夫婦は相談し合うものです
夕飯はなぜか赤飯が炊かれていた。
私はおこわは大好きなので何の文句どころか嬉しいばかりなのだが、これは一体どうした事かとに尋ねた。
「合図でございます。」
「合図って、なんですか?」
「よろしいですか?いつもと違う事、これは何でも合図になります。りま様?本日あった事を旦那様にお伝えすべきではございませんか?」
私はひゅっと息を呑んだ。
そうだ。
私は大変な事をしたかもと混乱していたのである。
「ええ、そうね。ヨキさんのおっしゃる通りだわ。衛様に相談するべきね。ええ、あの方にこそ問題になってしまいますもの。」
「ようございました。夫婦は何でも話し合うべきですからね。」
「あなたは和郎さんといつも話し合っていらっしゃるの?」
和郎はこの家で下男をしている人だが、戊辰戦争の時には衛のもとで戦った戦友でもあったそうだ。そんな男を亭主にしているヨキは、私の言葉に対してにんまりと微笑んで見せた。
私がひゃっと脅えてしまうような笑顔で。
「私は家の中の事を見る。あん人は家の外を見る。そうやって大事な方のお家を守らせて頂いております。」
金木犀の後ろには誰もいなかっただろうかと、私は今更ながらに大量の冷や汗をかいていた。
思い返すたびに、何でもない兄との会話であるのに、外から見れば逢瀬に見える振る舞いだったのではと心配になっているのだ。
もう!利秋様がエゲレス式の挨拶なんて言い出すから!
ああ、間近での利秋様の美しい顔を思い出してしまった。
彼の顔がどんどんと近づいて来て……。
そこで私の脳みそは勝手に余計な事をしてくれた。
私に近づいて来る顔を衛様に変えてしまったのだ。
「わあ!」
「わあ!」
私の後ろに湯上りでほかほか浴衣姿になった衛様が立っており、やっぱりほかほかになった浴衣姿の藤吾を胸に抱いていた。
藤吾は今や丸坊主ではない。
伯母の家でつるつるに剃られていた頭は、今や衛ぐらいの長さにまで伸びた髪で覆われており、衛と違って幼い子供独特の柔らかい髪はふんわりとウェーブを作ってもいるのだ。
藤吾は衛の生き写しでもあるが、衛のごつっとしたところが無いだけで、全く違う可愛いだけの生き物になってしまうのだから不思議なものだ。
大きな黒目勝ちの目をしたあどけない幼児と、彫りの深い目鼻立ちをした見惚れてしまう程の偉丈夫。
ああ、なんて目と心の保養になる二人なのかしら。
「いや、おどろいた。驚がらせっ済まん。」
「い、いいえ。私が変な事を思い出していただけで、衛様のせいではございませんわ。私の方こそ驚かせてしまって、あら?」
衛の瞳はきらんと輝いた、気がした。
「君よ悩ます変な事とは何だ?」
衛は正義感が強すぎる人だという事を忘れていた。
彼は困った人を見つけると最大限に手助けしてあげようと考えるらしく、困った、と私が口にしただけで飛んできてくれるという困った人だ。
「ええと、本当に大したことではないの。あの、エゲレス式とフランス式の挨拶の仕方が違うって話を聞きましてね、あの、ああ、そうね。衛様はフランス式にはお詳しくていらっしゃるはずですよね!その二つの違いとやらを教えていただけます?ってきゃあ!」
衛は水鉄砲を喰らった顔になって、藤吾をポロリと落としたのだ。
ああ、私が藤吾を寸前で抱きしめられて良かった。
「面白かった!もう一回!父上!母上!もう一回!」
藤吾が脅えたどころか無頼な様子に、私と衛は笑いながら顔を見合わせた。
ああ、衛は何て安心できる素敵な表情を作るのだろう。