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ミステリー

しっこ

作者: 七宝

推理しながら読んでください

お茶どうぞ(´・ω・)っ旦

 その中年男性は頭から血を流し、ラブホテルの一室で全裸で息絶えていた。


「凶器がねぇな。こりゃ骨が折れるぞ」


 鼻森岡(はなもりおか)は頭を抱えていた。

 ただでさえ忙しいのに、ラブホテルで全裸で殺されるようなおっさんのために時間を割きたくないのだ。


「警部! ちょっとこっちに来てください!」


 新人である耳筍(みみたけのこ)が風呂場で鼻森岡を呼んでいる。


「なんだ、凶器が見つかったか?」


「いえ⋯⋯。でも、ほら」


 耳筍は目を閉じ、鼻をヒクヒクさせ、同じことをするようにジェスチャーした。


「くんくん⋯⋯。なるほど、しっこか」


「ええ、しっこです」


 シャワールームがしっこ臭いのだ。


「よし、すぐにアイツを呼ぼう」


 鼻森岡はそう言うとスマホを取り出し、ある人物へ電話を掛けた。


 その人物が来るまで暇だった2人は、部屋に置いてあったオセロをして時間を潰すことにした。中盤で耳筍が真っ黒にして完全勝利した。


 鼻森岡が4連敗したところで、『ピンヌポンヌ』というドアを叩く音がした。


「お、来たな!」


 鼻森岡がドアを開けるとそこには、身長1メートル130センチの黄色い大男が立っていた。尿探偵・疾虎(しっこ)である。彼は鼻が敏感で、特に尿を嗅ぎ分けることに長けているため、尿の関係する事件に呼ばれることが多いのだ。


「で、今回はどんな事件なんです? 僕に協力できることがあったらなんでも言ってください」


「実はな、風呂場がなんか小便臭かったんだ」


「は?」


「だから、風呂場が」


「警部!」


 疾虎が鬼のような顔で鼻森岡を睨んでいる。2.3メートルは大きいが、身長100センチの鼻森岡から見るともはや巨人である。


「風呂場でおしっこする人くらいいるでしょ。僕はしないけど」


「いや、でも、しっこの事件だし⋯⋯」


「そんなのでいちいち呼ばれてたら休む暇がありませんよ! 今日は休暇にします! さよなら!」


「待ってくれ! お前の閃きが必要かもしれないんだ! 実は凶器が見つかっていなくて⋯⋯」


「犯人が持ち去ったんでしょう」


「傷からして鈍器だとは思うんだが、防犯カメラに映ってた犯人はそんなもの持ってなかったんだ」


「隠してたんじゃないですか?」


「いや、鈍器を隠せるような格好じゃなかった。荷物は本当にビニール袋ひとつだけで、中もちゃんと見えてた」


「ビニール袋には何が入ってたんです?」


「なんかよく分からんものが入ってた」


「ポンコツじゃねーか! それが凶器なんじゃないですか?」


「いや、見た感じ黄色っぽかったから凶器の可能性は0だろう。黄色みたいなハッピーな色を凶器として使うことなんてないだろうし」


「そういう思い込みが真実を紐解く際の障害になるんですよ。それにしても黄色⋯⋯。もしかして、しっことか?」


「どこの世界にビニール袋に入ったしっこ持参でラブホ行く奴がいるんだよ。お前よく人のことポンコツとか言えたな」


「で、帰りはどうだったんです? その袋」


「持ってなかった。おそらく部屋で食べて、袋はポケットかどっかにしまったんだろう」


「食べ物なんですね」


「多分。でもよく分からんものだった。とにかくよく分からんものが映ってた」


「とにかく、僕はもう帰ります。警部ももう少し真面目に仕事した方がいいと思いますよ。それじゃ」


「ダメ! ちょっと待って!」


 部屋を出ようとする疾虎を、鼻森岡がまた呼び止めた。


「もし協力してくれたらヒソヒソ⋯⋯来週このホテルで俺の娘とヒソヒソ⋯⋯ヒソヒソ⋯⋯ヒソヒソ⋯⋯。な?」


「分かりました。協力しましょう」


 鼻森岡の娘は美人なのだ。


「くんくん。ん? これは⋯⋯」


 疾虎が不思議そうな顔をした。


「どうした? なにか臭うか?」


「ええ、実はこの部屋に入ってきた時からしっこの臭いがしてたんですけど」


「ああ、シャワしっこだからな」


「僕もそう思ったんですけど、これお風呂場以外にもしっこありますね。耳筍くん、ちょっと閉めてみてください」


 耳筍は疾虎の言う通り風呂場の戸を閉めた。


「くんくん。くんくん。くんくん」


 しっこの臭いを探しながら部屋を歩き回る疾虎。やがてほふく前進をし始めた。


「くんくん、やっぱりこの床ですね。見てください警部、うっすらですがお風呂場から被害者の倒れている床のところまで、ぽたぽた垂れたであろうしっこのシミがあります」


「なるほど、じゃあシャワー中にしっこをした後、ぽたぽた垂らしながらここまで来て、頭を殴られて殺されたという事だな?」


「いえ、それはおかしいです。ここに使用済みと思われるタオルがあります。体を綺麗に拭いた人間がしっこをぽたぽた垂らしながらベッドに向かうとは思えません。人の体ってそんな構造してませんよね?」


「いや、俺たちくらいの年齢の体はそうなんだ。若いやつには分かんねぇよな⋯⋯」


 鼻森岡の悲しい顔を見た疾虎はそれ以上は追求せず、話題を変えた。


「防犯カメラに映ってたのって、どんな人だったんですか?」


「それが、真っ黒なマスクと帽子をかぶっていて、カメラでは犯人が特定出来ないんだ。体つきからして女性なのは間違いないんだがな」


「受付の人とか、顔見てないんですかね?」


「顔を合わせるタイプの受付じゃないし、もしそうだとしてもこういうところはあんまり客の顔ジロジロ見ないもんなんだ。ちなみに、犯人がここにいたのは1時間ほどだそうだ」


「ふーん⋯⋯」


「で、どうだ? なにか手がかりは見つかりそうか?」


「被害者のことを調べて、聞きこみ調査をしましょう」


「しっこ関係ないけど、いいのか?」


「ええ、娘さんとのヒソヒソのためです!」


「ハッハッハ、頼もしいな!」


 2人は耳筍を置き去りにし、ホテルを出た。出たところでパパラッチに撮影されたが、疾虎がビームで焼き殺したので大事には至らなかった。


「被害者の身元だが、この近くの高校で教師をしていることが分かった。その高校に行ってみようと思うんだが」


「行ってみましょう!」


 以前事件を解決した時の鼻森岡の娘とのヒソヒソが忘れられない疾虎は、人一倍張り切っていた。


「あー! 刑事さんだ!」


 校庭で草を食べていたパンツが見えそうなくらいのミニスカートを履いた女子生徒が、鼻森岡を三本指で指さした。


「手帳を見せる前に気づくとはな、話が早い。職員室に案内してくれるか?」


「てめえで探せ!」


 女子生徒は鼻森岡をビンタし、草を吐きながら西の空へ飛んで行った。


「あ、警部。あそこに職員室って書いてありますよ」


 疾虎の指さす先に、限りなく黒に近い紫色の小屋があった。それはグラウンドのど真ん中に建っており、周りの砂に紫が滲み出ていた。


「警察の者ですが、少しお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


 警察手帳を見せながら小屋のドアを開ける鼻森岡。その瞬間、座って机に向かっていた数人の男女が全員立ち上がり、剣を構え、鉤爪を装着し、銃を構え、拳を握って机の上に飛び乗った。


「実はあなたたちの同僚である井針(いばり) 大洪(ますひろ)さんが先程殺害されましてね、証言を集めているところなんです」


「彼は素晴らしい教師でした。僕は去年から配属されたんですけど、ずっと親身になって相談にも乗ってくれていました」


 若い男性教師が剣を構えて悲しそうに言った。


「私も彼にはよくしてもらっていました。あんなことやこんなこと、ヒソヒソなことも、嫌な顔ひとつせずなんでも教えてくれました。私たち教師の、先生のような存在でした」


 爆乳の若い女性教師も焼鮭を構えて言った。


「では、彼を恨んでいる人はいなかったと?」


「ええ、彼は非の打ち所のない人間でした。それはもう素晴らしい人間でした。もう本当に非の打ち所がなくて、素晴らしい非の打ち所のない人間でした。なのに彼は全然モテなくて、54歳にして童貞だった⋯⋯。死んでも死にきれんでしょうなぁ」


『校長』と書かれたTシャツを着た初老の男性が、真っ黒な壁を見つめながら腹話術で言った。


「あれ? 爆乳の方とあんなことやこんなこと、ヒソヒソなんかもしたんじゃなかったんですか? 童貞じゃないですよね?」


「何言ってるんですか刑事さん!」


 爆乳が顔を赤くして叫んだ。


「あんなことっていうのは時間内に授業を終える心得、こんなことっていうのは思春期の生徒との向き合い方、ヒソヒソっていうのは成績が悪い子たちの陰口です! なので決して私たちはそういう関係ではありませんでした!」


「そうだったんですね、素晴らしい先生だったんですね⋯⋯」


 鼻森岡は反省した。

 ラブホで全裸で殺されているおっさんは全員が全員徳のない変態だと思っていたからだ。


「でも、ラブホで亡くなっていたということは、卒業した可能性もあるのでは?」


 被害者である井針そっくりな男がスルメイカを構えて言った。


「あの、もしかして双子ですか?」


 これまで黙っていた疾虎が久しぶりに口を開いた。


「コラしっこ! 失礼だろ!」


 失礼な質問をした疾虎をたしなめる鼻森岡。


「ははは、よく言われます。でも双子じゃなくて、クローンなんですよ〜」


「へ〜、そうなんですね〜」


 適当に頷きながら適当に聞く鼻森岡。


「ちなみに、井針先生はなんの先生だったんですか?」


 適当に頷きすぎて首が戻らなくて赤べこのようになってしまった鼻森岡が聞いた。


「物理の先生ですね。3年1組の担任でもありました」


 右頬に『救済』、左頬に『休載』、顎に『九歳』、額に『肉』のタトゥーが入っている男性教師が親切に答えた。


「よし、次は3年1組に行こう」


「そうですね、行きましょう」


 2人は黒紫の小屋を出て、生徒のいる校舎へと向かった。


「さっきの小屋、怖かったな」


「ええ、入る時(ひら)き戸だったのに出る時自動ドアになってましたね」


「やべーな」


「やべぇっす」


「リンゴ」


「ゴーヤ」


「ヤリマン」


 しりとりをしながら歩いていると、生徒の1人が2人に声をかけた。


「あの、さっき漆黒斎部屋で言ってたことって本当なんですか? ⋯⋯先生が殺されたって」


 草を食べていた子とは正反対の、ウェディングドレス顔負けのスカートの女子生徒だった。あんな真っ黒の建物なのに外には丸聞こえなのだ。


「本当だ。ラブホで、全裸で、しっこをぽたぽた垂らして死んでいた」


「警部、そこまで細かく言う必要はないでしょ」


「そんな⋯⋯。先生は本当に優しくて、良い先生でした」


 女子生徒の言葉に鼻森岡が小さく舌打ちをし、口を開いた。


「ごめん、それ漆黒の部屋で何回も聞いたわ。そんなことより3年1組まで案内してくれる? どうせ暇なんでしょ」


「あいよ」


 2人は女子生徒のスカートを持って教室まで歩いた。


「ここが3の1じゃい! あばよ!」パカラッパカラッパカラッパカラッ


 ケンタウロスモードで帰っていく女子生徒に手を振る2人。


「だからあんなにスカート長かったんだな」


「とんちがきいてますね」


「さて⋯⋯。たのもー!」


 勢いよくドアを開け、中にいる生徒を威嚇する鼻森岡。


「おめーらの慕っていた井針 大洪はさっき死んだ。殺されたんだ! しっこ漏らして、ラブホで、全裸で、マヌケな顔して死んでたよ!」


「「「「「いやぁぁぁああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」


 クラスは阿鼻叫喚となった。


「ちっ、うるせーしめんどくせーな。これだからガキは嫌いなんだ」


 やれやれといった表情で鼻がこぼした。


「ね、ほんとに」


 鼻森岡の娘とのヒソヒソのため、彼の異常行動を黙認する疾虎。


「うぅ⋯⋯」

「ひっぐ⋯⋯」

「そんなぁ、先生がぁ」

「ひっく、うぇ〜い、ゲフッ」

「先生のいない世界なんて嫌だ⋯⋯」

「おんぎゃあ! おんぎゃあ! おんぎゃあ!」

「チャンポッ!」


 いつまで経っても泣き止まない生徒たち。


「うるせぇーーーー!!!!!」


 業を煮やした鼻森岡が喝を入れる。


「甘ったれてんじゃねぇ! 死んだやつは生き返らねぇんだ! だから黙って捜査に協力しろーーーー!!」


「井針先生のいない学校なんてやめてやるぅ」

「カナシイワーシクシク」

「うわぁーん」

「辛い⋯⋯」

「この前の事件の時も親身になってあの子のケアをしてたあの先生が⋯⋯」


「うるせぇなぁ⋯⋯。クソがよォ⋯⋯!」


 鼻森岡の怒りが爆発寸前まで来たところで、疾虎が口を開いた。


「すみません、『この前の事件』というのは?」


「え? あ、はい。実はこの前⋯⋯」


「その前にお前は誰なんだ! 名乗れ!」


 やりたい放題の鼻森岡。


「クラス委員をやらせてもらっている小水(おみず) 黄良々(きらら)といいます。実はですね⋯⋯」


 数日前、3年1組の教室である事件が起きた。


 紫夜辺(しよべ) 漆子(うるしこ)の水筒の中身がしっこにすり替えられていたのだ。


 マラソンの授業後、教室に戻って1口飲んだ彼女はすぐに異変に気づいた。(ぬる)いのだ。温くて不味いのだ。

 中の匂いを嗅いでみると、明らかにしっこの臭いだった。


 漆子は声を上げて泣いた。

 クラスのマドンナである彼女が泣いていると騒ぎになり、すぐに犯人探しが始まった。


「気持ち悪い」

「男子ってホント最低」

「死ねばいいのよ」

「うるちゃん、気をしっかり持ってね」

「これだから男子は⋯⋯」


 女子たちが彼女に近づき、介抱をしている。


「先生! 男子の尿検査を希望します! DNA鑑定するのです!」


 小水が手を挙げて声高に言った。


「⋯⋯という意見が出ているが、大ごとになる前に名乗り出てくれるか?」


 男子の中にいるであろう犯人に語りかける井針。


「⋯⋯嫌か。まあそうだろうな。でもな、絶対後悔するぞ。あの時白状してればよかったって、後悔することになるぞ」


 しかし犯人に井針の言葉は響かなかったようで、誰も申し出ることはなかった。


 翌日、本格的な尿検査が行われた。専門の技師が男女全員分の尿を摂取し、水筒のしっこをひと舐めする。


 結果は、全員不一致。


 だが、その日は1人欠席した生徒がいた。

 紫夜辺に片思いしていると噂されていた、藻井(もい) 硬男(かたお)だ。


 その日から彼は行方不明になり、次の日も、その次の日も出席せず、クラス全員が彼を犯人だと思うようになった。被害者である紫夜辺 漆子は、それから不登校になっているという。


「クラスのマドンナにしっこを飲ませるなんて、許せない!」


 話を聞いた疾虎がマグマのような怒りに震えていると、鼻森岡が彼の頬を張った。


「今は井針を殺した犯人の手掛かりが優先だ」


「警部、でも、でも⋯⋯」


「娘とヒソヒソ」


「そうでした! まずは目の前の事件でした! 失礼いたしました!」


 結局犯人に繋がる手掛かりは見つからず、2人はあの部屋へ戻った。


「あれ、まだ死体片付けてなかったんだ」


 鼻森岡が耳筍に言った。


「指示がなかったのでどうしたらいいか分かんなくて⋯⋯」


「そうか。⋯⋯はーあ、こいつが喋ってくれればすぐ解決なんだけどなぁ。絶対犯人見てるもんなぁ。一緒にホテル来たんだもんなぁ」


 鼻森岡が井針の頭をつつきながら悩んでいると、疾虎の鼻がぴくりと動いた。


「しっこだ⋯⋯」


「どうした疾虎!」


「しっこです!」


「おぉーっ!」


「しっこですよ警部!」


「解決か!」


「いや、そこまでは。でも、大きく進展しますよ。今警部がその死体の頭をつついてくれたおかげです! そのおかげでフワッと香ったんです! しっこが!」


「なに!? ということは、頭にしっこが!?」


 疾虎が井針の頭を臭ってみると、床のぽたぽたしっこよりも強い臭いがした。


「やっぱり⋯⋯。頭にしっこがついています! しかもちょうど傷口に!」


「な、なんだってぇー!?」


「傷口にしっこ⋯⋯傷口にしっこ⋯⋯どういうこと?」


 いい所まで行った感じがしたが、よく分からなくなってしまった疾虎。


「警部、なんですかこれ」


「すまん、俺にも分からん」


「あーっ! ムズッ!」


 一向に謎が解けず、少しだけ嫌になった疾虎は大の字になって寝転がった。


「ふーっ⋯⋯」


 深呼吸をして精神を整える疾虎。


「ふーっ⋯⋯えっ!?」


 突撃大声を出す疾虎。


「どうした疾虎!」


「このぽたぽた、こっちよりも臭いが薄いです!」


 床に垂れたしっこを指さして隣同士比べる疾虎。


「ほら! こっちよりもこっちの方が! さらにこっちの方が! ほらぁ!」


 疾虎によると、臭いが薄い方が雫として床に落ちてから時間が経っているのだという。


「死体に近づけば近づくほど薄くなって、お風呂場に行くほど濃くなっています! つまり、このぽたぽたしっこの進行方向は風呂場→ここではなく、ここ→風呂場なんです!」


「どういうことだ!」


「シャワしっこ後にぽたぽたしながら歩いてきたのではなく、その逆なんです!」


「なんでだ! わけが分からん!」


「僕も分かりません!」


『その逆』がなにを意味するのか、学のない2人には難題だった。1時間の沈黙の後、鼻森岡が先に口を開いた。


「普通に部屋にいて、漏れそうになって、少しずつ漏らしながら風呂場に行ってしっこしたんじゃないか?」


「それはおかしいです。まず、漏れそうになったらトイレに行くのが普通です。それに、漏らしながら風呂場に行って、シャワーをしながらしっこをしたとして、ご丁寧に漏らし始めた地点まで戻って死んでいるのは偶然とは思えません」


「あ、分かった! 井針を殺した犯人もその時は裸で、殺したショックで催して少し漏らしちまって、ぽたぽたさせながら風呂場に駆け込んだんじゃないか?」


「警部の考えではトイレに行きたい人はみんなお風呂場に行くんですね。それって警部がそういう人だからですか?」


「違うよ、事件がこういう風だからだよ」


「それにしても、可能性はありますね。たまたま傷口にだけしっこが落ちたのは出来すぎな気もしますが、絶対にないとは言いきれない」


「よし、さっそくDNA鑑定だ! 怪しいヤツの爪をひっぺがして持ってこい!」


「アイアイサー!」


「2秒でな!」


「2秒で出来るわけないでしょ!」


 鑑識の人が困ったような怒ったようなヤギのような顔をしている。


「出来る! フィクションなんだから!」


「アイアイサー!」


 結果、井針のしっこだった。


「難しすぎるだろ! なんだこれ!」


 鼻森岡は狼狽えている。


「よし、もっと交友関係を洗ってみよう。疾虎、井針の家に行くぞ!」


 井針は学校近くのアパートでひとり暮らしをしていた。

 鍵がなかったので疾虎のビームでぶち破ろうとしていると、中から微かに声が聞こえた。


「誰だ! 誰かいるのか!」


「んん〜! んん〜!」


 人がいるのを確信したのか、鼻森岡の問いかけに必死に答える声。


 ビームでドアをぶち破ると、部屋の隅に両手両足を縛られ、口をガムテープで塞がれた少年が転がっていた。


「大丈夫か! 君は誰だ! なぜこんな所にいる!」


 鼻森岡が駆け寄り、少年の拘束を解いて言った。


「ゲホゲホ⋯⋯ありがとうございます。僕は藻井(もい) 硬男(かたお)といいます。あいつに⋯⋯井針に⋯⋯監禁されていました」


「安心しろ、井針は死んだ」


「本当ですか!?」


「ラブホで、裸で、しっこのついた床で、頭に自分のしっこつけて死んだよ」


「ラブホ!? ということはあいつ、もしかして童貞卒業を⋯⋯?」


「いや、鑑識によると体液などは付着していなかったそうだから、そういう行為はなかったとみている」


「そ、そうですか!? よかったぁ⋯⋯」


「なんで?」


「えっ? いや、僕も童貞なんで⋯⋯」


 鼻森岡は(底辺の醜い争いだな)と思った。


「で、君はなぜ監禁されていたんだ? 心当たりはあるか?」


「ありまくりですよ。100%確定ですよ」


「ほう⋯⋯その心は?」


「ズバリ! 僕があいつの悪行を見てしまったから!」


「悪行!? なんだそれは!」


「あいつ、移動教室の時に空になった教室でこっそり、友達の水筒にちんちんを突っ込んでいたんです。つい『えっ!?』と声を出してしまい、覗いているのがバレて忍術で捕らえられ、こうして監禁されていました」


「それってもしかして、紫夜辺 漆子の水筒か?」


「そうです! 知ってるんですか!?」


「ああ、さっき話を聞いてきたんだ。その子の水筒の中身がしっこにすり替えられていたそうでな、ひと口飲んじまったらしいんだ」


「えっ!? 井針が紫夜辺さんにおしっこを飲ませたってことですか!? 許せない! 許せない! 殺してやる!!!!」


「だからもう死んでるんだってば」


「てへぺろ(´>ω∂`)」


「すげーなお前」


「数日間飲まず食わずで監禁されてておかしくなってるんです。水ください」


「よし、じゃあコンビニでも行くか」


 手を繋いでコンビニに向かう3人。鼻森岡だけとても小さいので、連れ去られる宇宙人のような構図になってしまった。


「警部、僕アイス食べたいです」


「お、いいな! いいぞ、アイスくらい買ってやるぞ! 俺も買お」


「僕はとにかく水を⋯⋯」


「便所で飲んでこい!」


「そ、そんなぁ⋯⋯!」


「コンビニで水買うと高ぇんだよ」


「アイスも同じでしょ! お願いしますよ!」


「アイスは蛇口から出ないだろ?」


「なにこの人強っ! ディベートの人!? ケチディベートのチャンピオン!?」


「うるせぇな。せっかく助けてやったのに人のこと不名誉なチャンピオンにしやがって」


 結局硬男はトイレで水を飲んだ。ずっと「うめー!」「さいこー!」「生き返るー!」と叫んでいた。それを聞いた鼻森岡が疾虎に「空腹は最高のスパイスって本当なんだな」と言って笑った。


「なぁ君、紫夜辺 漆子のことが好きなんだって?」


「えっ!? 誰に聞いたんですかズンドコドン!」


「え?」


「誰に聞いたんですかそんなこと!」


「クラスメイト全員知ってたぞ。かなりのファンらしいな」


「⋯⋯⋯⋯」


 顔を赤くして下を向く硬男。


「そこでだ、見てもらいたい映像があるんだ。井針は素晴らしい教師と言われていたが実は裏で悪行をはたらいていた。少なくともお前と紫夜辺 漆子には恨まれているはずなんだ。で、監視カメラに目以外を隠した女が映ってた。画質は良くないが、ファンなら見分けられるだろう」


「それにしても暑いですね。夜でも余裕で30℃超えてるじゃないですか」


 空気の読めない疾虎。


「多分アイス溶けてますよ」


「ホテルについたらしばらく冷凍庫に入れるか」


「そうですね」


 ということで、ホテルの部屋に着くと鼻森岡がアイスの実とガリガリ君を冷凍庫に投げ込んだ。


「それで、この映像なんだが⋯⋯」


 監視カメラの映像を硬男に見せる鼻森岡。


「⋯⋯⋯⋯」


「どうだ?」


「⋯⋯違うと思います」


「『思います』か⋯⋯。まあ意識保ってるのがギリギリっぽいし、あんまり参考には出来ねぇか」


「いや、絶対に違います!」


 衰弱しきっていたはずの硬男が大声で言った。


「⋯⋯もしかして、あの子のこと庇ってんのか?」


「違います! 本当にこれは彼女じゃないんです!」


「本当に?」


「本当です」


「本当に本当に?」


「はい」


「本当に本当に本当に本当に?」


「はい!!!!!」


「ちっ、こうなったらもう無理だな⋯⋯」


「信じてください!!!」


 そう叫んで硬男は倒れた。限界が来ていたのだろう。


「さて、疾虎。お前はどう思う? ⋯⋯こいつ邪魔だな」


 鼻森岡は足で硬男を部屋の隅へ移動させた。


「そうですね⋯⋯。真相は彼にしか分からないでしょうね」


「そろそろアイス固まったかな? 取って来てよ」


「え〜っ、警部さっき立った時に持ってきてくれれば良かったじゃないですか」


「買ってやったんだから取ってくるくらいしろよな」


「ぐうの音も出ない正論」


 疾虎は負けを認めて立ち上がり、冷凍庫を開けた。


「⋯⋯ん? くんくん、これは⋯⋯」


「なんだ?」


「微かにしっこの臭いがします!」


「冷凍庫まで!? なんなんだこの部屋、地獄か?」


「いや、地獄ではありません⋯⋯天国です!」


 疾虎が最高の笑顔で言った。


「それはお前がしっこ大好き人間だから?」


「違いますよ。嗅ぎ分けられるってだけで、別に好きじゃありません。むしろ嫌いです。当たり前でしょ」


「じゃあ、何が天国なんだ?」


「謎が解けたんですよ」


「えぇーーーーっ!?!?!? なんで?」


「鍵はしっこなんですよ」


「それは分かってる」


「やっぱり紫夜辺さんが犯人です」


「詳細キボンヌ」


 それから疾虎はちんちんを大きくして話し始めた。解決したら鼻森岡の娘とヒソヒソできるという約束を思い出したからだ。


「まず、冷凍庫からしっこの臭いがした理由は分かりますか? 小1でも分かる問題です」


「なんで余計な一言でプレッシャー与えてくるの? これ分からなかったら小学生以下ってこと?」


「はい」


「悔しいな⋯⋯。でも、なんでだ? 結構難しくないか? だって普通冷凍庫からしっこの臭いなんてしないもんな⋯⋯」


「10、9、8、7」


「時間制限あんの!?」


「4、3、2、1」


「しっこを入れた! 凍らせた!」


「正解!」


「ふぇ?」


 あまりに単純な答えに拍子抜けして幼女化してしまう鼻森岡。


「次の問題行きましょう」


「なあ疾虎」


「はい」


「これは殺人事件で、俺は今仕事をしてるんだ」


「はい」


「この問答はお前は気持ちよくなれるかもしれんが、俺はずっとイライラしている。来週俺の娘が気持ちよくしてやるから、今は普通に推理を聞かせてくれないか?」


「分かりました」


 そう言うと、疾虎はガリガリ君を持って井針の死体に近づいた。


「犯人はしっこを凍らせ、それで井針の頭を叩いた」


「え? 凶器しっこなの?」


「はい。だから頭についてたんです」


「なるほど」


「で、手の熱で少しずつ溶けだしてきたしっこがぽたぽた床に落ちて」


「あー!!!」


「証拠を消すためには、凍ったしっこを溶かす必要がありますよね」


「シャワーだ!」


「そう。だからこっちからぽたぽたが始まってたんです」


「でも、犯人がここにいたのはせいぜい1時間だぞ? いくら最近の家電はすごいとはいえ、1時間で人を殺せるほどの氷を作れるもんなのか?」


「それはさっきの僕たちのアイスと同じですよ。元々凍ってたものを持ってきてたんです。少し溶けたから、冷凍庫で再凍結させていたんです。監視カメラに映っていたビニール袋の中身はしっこアイスだったんです。そんなものを持参できるのは井針のしっこを持っていた彼女だけなんです」


「なるほど⋯⋯。でも、なんでしっこなんだ? 証拠を残したくないなら普通の氷でもよかっただろ?」


「言うじゃないですか。『目には目を、歯には歯を』って」


「『しっこにはしっこを』ってこと?」


「それだけ恨んでたんでしょう」


 2人はアイスを食べ終わると、紫夜辺 漆子の家に向かった。


「警察です。漆子さんにお話を伺いたいのですが」


 鼻森岡が名乗ると、紫夜辺 漆子が出てきた。


「なんですか? もしかして、私を疑ってるんですか?」


「疑ってる? 俺はまだ何の用件か言ってないぞ?」


「いや、あの、クラスの子からメールが来てたんです。それで⋯⋯」


「フン、まあいいだろう。どの道同じだ」


 鼻森岡はそう言って疾虎に目で命令した。


「紫夜辺 漆子さん。あなたを井針 大洪殺害の容疑で逮捕します」


「えっいきなり?」


 思ってた感じと違ったようで、鼻森岡が確認した。


「そうです! いきなりです!」


「そのセリフこないだパチ屋で聞いたかも」


「待ってください! 私は殺していません!」


「殺したでしょ? しっこで」


「殺してません! おしっこでどうやって殺すんですか!」


「監視カメラに映ってたんですよ」


「そ、そんなわけありません! ラブホなんて行ってませんから!」


「おや? ラブホなんて言ってませんが?」


「いや、あの、クラスの子からメールが来てたんです」


「武器1個しかないのかよ」


 呆れた様子で鼻森岡が言った。


「実はさっき、硬男くんに会ってきたんだ」


「え!? 硬男くん、無事だったんですか! 良かった⋯⋯」


「で、その硬男くんが君の大ファンだということは知っているね?」


「⋯⋯まあ、そうらしいですね」


「つまり彼は、君のことを常日頃から観察しまくっていて、なんでも知っている。そうだね?」


「そこまでかは知りませんけど⋯⋯」


「その硬男くんがさっき、監視カメラに映っているのを認めたよ。間違いなく君だってね」


「そんな⋯⋯!」


「いつも君のことを見ている彼の目だけは誤魔化せなかったようだね」


「クソ⋯⋯あのヤロォオオオオ!!! あたしの味方じゃねーのかよぉおおおおお!! クソがァアアアアアア!!!!!!!」


 漆子はまつ毛と眉毛がなくなるほど、強く熱く大きく泣き叫んだ。


「じゃあ逮捕するね」


「はい⋯⋯」


「ちなみに、水筒しっこ事件の犯人が井針だっていうのはなんで分かったの? やっぱ味?」


「なわけないでしょ。次の日の移動教室の時に忘れ物をして取りに行ったら、あいつがあたしの体操着におしっこしてたのよ」


「なんでことごとく悪行がしっこなんだ」


「職員室に言いに行こうかとも思ったんだけど、揉み消される気がして、証拠を残さないように殺すことにしたの」


「機転が利くんだね」


「学年成績1位だからね」


「で、その時にホテルに行こうって言ったの。完璧な計画だと思ったんだけどね、まさか尿探偵なんてのがいるなんて」


「うん、僕がいなきゃ解決してなかっただろうねこんな変な事件」


「早くしろよ! 自分はクラス1可愛いJKと喋ってて楽しいかもしれんけど、俺はずっと待ってて暇なんだぞ! 早く帰ろうぜ!」


「おっさんがうるさいから行こうか」


「おっさん!? 誰がおっさん!?!?!? 俺のことか!?!? そんなこと言って娘とヒソヒソさせてもらえると思うなよカスが!!!!!!!!」


「しまった! 忘れてた! 違うんです警部、嘘なんです! 警部はおっさんなんかじゃありません! 」


「うるせー! 死ねぇーーーー!」


 鼻森岡は拳銃を抜きその場で発砲し、撃たれた疾虎は帰らぬ人となった。鼻森岡は証拠不十分で不起訴となり、紫夜辺 漆子は裁判の結果、しっこ溺死刑となった。

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[一言]  ぜんぶつっこんでると、きりがないので(笑)  少ない情報を小出しにすることにより、規模の大きくない事件がフェイズを重ねて、わりと重厚な物語になっているのに舌を巻きました。  名探偵の死に…
[良い点] ミカンコ11より再度参りました。 脳みそがグラングランする固有名詞とシュールさに振り回され続けて犯人と犯行がどうでも良くなってしまう読み心地でした。 [一言] 終わってみれば動機と犯行が一…
[良い点] この度はミカンコン11にご応募いただきありがとうございます。弊コンテストの参加者満足とイメージダウンとを天秤にかけて悩んだ末、抽選に当たったことにして感想を書いてあげる運びとなりました。お…
感想一覧
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