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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
新生活となるお屋敷で私は君臨する
12/71

りま殿は天女様に違いない!

 俺は辻占いに自分の余命を占ってもらわねばと、今は本気で思っている。

 俺の妻になったお方は、この一週間と言うもの、俺に何も考えずに仕事に没頭できる環境を与え、離れ離れだった息子を取り戻し、そして、家中を笑い声で満たしているのだ。


 家を満たす笑い声は殆ど息子のものだが、俺の記憶の中の息子はこんなに笑っていないと思い返せば、自分の不甲斐なさに涙が出るくらいだ。


「どうかなさいました?」


 りまは良い所の娘なはずだが、女中を雇っても自分が率先して部屋の掃除などをしたりと、人一倍働く。


()や働き者だと()もて。もっと楽して()かのだぞ。」


「女主人が率先して動かねば、下々の者への示しがつきません。」


 たった一週間ほどだが、彼女が俺の薩摩言葉になじんでくれた事が嬉しいと思いながら畳み拭きをしていた彼女の前にしゃがみ込み、その働き者の白くしなやかな手を掴んだ。

 俺に掴まれて、りまは頬を真っ赤に染め上げた。

 なんて可愛らしい。


「家の中なのじゃっで、俺は()いくさダラダラして()しと()もている。」


 あ、やっぱりわからなかったか。


「ええと。俺は君にこそのんびりダラダラして欲しいと思っている。俺のところに来たばっかりに、君が辛い大変だとなるのは嫌だ。」


「まあ、それは違いますわ。物凄く、ええ楽しくしております。でも、あの、私こそ動いていないと落ち着かないと申しますか。あの。」


「ええと、あの。では、一緒に散歩はどうだろうか?」


 りまは俺に微笑み、かわいらしいぷっくりとした唇が俺に言葉を返そうとそっと開いた。

 ああ、その唇を齧りたい。


 どたどたどたどた。


「母ちゃん!母ちゃん!どこ!」


 息子が俺達がいる部屋に飛び込んできて、俺達は同時に手をひっこめた。


「こら、藤吾!母上さまと呼べ!」


「だって!ああ!お、おか、お母ちゃ、様!飴屋が来た!飴屋!」


「まあ、母ちゃんでよろしくてよ。さあ、飴屋に参りましょうか?」


 藤吾はりまの手をつかむや、さらに元気に、今度はちゃんと母上様と彼女を呼んだ。

 俺は俺からりまをかっさらってしまった藤吾の頭を撫で、残念な気持ちを抱きながら美しい妻に飴代の銭を差し出した。


「まあ、飴代ぐらいございますわ。」


「では、そいでわいのものをてくれ。」


「では、一緒に参りましょうよ。三人で散歩は素敵でございましょう。」


「そうじゃっど。では、ご一緒させっ頂こうか?」


 そうして俺達三人は、誰から見ても仲の良い親子の様にして飴屋の屋台を追いかけたと、俺は昼間の事を思い出してフフッと笑った。


 りま殿は土くれ風情の俺には、なんて勿体無いぐらいのお方だ。

 天女のような美しい器量は勿論、俺の地元にもいなかったぐらいの強い気性の女性であり、さらに正義感が溢れているという清々しい方なのだ。


 そんな方が俺の嫁になった事が信じられないが、陸軍と海軍のくだらないいがみ合いの結果なのだとすれば、もっといがみ合ってくれても構わないと願うくらいである。


 倒幕後に廃藩置県もされ、お国なんて考えも不要となった時代だ。

 今後一般大衆からも徴兵もされるようなれば、剣を持つ特権を持った侍と言う者はこの世に不要なものとなるだろう。


 末端の侍だけな。


 藩主達は貴族の称号を得て、上級武士達は軍部にて高級将校となり、やはり今まで通り旨い飯を喰って君臨している。

 だが、俺のような士族の出ではない人間が少尉ともなれたのだから、これは良き時代と言ってもよいであろう。


 俺は自分の部屋の、敷かれた布団をぼんやりと見つめた。

 布団のいつまでも空っぽの空間を眺め、妻が横になるだろう場所がいつまでも開いている事に胸がチクリと痛んだ。


 それでも、これ以上のものを強請るのではないと、自分を戒めた。


 俺と寝る事が出来ないと泣いたりまのために、俺は別に彼女に部屋を与えた。

 武家の大きな家では、奥様の部屋と旦那様の部屋は別々だと聞いた事がある。

 上級武士の娘であるりまに、それ相応の扱いをしなくてなんとする。

 ハハハ、口説けない情けない男の言い訳だな。


しとねを共にできなかとであれば、あの、別々(べっべっ)の部屋の方がお互いに良いのじゃらせんか?」


 彼女ははにかみながら、恥ずかしそうに頭を上下させた。

 そして俺を見上げた時の瞳は、俺が自分を神様かと錯覚するような尊敬を含んだものであったのだ。

 そんな目で見られてしまえば、俺はもう、彼女がこの部屋に自分から来るのを待つしかない。


 一生死ぬまで待ち続ける事になるかもしれないが。


 ああ、そうか。

 俺が自分が死ぬ死ぬと言い張ってしまうのは、この状態がすでに死にたいくらいに辛いと思っているからだ。


 俺は書き物机の筆立てに立てた飴を眺めた。

 りまが俺に選んでくれた飴だ。


――衛さまは仁のあるお方でございます。


 仁があると尊敬されれば、りまのその尊敬に応えて、俺は一生彼女を抱けずとも我慢するしかないだろう。

 下野の男が手を出せない存在、まさに、天女様だ。


「俺はどっぷいとりま殿に惚れてしもたなぁ。」

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