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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
水呑み百姓のせがれが剣を振るえる世でごわす
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怖い怖い婚礼の場

 婚礼の場は陸軍海軍がケンカしそうな勢いだった。

 面子?

 子供が泣いているというのに、その幼子に鞭をくれてやれだなんて!

 子供に鞭をくれてやることがこの場を納めるたった一つの方法?

 大の大人達が小さな子供を生贄にするつもり?


 私は自分の夫となったばかりの、加藤衛かとうこのえ様を盗み見た。

 ……やっぱり石化していらっしゃった。

 それも、私の心を抉るような父子像だ。

 彼は我が子を抱えて、子供に降りかかる折檻から守ってやりたいという顔をして、だけど、自分がその折檻をせねばならない事情に苦しんでいたのである。


 世の奥方は夫を立てるためにどれだけ頑張っているのかと、私は世の立派だと称される男性の妻達に尊敬の念ばかりが大きくなった。


 さあ、りま。

 あなたは結婚したのだから、その目の前の男の後ろに控えた風にして、その男を自分で動かすのよ!


「衛さま。私が今日からその子の母ですか?」


「あ、ああ?」


「では、その子をわたくしに。」


 私が両手を差し出すと、衛はさらに息子をぎゅうと抱きしめ直した。

 いや、子供こそ私が怖いと彼にしがみ付き直したのだ。

 けれど、ここで私が引き下がっては、この停滞した場の雰囲気がさらに悪化するだろう。


「衛様。わたくしを妻に娶ったからには、私をすぐにでも母にして下さらねば!」


「り、りま、どの?」


 私の言葉になぜか衛が真っ赤に顔を染め、周囲の男達が卑猥な忍び笑いを一斉にしたのは意味が分からないが、とにかく私は鬼のような気持ちで両手をさらに差し出した。


「さあ!私が母であるならば、私が母として躾をいたします。さあ!こちらへ。」


 彼の真っ黒な目の中の瞳孔はぐんと開いた気がした。

 そして、口元も嬉しそうに綻んだ?

 彼は私の方へと彼の子供を抱え上げた。

 両の脇の下に手を入れられて宙にブランと浮く子供は、まるで他家に迷い込んで捕獲された猫みたいで、私は可愛いと思ってしまった。

 私はその子を受け取ると、まずは膝に抱くようにした。


「さあ、手が伸ばせるなら私から蛙をまず剥がしてくださる?」


 私に抱かれて脅えた幼児は、私の言葉を聞くや真ん丸にしていた目玉が今度こそ零れ落ちそうなほどに目を大きく見開いた。

 だが彼は父親よりも柔軟らしい。

 石になることもせず、バランスの悪い体勢でありながら意外に素早く私の胸元から蛙を剥ぎ取ってくれたのである。


「よろしい。自分でやった事の不始末をよう始末しました。ですが、失態は失態。罰は与えますよ。」


 蛙が彼の拠り所なのか、蛙を胸にぎゅっと抱きしめた幼子は、ぎゅっと脅えた様に目を瞑ったが、それでもこくんと私に頷いて見せた。

 ああ、なんて健気で可愛らしい子なの!


 私はその子供を肩に担ぐようにして抱き直した。

 そして、小鼓こつづみを叩くようにして彼のお尻の辺りをぴしゃりと叩いたのである。

 彼を支える自分の手の甲こそ強く打ったのだから、その音はかなり大きく聞こえたはずだ。

 私は彼を肩から降ろすと、もう一度膝に乗せた。

 それから、ゆっくりと聴衆を見回した。


「これでようございましょう。男児おのこは元気が一番と、海の男である父上様、兄上様は申しておられます。まさか、陸の方々は大人しい童の方が好みではございませんわよね。」


 ほほっと笑って見せると、海軍の方の席から一斉に笑い声が湧きたった。

 その笑い方が小馬鹿にしたような音を含んでいて、私の振る舞いのせいで帰って場を悪くしたのかとヒヤッとしたが、それこそ杞憂だったようだ。


 陸軍の一番偉い席に座っていらっしゃった方がそこで大笑いをはじめ、そして、なんと、私達の席の方へ両手まで差し出してきたのだ。


()となったな。(おい)が名付けた藤吾は秀吉さまにちなんだものだ。込められた部屋から逃げ出すとは、末頼もしいわろだな。」


()よおっしゃいますか?加藤の子じゃっで藤吾で()かと名付けてくいやったのじゃんそが!(くださったのでしょうが )」


 衛が気安そうにその偉い人に言い返した事に驚いた。

 その偉い人の胸には燦然と輝く勲章数々があるのだ。

 その勲章は、その方があの西郷様の右腕である陸軍少将様だと語っているも同じで、私はようやくこの場に集まっていた面々の存在を身に染みた。


 いや、夫となる男が少尉でしかなくとも、陸軍海軍の和合の印になれる存在なのだと思い知ったのだ。

 こんなすごい人を私の夫にしてしまうの?


 脅えた私は末席に控える兄様の姿を探した。

 彼は、利秋さまは、私がいつも望む私を安心させてくれる笑顔を返してくれたが、末席に座る彼との距離が遠すぎると思った瞬間、私の胸にはズキンと裂けた様な痛みが走った。

 ああ、いやだ。

 私は気が付いてしまった。

 私はもうお兄様に頼ることができない身の上だ。


 違う、そうじゃない。

 この胸の痛みはそうじゃない。

 私は利秋さまの妻にこそなりたかったのだと、自分の初恋に気が付いたのだ。

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