「お前を愛する気はない」と言われた公爵夫人。愛人疑惑が出た夫の日記を見つけてしまった。
「アリス・ラプソディ。この結婚は家同士の結婚だ。私は、君を愛する気はない」
その言葉が、旦那様にかけられた初めての言葉だった。
私、アリス・ラプソディはこの度、ルーカス・ジェニュイン公爵と結婚をした。
「ど、どうしてそのようなことを……?」
式を上げる寸前。控室で待っている時の事だった。あまりの衝撃に、言葉につっかえながらも理由を問う。
「……理由はない。外で囲うのならば愛人を作ることも許そう。多少の贅沢には目をつむる。好きにしろ」
そう言って、ルーカスは控室を後にした。
式の最中。私は、ルーカスの発言をずっと繰り返す。
何かを言わなければ。何を言えばいいのだろう。何があったの。
何か言いたい。けれど、何を言えばいいのか固まらない。
「お二人とも、おめでとうございます!」
「アリス様、ピンクの髪と大きな目に白いドレスが映えてなんと可愛らしい……!」
「見ろ!宵闇の髪に月の瞳を持つジェニュイン公の、なんと凛々しい事か」
「お人形のような奥様に、彫刻のような旦那様。お似合いの二人ね」
口々に私たちを祝ってくださる方の言葉を聞きながらも、ずっと先ほどの事を考えてしまう。
(ルーカスは……。やはり結婚が嫌だったのかしら……)
聞きたいけれど、それで拒絶されたら嫌だった。だから、何も聞けなかった。
「……ん……」
「奥様、おはようございます」
懐かしい夢を見ていた気がする。目を開けると、最近になってようやく慣れた天井が目に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます。旦那様が、食堂にてお待ちです」
「用意をするわ。ルーカスには、お待ちいただくように言ってもらえる?」
「かしこまりました」
私付きの侍女が頭を下げて、部屋を出ていく。同時に、別の使用人たちが部屋に入り、今日着る私のドレスを選んでいく。
その様子を見ながら、今朝の夢について思い出す。
(久しぶりだわ……。あの夢を見るのは……)
彼と結婚してから、二年がたった。
(あの頃よりは、お話をしてくれるようにはなったけれど……)
それでも、最低限の話しかしない。
ドレスを着せてもらっていると、さっき要件を伝えに出ていった侍女が戻ってきた。
「奥様、旦那様からの言伝です。『構わない』とのことです」
「わかったわ。……あ、髪は下ろしてちょうだいね」
「かしこまりました」
支度が終わり、食堂へと赴く。ドアを開けてもらうと、正面に一人の男性が座っていた。
「遅かったな。アリス」
不愛想な声音、眉間にしわが寄った表情。そんな姿すら、美しいと思える美貌を持つ夫。
「申し訳ありません。ルーカス様。昨日は、少し忙しかったもので」
「そうだったか。……食事を」
私とルーカスの決まり事……ではないけれど、彼は何故だか私と食事を一緒に取りたがる。
結婚してから、ルーカスが忙しくない限りはずっとともに食事をとっている。
(宵闇の髪、月の瞳……)
夢の中で誰かがルーカスの容姿について触れていた。本当に美しい。ずっと見ていても全く飽きない。
「アリス。忙しかったのは、伯爵家の仕事か?」
食事が終わり、お茶を飲んでいるとぶっきらぼうにルーカスが訪ねてきた。
「ええ。収穫量がようやく戻りましたので」
「そうか。……君はジェニュイン公爵夫人なのだから、出過ぎた真似はするな」
「わかっております」
ちらっと私を見て釘をさしてくるルーカス。彼は、いつもこうだ。
今日の予定を頭の中で確認する。その中で、ルーカスに許可をとらなければならない予定がある事に気が付いた。
私は、手を合わせ彼に笑顔で話しかける。
「そうだわ。今日はお茶会があるの」
「そうか」
「ええ。西棟を使ってもよろしいでしょうか?」
「この家の主人は君だ。好きにしろ」
相変わらず不愛想に、ぶっきらぼうに返すルーカス。それでも、結婚した当時よりは彼の感情が分かってきた気がする。
それでも。
(彼は私を……愛しているのかしら……)
「ジェニュイン公爵夫人、お招き有難うございます」
午後から、仲の良い友人を数人呼んでお茶会をする。
話はファッションから、愚痴など多岐にわたる。
隣国の誰かが婚約を破棄した。
誰かが、愛人を新しく囲っている。
あの家では、跡継ぎ争いが激化している。
それらを私は笑顔で聞き、相槌を打つ。
(噂話……。よく途絶えませんわね……)
「ところで、聞きました?ジェニュイン公爵様のこと」
「何がかしら?」
最近、新たにお茶会に参加した伯爵夫人がささやいた。
「どうやら、彼は外に女性を囲っているそうなの」
その言葉に、すっと背筋が凍った。
「そうなの」
冷静に答えカップを持つ。全身の震えが止まらないけれど、そんな様子を出さないようにニコっと笑う。
そのあとの事は、覚えていない。
茶会が終わった後、自室でぼんやりと外を見ながらさっき言われたことを反芻する。
『ジェニュイン公爵がひいきにしている店にね、一人の女性が入ったらしいの。その女性をジェニュイン公爵が気に入って、囲っているって噂なの』
伯爵夫人は嬉々として話していた。声が大きくなっていたけど、それを注意する気も何もなかった。
「私は……」
顔を覆い、うなだれる。ふと手に水が当たる感触を感じ、泣いている事に気が付いた。
「貴方を、愛してしまったの。ルーカス」
絞り出したような枯れた声で、私は夫であるルーカスへの愛を呟いた。
愛する気はない、と言われたとき私の心に浮かんだのは「納得」だった。
生家であるラプソディ家は、広大な畑と湖を持つ伯爵家。ルーカスは、裕福な公爵家。
ラプソディ家が困窮してきたため、穀物と水を融通する代わりに融資を受ける。その際、約束を破らないようにと念押しされた婚約だった。
初めてルーカスが自宅に訪れた時、衝撃を受けた。あまりにも、彼が美しかったからだ。
宵闇を映した髪。
黄金の瞳。
すっと通った鼻筋に、切れ長の目。
細いけれど、細すぎず厚みのある身体。
会ったばかりのルーカスは、私の全身をじっくりと見降ろしていた。不躾な目線だったけど、不快なことを表情には出さず笑顔で乗り切る。
『アリス・ラプソディと申します。ジェニュイン公爵様。年は16になったばかりでございます』
私の言葉に目を丸くして、驚いたような表情をしている。
私の容姿は同い年の子よりも幼い。ピンクのウェーブがかった髪に、ピンクの大きな目。
少女のようと言われた容姿を羨ましいとも言われた。容姿によって、大人として見られない時もあった。
だからルーカスの容姿が少しだけ、羨ましいと思った。
ルーカスは何も言わずに、その場を去っていった。お義父さまからは、平謝りされた。
結婚後、彼は一応は寝室に通ってくれている。それは、跡取りを残すための義務だからとルーカスも私も割り切っていた。
それでも、私はだんだんと彼に惹かれてしまった。
ふと気が付くと、私は椅子に座ったまま寝てしまっていた。窓の外を見ると雨が降っている。
「……そうだわ、手紙を出さなきゃ」
次は公爵家で夜会をする予定になっている。招待する予定の方たちにお手紙を書かなきゃ。
「あら……レターセットがない」
引き出しを開けると、何もない。そういえば、今回のお茶会に招待した方への手紙で最後だった。買い足そうにも、買いに行く時間などを考慮するとあまりない。
「ルーカスの書斎に行きましょう」
結婚した当初、『ここの棚は好きにしていい』と言われた。そこに確かレターセットがあったはず
書斎に行き、お目当てのレターセットを手に取る。部屋から出ようとしたとき、ふと題名のない本が目に入った。
「これ、何かしら……」
「奥様!いらっしゃいますか!」
家令が慌てて私を探している、書斎から顔を出すと汗をかいた家令と目が合う。
「私はここよ」
「申し訳ございません。旦那様がお帰りになりました」
あまりに早い帰宅に驚く。
(雨が降っていたからね……)
ルーカスは定期的に騎士団に出向いて、稽古をつけている。今日がその日なのを思い出した。
「わかったわ。雨が降って冷えているでしょうから、ルーカスをお風呂に」
「かしこまりました」
私は執事に指示を出しつつ、慌てて部屋へと戻った。題名のない本も一緒に持ってきていたことに気が付いたのは、寝る前の事だった。
「これ……どうしましょう」
何が書かれているか分からない。もし、機密文書だったらすぐに戻さなきゃならない。
けれど、ルーカスはそういった文書は私の目の届く範囲にはおかないはず。
「……」
どうしても、気になって一ページだけそっとめくってみた。もし見ちゃいけないものだったら、すぐにページを閉じて彼の書斎に返しに行けばいい。
『アリス・ラプソディと婚約をした。ピンクの長い髪にピンクの大きな目。幼い容姿から10歳くらいだと思った。16歳だと知って驚いた』
「日記……?」
持ってきていたのは、ルーカスが書いた日記だった。
(き、機密文書ではないけれど機密文書ね……)
『多少の贅沢には目をつむろう。女性とは、ドレスや宝石に興味があると聞く。少しくらいであれば、ジェニュインの財産が揺るぐことはない』
「私、散財すると思われていたのかしら」
全員が全員、宝石やドレスに興味があるわけじゃない。
またページをめくる。
『二週間がたった。予想に反して、物をねだってくることも我儘をいう事もない。見た目通りに中身も幼いと思っていたら、どうやらそうでもないようだ』
「やっぱり見た目で誤解されるのしかしらね……」
幼い見た目で何度『お嬢さん、ここは大人が来るところだよ』と言われたか。
過去にあった嫌な記憶に唇をかみしめながら、次のページをめくる。
ルーカスは、毎日日記を書いていた。大体は、仕事の反省点や部下への注意の仕方など。
そして、私との話も書いてあった。
『かなり賢い女性だ。領地について話をしたら、思いのほか盛り上がってしまった。今度、領地の歴史書を持っていく事にする』
「盛り上がってたのね……」
私が話して、ルーカスが相槌を打つ。ルーカスの反応が薄かったから、つまらないと思われたいのかもと考えていた。ただ、そうではなかったらしい。
『父から、何があっても食事だけは一緒に取れと言われた。結婚してから、食事は一緒に取っている。女性と食事をとるのは、あまり好きではなかった。なぜなら、食事中もうるさいからだ。ただ、なぜだか不思議と一緒に食事をとりたいと思った』
「お義父様からだったのね……」
最初のきっかけは、お義父様だったとしても今の彼は自主的に私と食事を共にしてくれている。
それにしても、ルーカスは女性に対してかなり偏見がある。どうして、こうなってしまったのかしら。
夢中で読んでいるうちに、日付が昨日のページになっていた。
『もうすぐ、彼女の誕生日だ。まだ何を贈るかすら決まっていない。色々と店を回っているが決まらない。改めて彼女に愛を伝えたいと思う』
バサッと日記が落ちた。
全身が熱くなり、心臓がどきどきと高鳴る。
ベッドに倒れ込み、顔を手で覆う。足がばたばたと動いてしまい、侯爵夫人がはしたないと心の隅で思う。けれど、それすら気にならないくらいに体中が歓喜に満ち溢れていた。
「ルーカス……!」
彼も、私と同じ気持ちだった。
ただ、今の私には日記を盗み見てしまったことに対しての罪悪感もある。
(明日、きちんと話をしましょう)
まず日記を持ってきてしまったことへの謝罪、中身を読んでしまったことについての謝罪、あとは。
それらを考えているうちに、気が付いたら眠ってしまっていた。
「奥様!奥様!」
「ん……。あら、……もう朝?」
侍女に身体を揺り起こされる。目を覚ますと、すでに朝日が上がっていた。
それにしても。
「何かあったの?」
この家の使用人は乱暴に私を起こしたことがない。こんなに慌てて起こされるなんて。
「その……。女性が来ていまして……」
「女性?誰かしら」
こんなに朝早く、私を訪ねてくる女性なんて。
(まさか……)
私の気持ちを読むように侍女が言いにくそうに口を開く。
「旦那様の、その……。関係者だという方が来ております」
「貴女が、アリス?」
応接室に行くと、女性が一人座っていた。白銀の短い髪に深い海を映した青い瞳。すっと通った鼻筋に、メリハリのある体。
まるで女神のような女性だった。
「ええ。ジェニュイン公爵夫人のアリスと申します」
カーテシーをとる。女性は立ち上がると、私のすぐそばまで来てじろじろと見つめてきた。
「貴女が……。はぁん……なるほど……へぇ……」
「何か御用でしょうか」
その視線を受け流し、笑顔で訪問の理由を聞く。
「あ、ルーに用があってきたのよ。まだ、いるわよね?前に話してた領地についてだったんだけど」
女性は私を見ると妙に嬉しそうな顔をしていた。
ルー。ふらりと一瞬だけ、目の前が揺らぐ。
私ですらまだ呼んだことがない、ルーカスの愛称。
(やはり、この方がルーカスの……)
ぐっと、手を握る。噂の女性とはこの方だったのね。ぎゅっと胃が締め付けられるような痛みを感じる。それと同時に、頭のどこかがスーッと冷えていくのを感じた。
(かなわない……)
この女性とルーカスが隣に並ぶところを想像してしまった。正反対の色を持つ二人だけど、並ぶと不思議と違和感がないように思える。
それと同時に、納得した。あの、日記に書いてあった女性は私だと思っていた。けれど、そうじゃない。
あの日記に書いてあった女性は、目の前の彼女だ。
「ルーに前言っていた領地に行く話と……。あと、頼まれていたものがあるから来たの。ルー、まだいるわよね?」
輝くような神秘的な見た目とは裏腹に、彼女は気軽に私に話しかけてくる。
私とは正反対の女性。明るく、その場にいるだけで周りが華やぐような雰囲気にのまれそうになる。
「お引き取りください」
私は背筋を伸ばし彼女の目をぐっと見つめ、出来るだけ冷静に言い返す。
「先ぶれも何もなく突然訪れることはマナー違反です。それに、私の夫であるルーカスを愛称で呼ぶなんて、貴女はいったい何者なんですか」
「えっと……。アリスさん?」
「貴女が……。噂にあがっていたルーカスの恋人であることは、知っています。貴族社会では、愛妾を許すのが正妻の務めです。ですが、私は……」
言いよどむ。それでも、今言わなければ。
ルーカスがたとえ私を愛していないとしても。
たとえ、日記に書くほど大切な女性がいたとしても。
「私は、ルーカスを愛しています。ルーカスに他の女性がいることに耐えきれません。手切れ金であれば、貴女の望む金額をお渡しします。ですので、お引き取りください」
「……あの、何か勘違いしていない?」
「何がですか」
まだルーカスに対して、未練があるのだろうか。肩で息をしていると、背後からばたばたと音がした。
「アリス!姉上!何をしているんだ!」
振り返ると、焦ってきたのか寝ぐせを直さないままのルーカスが立っていた。
……待って。
「……姉上?」
「私をルーの恋人だと思った!?」
そう叫ぶとルーカスの姉である彼女……エレノアは、大声で笑った。
私はいたたまれなくなり、身を縮こませる。隣に座っているルーカスが咳払いをした。
「……あまり笑うな」
「だって……!まさか、噂されてたなんて、思わなくて……!はーぁ、笑った。……まぁ、仕方ないわ」
この髪と目だしね、とエレノアはあっけらかんと話した
話を聞くと、エレノアとルーカスは腹違いの姉弟とのことだった。
エレノアが前妻の子供であり、ルーカスが現妻の子供。
「でも、どうしてこの家の人は知らなかったの?」
ここに住んでいたのであれば、使用人たちが知らないはずがない。にも関わらず、彼等はエレノアを知らなかった。
私の問いに、エレノアはカップを持ち伏せた目で話をした。
「あー……。実をいうとね、私。隣国に行ってたの。ここは、女性が爵位を継げないでしょう?公爵家の生まれだから、この国の王族に嫁ぐこともあったんだけど。ただ、なんていうのかな……。友好国との絆をつなぎたいってことで、隣国の王太子に嫁いだの」
「知らない国に姉さんを一人、行かせるわけにいかなかった。両親と考えて、古い使用人は姉さんに、この家には新しい使用人をいれることにした」
そういえば、結婚当初に言われたような気がする。『ここにいる者は皆、新たに雇った者たちだ』って。
「な、ならなぜここに……?」
「婚約破棄されたの。あ、私に過失があるわけじゃないのよ。あっちで婚約破棄をされてね。それで、私はこっちに戻ってきたの」
婚約破棄をされた!?仮にも王太子に嫁いだお方が!?
私が、落ち着かない気持ちを顔に出さないようにしつつも おずおずとエレノアに質問をした。
「あの……。こちらでの生活などは……」
「あぁ。知り合いがやっている店にお世話になっているの」
彼女は明るく笑いながらそう答えた。
エレノアが教えてくれた店は、最近王都で話題のアクセサリー店だった。
「ルーがやってきたときは驚いたわ。急に『妻に合うアクセサリーを選んでほしい』なんて言いに来たんだから。あれだけ、女性に対して嫌悪感を抱いていたのに……。まさか結婚していたなんてね」
「それはだな……」
「エレノア様。……その……。嫌悪感とは?」
「あぁ。ルーって見た目は良いでしょう?昔から、いろんな女性に言い寄られていたの。それで、うんざりしちゃって女性に対して距離を置くようになったわけ」
結婚当初の態度。どうしてあんな冷たい事を言ったのかと思っていけれど、女性に対して距離が出来ていたのが原因だったのね。
(だからといって……。あの言い方は……)
「アリスさん、何かルーが失礼なことを言った?」
「い、いえ……。えっと……」
「それについては、私から謝罪をしたい」
ルーカスが宣言すると、彼は一度立ち上がり私に頭を下げた。
「ル、ルーカス!?」
「……結婚当初、私はアリスに酷い事を言った。今更、謝罪をしてもアリスは許してくれないかもしれない。許さなくてもいい。すまなかった」
ルーが謝った……!?と拍子抜けしたような声を上げるエレノア。私はどうしたらいいかわからない。
混乱のさなか、ルーカスの日記の事を思い出す。
「あ、あの私も謝らなければならないことがあるんです。……その、貴方の日記を読んでしまって……」
「私の日記……?」
私はルーカスに説明をした。レターセットを取りに行ったこと、そこにあった日記を読んだこと、そこに書かれていた女性が私ではなくエレノアだと思ったこと。
全て説明をし終え謝ると、ルーカスは顔を青くしていた。
「アリスの名前……書いておけばよかった……」
「あ、あの……。日記を読んだことについては、怒っていないの?」
名前を書いておけばよかった。それだけなのも、気になる。
私が訪ねると、ルーカスは少し考える素振りを見せた。
「……私が、アリスに使ってもいいと言っていた棚だから」
それに、日記をあの棚に置いておいた私にも落ち度がある、とルーカスは落ち着いて話をした。
(覚えていてくれてたんだ……)
「ルー。貴方、アリスさんに渡したいものがあるって言ってたんじゃなかった?私がここに来た理由は、頼まれていたものが出来たから来たの」
エレノアはそう言って、持っていた袋から箱を取り出す。
「はい」
「ありがとう。……アリス」
ルーカスはエレノアから箱を受け取ると、私の目の前に跪く。
「ル、ルーカス!?」
がたっと思わず立ち上がってしまう。ルーカスは私の様子に笑いながら、箱を開けた。
ローズクォーツとピンクダイヤがあしらわれたネックレスが入っていた。
普段使いに向いている、シンプルなデザイン。
「こ、これは……!?」
「誕生日プレゼントだ。……アリス、改めて言いたい。愛している。ずっとそばにいてほしい」
「ルーカス……」
「……あの時、私は君に酷い事を言った。女性に対して偏見を持ったまま、君に接してしまった。君から平手打ちされようが、離縁をされようが構わない。もちろん、。援助は打ち切らない。それでも可能であれば、ずっとそばにいてほしい」
「構わないわ」
はっきりとルーカスに対して返事をした。混乱したような顔をしているルーカスが私を見つめていた。
「い、いいのか……?」
「ええ。……だって、今はそう思っていないんでしょう?それに……。嫌いな人に贈るには、高いプレゼントだもの」
「……アリス……すまない……!」
ルーカスは泣きながら私を抱きしめた。私は彼の背に腕を回す。
それから、ルーカスの態度は変わった。
私に対して、常に愛を囁き夜も毎日通ってくれるようになった。
「アリスー!元気ー!?」
「エレノアさん。元気ですよ。この子も」
私は大きくなったお腹をエレノアに見せる。彼女はあの後、別の男性からプロポーズをされ結婚をした。
「アリス。あまり、動き回ると子が……」
「ルーカス、少しくらいなら大丈夫よ」
「だ、だが……」
ルーカスは相変わらず日記を書いているようだった。彼にならって私も日記を書き始めた。
つづるのは、ルーカスについて、生まれてくる子供の名前や領地など多岐にわたる。
それとは別で、私とルーカスは交換日記を始めた。エレノアからは「一緒に家にいるのに何で?」と言われたけど。
「アリス。子の名前はどうしようか」
「ルーカスが決めて。それを日記に書いてちょうだい」
面白かったら評価お願いします。