ご婚約おめでとう
「私が結婚ですか!」
洋式風のテーブルに椅子というスタイルで桐生家は食事をとるようになっているが、そんなスタイルでも食べるものは普通にみそ汁にご飯という箸を使うものばかりだ。
私は目の前に座る、本当の桐生家当主、利秋様の父親を見返した。
女が目上の男の人を見返すなんて無礼この上ないが、洋式のテーブルマナーでは同じ席という上下が無いのでこれは仕方が無い。
ついでに私は箸を取り落としてしまっていたが、これは和風だろうが洋風だろうが失態の部類だ。
でも、驚いちゃったのだもの!
結婚?
わたくしが?
鼻髭が左右でちょこんとはねているという洋風に自分を変えた当主様は、私の混乱も気が付かないようで、いつものようにしてその髭を右手で撫でつけて見せた。
「父上、食事中に髭を弄るのは行儀が悪うございます。」
いえ、お兄様、目下の者が目上の人を召使のいる場で窘める方こそ行儀が悪いと思います。
そう思ったが、兄の方が私の目上という事で、兄を私が窘める事こそ行儀が悪い事なので私は何も見なかった事にして落とした箸を持ち直した。
「おお、すまぬなぁ。私も、ほら、動揺しておるのじゃよ。大事な娘の輿入れ話じゃないか。だがなあ、りまはさすが堂本殿の血をひくおなごだ。突然の結婚話にも動揺せんなぁ。」
「お、お父様?動揺して箸を落とした事を無かった事にして下さってありがとうございます。」
「ハハハ、馬鹿正直な娘じゃ。そうそう。相手はな、利秋が君に見せた男だ。陸軍と海軍は仲が悪い。その仲違いの解消の一つとしてだな、陸軍の有能な若者に我が娘を嫁がせることにしたのだ。」
「有能でも身元が悪くて嫁のきてが無かった男でしょうが!」
珍しく兄様が憮然とした声で父親の言葉を遮った。
そうだわ、あの人は兄様の想い人なんだわ!
「あ、あの。わたくしは、桐生家の、あの、お兄様がよろしいと思われた方に嫁ぎとうございます。」
兄はぎりっと歯噛みした。
え、私は間違ってしまったの!
私が見守る中、兄はしばし無言で椀を眺め、それからぽつりと呟いた。
「未亡人の方が利に適うか。」
え?
何が?何が未亡人だと良いのですか?
私が兄様を見守ること数十秒、彼は再び顔を上げると、私に微笑んだ。
にやりと。
私がぞっとするような魅惑的な微笑で。
「君は私のいう事は何でも聞いてくれるんだよね。」
「も、勿論ですわ。お兄様。」






