俺の花嫁
俺は明日には暴漢に殺される。
そんな事を確信してしまいそうになるほどに、俺の花嫁は美しい人だった。
真黒な髪を日本髪に結い上げて、首まで白く白粉を塗られたその姿は天女のようでもあり、死んだ俺の女房とは全く違う人種にも思え、死んだ女房に久しぶりに罪悪感が湧いたほどだ。
かっての女房は、俺が彼女をないがしろにしすぎると毎晩俺を罵り、そのうちに別の男性と恋仲になり、俺から逃げるその道中で馬車の事故で死んだのだ。
たった三年ぐらいの過去であるのに、こんなにも簡単に他の女性に心が惹かれてしまうなんてと、俺が帰って来なくて寂しいからと浮気した女房の気持ちもわかるってものだ。
それに、女房も辛かっただろう。
俺と同じ学も家柄もない女だった。
単なる野武士と花店の女の夫婦であるときはそれなりだったのに、俺が少尉となったがために、一段も二段も上の人間と付き合わざるを得なくなり、その身の上の教養の無さをあげつらわれて虐げられたのだ。
俺でさえ時々辛くなるというのに、子供を産んだばかりの彼女にはどれほどの辛さであっただろうか。
――おらは、タゴキチんとこの三番としか呼ばれないあんたの方が好きだった。
――その胸のキラキラが増えるたびに、おらはみじめに情けなくなった。
駆け落ちの準備をしていた彼女を見つけた時に、彼女に下駄を投げられながらそう罵られたと思い出した。
俺の頭に息子の泣き顔が浮かんだ。
俺のせいで母親を失った哀れな息子。
それでも俺の為にとせっかくめかし込んだというのに、俺の結婚式に出席させてもらえずに、料亭の使用人部屋のような場所で控えさせられているという哀れさだ。
「おとう。俺はおとうが結婚したら下働きして、おとうの事をおとうと呼んじゃいけなくなるの?」
誰がそんな嘘を息子に囁いたのか。
しかし、ここで俺はハッとした。
嫌な事に気が付いてしまったのだ。
家柄の良き妻の産んだ子が息子だった場合、その子を俺の跡継ぎに据えるようにと妻方の親族が動くのではないだろうか、と。
ハッとした俺は無意識に隣に座る妻へと視線を動かしており、そのせいで俺は対処しなければいけないことが出来なかった。
泣きながら部屋に飛び込んで来た息子が転び、なんと、息子が大事にしていた蛙が花嫁の胸にびたっと貼り付いたのである。
「ああ、いかん!」
混乱しただけの俺に対し、蛙に抱きつかれた花嫁こそ気丈だった。
彼女は気丈どころか、固まり混乱するだけの俺を動かしてくれたのだ。
「いえ、あの、この蛙さん。私では触れませんから、あなたが捕まえてお庭に逃がしてくださらないかしら?」
息子の失態を責めるどころか、自分を汚した蛙にさえ見せた気高き優しさ!
イボも無く美しい事この上ない天女の中身が菩薩だと?
俺はやっぱり、明日には、雷にでも打たれて死ぬのかもしれないな。