうか。私、幸せになりたいです。その為に出来る事をしたいんです。お願いします」
対価。私はふと考えた。記憶を壊す薬自体は難しいけれど、記憶を隠す魔法は難しくない。むしろ簡単な方だ。だから彼女の願いは叶えられると思う。
「因果応報」
「え?」
私はすっごい昔の自分の事を思い出していた。私も友人に恋人を寝取られた事があった。これは私もスカッとするチャンスかもしれないと思ったのだ。
「妹に関わる何かを頂戴」
「そ、そんな物で良いのですか?」
「うん。貴女ばかり失うのは何か違うでしょ。ちょっとかる〜く呪っておくから、媒体になる何かを頂戴」
彼女は少し躊躇った後、頭のリボンを解いた。
「妹と揃いで買ったリボンです。髪型を同じにすると後ろ姿がよく似ているので、後ろから妹の名で婚約者に抱き締められました。愛しそうにリボンを愛でて」
「よし。その男もちょっと呪っておくわね!」
「…良いんですか?魔女様は自分の利にならない魔法は使わないとお聞きしました」
私はにしししと笑った。
「基本私は美人の味方だし?貴女全く悪くないし?それなのに貴女だけ失うのは不公平っしょ!二人にはお互いの欠点が目に付く呪いをかけておくわ」
それでも貫ける愛なら良し。貫けない愛ならその程度だったと言う事よ!
「…あの、私の記憶が消えたら、魔女様の事も忘れてしまうのでしょうか?」
「ん〜?そうも出来るし、残す事も出来るよ」
美人のはにかみ程癒やされるものはないわよね!
「では、残して下さい。お世話になった事、覚えておきたいです」
「うん。幸せになりなよ、お嬢さん」
「オーロラ!」
「まぁ貴方。そんなに息をきらせてどうしたのですか?」
「いや、その、な…君に似合う髪飾りを見つけたものだから、直ぐに渡したくなってしまって」
「そうなのですか?ふふっ、ありがとうございます、似合いますか?」
「あぁ!流石私の妻は若く美しい!」
「今日は口がお上手ですね。何かあったのでしょう」
「あったとも。凄くすっきりした!ざまぁみろ!と言ってやりたいな」
「あらあら、随分お口が悪いですこと。よく分かりませんが…私の為に喜んで下さっているんですよね?旦那様は」
「ゔ…」
「深くお聞きしません。ただ、ありがとうございます。私、旦那様と結婚出来て幸せです」
「そうか…私も、同じだよ。ありがとうオーロラ。愛しているよ」
「まぁ甘やかされて育った甘ったるいお嬢ちゃんが領地の経営なんか上手く出来る訳ないわよねー!夫婦仲も最悪、いつ離婚してもおかしくない」
「そっちは幸せになんなよ、オーロラちゃん」
呪いって言ったけど、ちょっとしたおまじない程度なのによく効いたよく効いた!男がオーロラの方がよっぽど良い女だったとか言った時にはかなりムカついたけどね。そんなわけで、ザマァみなさい!!