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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
水呑み百姓のせがれが剣を振るえる世でごわす
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祝言おめでとう!

 結婚式は陸軍と海軍の代理結婚みたいなものだった。

 花婿側の親族席にはずらっと陸軍のお偉いさんが並び、私の方の親族席には同じように、それまた陸軍と対になるような階級の偉い方々が並んでいた。

 本当の私の親族となる桐生家は、お父様が上座でも真ん中あたりの席、そして、悲しい事にお兄様が末席近くという遠いお席だった。

 少佐の上には中佐もいらして大佐もあって、その階級にお一人ってわけでもないですものね。


 けれど、花婿側の親族はもっと可哀想だろう。

 部屋にも入れて貰えず、別の部屋に押し込められているというのだ。

 私は隣に座る石像をチラリと横目で見た。

 石像なんて失礼だが、彼は私に何の言葉も掛けないし、座ったまま微動だにもしないのだ。

 自分の旦那様が石で出来ているのでは、なんて邪推するほどに彼は本気で動かない。

 私との結婚がとても嫌なのであろうか。

 

「あ、こら!」


 誰かの叱責の声に顔を上げれば、膳を運んできた女中に交じって幼い子供が部屋にぱたぱたと足音立てて走り込んで来た所だった。

 その子供は涙どころか鼻水もダラダラとたらした汚い顔をしており、その憐れな様に彼が下働きに売られたばかりなのかと私の心が痛んだ。


「おとう、おとっつあん。」


「藤吾!」


 子供の名前を呼んだのは、私の隣で石化していたはずの花婿だった。

 驚く中、子供は父親の声に父親の居場所を知ったのか、一直線に父親の元にかけてきて、そして、大きく転んだ。

 私の方に何かを飛ばして。


「わあ!」


「なんていう事を!」


 私の胸には大きなヒキガエルがびたっと貼り付いており、白無垢にそれはとっても目立つ不気味な装飾となった。


「ええと。」


「ああ、すまない!なんてことを藤吾!」


「ああ、いいえ、よろしくてよ。まあまあ、蛙さんも脅えてしまって。ねえ、縁側を開けてもよろしいかしら?この子を逃がしてあげなければ。」


 私はいつものように行動してしまっただけだが、婚礼の席は水をうったように静まり返って、全ての視線が私に刺さっていた。


 ええ?


 私は失敗したのかしらと、私が失敗したらこれは桐生家の恥かしら、と、急にパニックに陥ってしまったのは仕方が無いだろう。


 こういう時にはどうするべき?

 西洋の女性はどうするかしら?


 あ、鼠を見たら気絶する練習をする人たちだったわ!


 私はごくんと唾を呑み込むと、夫となったばかりの男を見返した。

 ま、まあ!

 石化していた時の横顔も実は石像のように素晴らしかったのだけれども、正面も完ぺきだった。

 河原で見た時と違って黒紋付き袴の彼は凛々しいどころでなく、短髪を後に撫でつけたせいで理知的な額と目元の彫りの深さが際立っている始末だ。


 つまり、まっこと見栄えの良い男となっているのだが、彼はどうしてよいのか分からない不安でいっぱいの眼つきと表情をしていた。


 彼の脇には、彼にしがみ付いて泣いている子供もいるのだものね。

 でも、頼りにならないのはどうなのかしら?

 私はほんの一瞬だけ考え、奥様は旦那様を采配するものだとタキが言っていたと思い出した。


――お嬢様。妻を奥様と呼ぶのは、妻は屋敷の奥に籠って、そこから旦那様を操り動かすからでございますよ。賢い女が妻になれば家が繁栄するというのはそういう事でございます。


 ええ、肝に銘じますわ、タキ!


「ええと、このえ、さま?」


「な、なんでしょう。あの、息子が。」


「いえ、あの、この蛙さん。私では触れませんから、あなたが捕まえてお庭に逃がしてくださらないかしら?」


 私の急な願いに対し、彼は物凄く嬉しそうに笑った。

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