取りあえず決まったから
久しぶりに本部の上司に呼ばれ、新たに士族の叛乱でも起きたのかと上司の執務室に出向いて見れば、俺の結婚話が出来上がっていた。
俺には断る理由もなく、断る自由もない。
何事にも「はあ。」としか答えられない身分である。
「海軍で有名な桐生家の御息女だ。齢十八歳という所か。」
「はあ。」
「――どこにでも嫁げる程の家柄だろうに。もしかしてだな、蛙の様なイボだらけの女かもしれぬぞ、ハハハ、まあ、美人は三日で厭きるというしな、醜女は情に篤いと言うし、なあ?」
この上司、俺に対して最初から心象が悪かったのか、俺を呼び出すときには必ずや俺への嫌味や嫌がらせという小さなことをしてくるのだ。
「どうした?やはり醜女は嫌か?お前の美人と有名だった女房は、花店に行かねば捕まらないだろうに。いやいや、戊辰で彰義隊を蹴散らしたと有名なお主でごわすな。」
笑顔を保つのが精いっぱいだったが、俺は自分に言い聞かせた。
斬る価値もない、耐えろ、と。
「昼行燈が!」
どうして俺を怒らせたいのだろうかと上司を真っ直ぐに見返せば、彼は俺に対して初めてすまんと謝って来たのである。
「戊辰の時のわい(お前)はどけ行た、そう考えてイライラしてしまうのだ。今のお前を見るとな。」
「戦が終わった所では、そいくさ(それこそ)不要なものじゃないですか。」
「俺は戦場のわいでいて欲しかったぞ。」
実は良き上司だったらしい男に、俺は深々と頭を下げるしか出来なかった。
両親が水吞み百姓でしかない俺は、維新の混乱時に身を立てるべく剣を持って紛れ込み、そこで気が付けば今や少将となられた方に目を掛けられていた。
彼のもとで軍功を上げたことで、俺は少尉の位まで賜ったのだ。
けれど、表面上は戦争が終わった平和な場所では、力自慢だけの全く学が無い者は、駒としては使えない独活の大木でしかないのである。
そこで恩人は、出来たばかりの士官学校に、学のない俺を特例で兵務の講師として放り込んでくれたのだ。
そこで俺も勉学に励み教養をつけ、使う駒を自分で育てろと言う事らしい。
なんて言う親心。
しかし、特別扱いを受ければそれなりな反発も起こる。
他の講師や生徒にとっても俺は百姓出の分不相応な成り上がりでしかなく、事あるごとに戦も知らない彼等に馬鹿にされる情けなさだ。
情けなさすぎて、女房にも逃げられてしまった唐変木なのだ。
「まあ、なんだ。それでも海軍と陸軍の和合の為にお前が選ばれたのは、その、ああ、少将様のお口添えがあったからと聞ちょる。醜女だろうが、身分の高いお姫様を娶れるんだ。ありがたく受けろ。」
俺は確かに喜んで受けるべきだろう。
一生嫁の来てが無いはずだと諦めていた俺なのだから、と、単なる縁結び以上の思惑の中で選ばれた事こそ光栄ではないのか?
だが、相手にも心があるのだ。
俺のお相手に差し出される彼女こそ、無垢で世間知らずに違いないのだ。
「あの、俺が過去に結婚していて、五歳の子供もいることはお相手さんはご存じでいらっしゃいますでしょうか?」
上司は俺に余計なことは言うなという目線を寄こした。
「お前の子はそろそろ物心がつく頃だ。女房がいればお前の家に引き取れるのではないのか?」
俺は上司に、お頼み申します、と頭を下げるしかない。
女房が死んだ今、あの子は女房の姉が育ててくれているが、俺の手元でこそ育てたいと望んでいるのだ。