犬猫拾いの旅路にて
事の発端は三日前だ。
その日の私は藤吾の手を引いて、藤吾の為に猫拾いの旅に出ていた。
いや、犬でも良い。
とにかく困った犬猫、仔猫仔犬の方が尚良い、を、探しに近所周辺を歩いていたのである。
この旅をする事になった事情は、全て衛によるものだ。
蛙以外のペットが欲しいと藤吾が言い出し、私は勿論蛙以外の生き物を彼が友にしてくれる方がありがたいと了解の諸手を挙げたが、父親である衛が首を縦に振らなかった。
「死んだら可哀想だ。」
珍しく薩摩の言葉と標準語が一致した瞬間であったが、彼のその一言で藤吾はがっくりと首を下げた。
「俺は藤吾が悲しがる姿を見たくはない。」
「あなた。藤吾はあなたの言葉で、いま、かなり、悲しがっていますわよ。それに!藤吾は大事に大事に蛙を、ええ!蛙を可愛がっているじゃないですか!犬猫の方が蛙よりも長生きです。蛙さんが年を取った頃も、きっと元気に藤吾と遊んでくれるのではないかしら?」
私の気持ちとしては、藤吾には蛙さんから犬猫に心を移して頂いて、庭の蛙さんには自然に帰って行って欲しいな、と、それ一択だ。
私の白無垢を攻撃してきた思い出の子だけれども、蛙は蛙なのよ。
衛は私の思いのたけを込めた目に後退り、それから、私にいいよと呟いた。
ただし、父親がコロコロ言葉を変えては沽券にかかわると思ったのか、余計な言葉を藤吾に掛けたのである。
「藤吾。わいがしおらし(優しい)のはわかっちょっ。今家に犬を飼こちなったとしてだな、道端で飢えている仔犬を見しけたらどげんすっ?そや飼がならんぞ。(飼えないぞ)」
「じゃあ、じゃあ、父上。俺、ぼ、僕は困った犬や猫を見つけたらそれを飼うことにします!」
「そうか。だが、一匹だけだぞ。」
それから毎日困った犬猫探しをすることになったのだ。
三日前のその日も、なぜ野良の犬猫一匹も見つける事が出来ないのかと、不思議に思いながら探していた。
「何を探しているのだ?」
大好きな声に振り向けば、輝ける利秋様が立っていた。
海軍の盛装となる軍服は白く輝き、胸元にだって金銀の勲章が光っている。
彼の少し後ろには海軍の紋章のある馬車が止まっており、馬車の横には兄の従僕となるだろう海軍の制服を着た青年も立っていた。
「まあ、お兄様。本日も麗しく。白い制服が目に眩しいですわ!」
ぷ。
麗しい兄はそこいらの青年のようにして吹き出して、往来では恥ずかしいぐらいの大笑いをあげた。
「ああ、おかしい。麗しいは私が美しい妹の君に捧げる言葉でしょうに!今日はちょっとした催し物に参加しなければでのこの格好だ。」
吹き出した口元を押さえる利秋様の手には、光り輝く様な真っ白な手袋だ。
いや、この輝きは兄様の内側からかもしれない。
私は口元ではなく、彼の輝きが本気で眩しいと目元に手を翳したいくらいだ。
いえ、夏だもの。
燦燦と輝く太陽が兄の軍服で反射もしている。
ああ、本気で眩しい方!
「まあ、お疲れ様です。ですが、盛装姿の兄様の凛々しいお姿を拝見できるなんて、本日の催し様様ですわね。」
「本当に君は!で、りまの後ろに隠れた秀吉君は、一体どうしたのかな?」
「お、おれ、……ぼ、僕は、秀吉ではございません。」
藤吾は論語を教えてから仁に拘るようになり、俺という言葉が目上には失礼だからと僕というようになっている。
私は自分を俺と言って、私を母ちゃんと呼んだ藤吾も可愛いのだが。
しかし、礼儀正しい子供は大人に大事にされるものだ。
利秋様はしゃがみ込んで藤吾の目線に合わせてくれた。
「そうだね。藤吾君だね。お母さんとお出掛けのようだけど、二人して何かを探しているようだから、どうしたのかなってね。落とし物でもしたのかな?」
利秋様は本当に誰にでもお優しい、と感動した。
私達が困っているようだからと馬車をわざわざ止めて、そうして困りごとを聞いてくださるなんて!
仁をお持ちの利秋様でいらっしゃるから!
「おれ、いえ、僕は困った犬や猫を探しているのです!」
「ああ。医務局が最近狂犬病が出たからと野良の犬猫を捕まえていたね。だから、この町には困った犬猫などいないと思うよ。」
私は利秋様の言葉を聞いて、衛も知っていてあのような言葉を藤吾に掛けたのだと思い立った。
もう!衛様ったら!
仁は消える時だってあるのですよ!
先に言っとく時代考証:この時代、海軍の白の夏服制服はありません
でも、利秋様は白がお似合いなのです。
なんちゃって明治ですので、白制服ありにしています。
また、1875年内務省に衛生局が発足でしたので、衛生局の部分を医務局に修正しました。