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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
悪徳の実を齧ろと囁くのは蛇なのか、己の心そのものなのか
31/71

いつもよりも素晴らしき家路となるはずが

 夕闇迫るがまだ早い時刻。

 俺はあの謎のお武家様から賜った、鬼が笑う程の先に来年への約束に有頂天になっていた。

 そこで、いざ家族に報告をと、いつもより出来る限り早く兵学寮を出ていた。


 家路への足元は、酒に酔ってもいないのになんと軽やかなことか。

 あともうすぐだと自宅を見つめれば、りまが自宅から犬と藤吾を抱えて飛び出した所だった。


「ハハ、あの様子じゃあの馬鹿犬がまた粗相するところだったな。」


 俺は笑いながら足を止め、りま達が自分に気が付くのを待った。

 それが間違いのもとだった。

 

 馬車がりまと藤吾の脇に停まったと思ったら、馬車から三人の男達がりまに向かって飛び出してきたのである。

 昨夜の利秋は何と言っていた?

 人質を取って俺を縛り付ける?


「お前ら!」


 俺はしゃにむに走り出していた。

 しかし、俺の目の前でりまは一人の後ろから羽交い絞めにされ、そのまま数人の男どもに足などを抱えられて捕らえられた。

 ああ!彼女が馬車に込められてしまった。

 俺の足が遅いばかりに!!


「りま!!」


 藤吾は、ああなんとあの子は気丈なのだ!

 彼は馬車に向かって犬と走り、走った。

 けれど、何かに躓き大きく転んだ。

 それでも藤吾は犬の綱を掴んだままで、そのせいで彼は力の強い犬に引きずられていく!


「藤吾!待て!黒五!」


 俺は息子の名を叫んだが、息子は俺の声など聞こえていなかった。

 いや、彼の意識はそれどころじゃ無かったようだ。

 けれど、犬の方は俺の声にピタリと止まるや、自分が引き摺ってしまった大事な兄貴分へと急いで駆け戻って来た。


「黒五!母ちゃんを!母ちゃんを!」


 黒五が藤吾の元に戻り、そんな藤吾を引っ張り起こそうと藤吾の着物を咥えたが、藤吾こそそんな犬の首を自分へとひっぱった。

 なんと、そこらじゅうを擦りむいて赤い体になっていながらも、犬にしがみ付いて泣きわめくどころか、黒五を走らせるために首輪から綱を外すという最良の判断をしてみせたのだ。

 そして、大飯喰らいな駄犬は、りまと藤吾に愛されるに値する存在だった。

 ああ、黒五が、あの黒い無駄飯ぐらいが、弾丸となってりまを追って行く!


「藤吾!藤吾!」

 

  俺はようやく息子のもとに辿り着き、息子は俺を救世主か何かの様な顔で出迎えてきたことに驚いた。

 まだ赤ん坊な小さなこいつは、擦り切れた赤い頬をしていてのぐしゃぐしゃの泣き顔でもあるが、死地で援軍が来たと喜ぶ兵の顔を俺に見せてくれたのだ。


「とうちゃん!」


「お前、よくやった。よおやった。」


「母ちゃんが、母ちゃんが!」


「わかっておる!」


 藤吾を小脇に抱えると、適当な馬車へと走り、勝手に馬を外した。

 そして、鞍も無い馬に飛び乗ると、そのまま馬を走らせた。


「と、とうちゃ。」


「落ちないように俺にしっかとしがみ付いてろ!」


「はい!」


 俺は馬を走らせ、藤吾が放った真っ黒の目印を目指し、すでに見えないが走って行った方向へとひたすら追った。

 荷馬車しか引いた事のない馬は、背中に人を乗せる事に慣れてはいないが、思いっきり軽い状態で走れると喜んでいるかのように蹄の音は軽かった。

 おかげでほんの少し駆けさせたそこで、俺は大事な人を奪った馬車を見つけられたのだ。


 すごいな!

 あれは凄い名犬じゃないか!!

 同じような馬車が通りを走る中、これだと俺がりまを誘拐した馬車を見つけられたのは黒五のお陰だ。

 やつは馬車にぴったりと貼り付いて、大声で鳴きながら馬車と同じ速度で走っていたのだ。


 俺は馬車に馬を寄せると、馬車の窓に顔を寄せた。

 馬車の中のりまが見えた!

 なんていうこと!狭い車内で押し倒されて、着物の前をはだけさせられているではないか!

 俺の脳みそは真っ赤になるぐらいに沸騰し、怒りのまま、馬車の扉に向かって足で蹴りつけた。


「止めろ!今すぐ馬車を止めろ!」


 ガウン!

 銃の音?


「御者!馬車を止めろ!止めねば頭を撃ち抜くぞ!」


 灰色の背広姿の利秋が俺と同じように鞍の無い馬に乗り、右手に銃を構えて御者へと銃口を向けているのだ。

 何故利秋がそこにいるのか、何故リボルバー銃を所持しているのか、など、今の俺にはどうでも良かった。

 馬車がそこで直ぐに止まったのでどうでもよい。

 俺は馬から降り、腕の中の藤吾もそこで下ろした。


「藤吾、下がっていろ。」


 俺は今から夜叉になるからな。

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