僕らはダンジョンリターナー!! ~突然レアスキルを手に入れたおかげで、最速のざまぁと最強探索者への道が開けちゃった~
「……ざまぁ、みろっ……!」
深いダンジョンのとある階層で、僕は魔物にはね飛ばされた痛みをこらえて小さく呟いた。
ひょっとしたらその瞬間だけは、笑顔だって浮かべていたかもしれない。
何故なら、僕の目の前で一人の探索者が、今にも魔物に倒されようとしてるからだ。
僕達の前に現れた強敵は角イノシシといって、人間よりはるかに大きい身体で、太くて鋭い角を持った、猛突進が得意なとても強い魔物。
普通なら、相手が一緒にダンジョンへ潜るパーティメンバーだったら、仲間のピンチを喜ぶなんて絶対にしないんだろう。
でも僕は……僕とこいつらは、仲間なんかじゃない!
こんな危険な所に、今まで一度も戦った経験の無い僕を無理やり連れてきて、強制的に戦わせようとした奴らなんて、例え頼まれたって仲間になんかなるもんかっ!
「くそっ! くそぉっ! なんで5階層で、角イノシシなんて強い魔物が出るんだよぉ!!」
「おいガキっ! てめぇいつまで寝転んでやがるっ! さっさと立って囮にでもなれやぁ!!」
武器とか防具は装備してても、このオッサン達が本当に探索者なのかどうか、そんなヒマなんて無くても思わず疑った僕は、震える膝を何とか抑えて立ち上がりながら、心の底からバカにする。
「ぐっ……ば、バカなオッサン達、だな……」
「なんっだとぉ!!」
「ダンジョンは、さぁ……行きよりも、帰りの方がずうっと、キツいんだよ……孤児の僕でも知ってるのにあんたら、何も知らなかったのか?」
「な……何言ってやがるっ! 帰りだとぉ!! 俺達はっまだ潜ったばかり……うわぁぁぁぁっ!!」
「おいっ! もっと頑張れっ! 盾役のお前が殺られたら、それこそ俺らは……っ!!」
は、ははは……。
本当に……本当にバカで物知らずで、どこまでもダメなオッサン達だよ。
このダンジョンって存在が、何をどうやって“それ”を知るのか、誰にも分からない。
だけどダンジョンは、パーティを組んで潜るメンバー全員それぞれの考えとか、心の中で密かに思ってる事とか、そういう形に出来なくて見えもしないあやふやなモノを、的確に読み取るそうだ。
そして、行きよりも確実に強い魔物を、帰り道に必ず用意する。
まるで、ダンジョンに潜る探索者達を生かして帰さない、そう考えているみたいにだ。
探索者の間じゃ有名な話らしいから、いつかはダンジョン探索をしようと思ってた僕だって知ってるのに、オッサン達はそれを知らないらしい。
まぁ、僕もパーティメンバーとして数えられてるのなら、もしかしたらこの状況は僕の心が起こしたのかもしれないけどね。
でも僕は、生きて帰りたいっ!
ダンジョンのあるこの街で生まれて、血の繋がった親も兄弟もいないけど、この年になるまで探索者に憧れ続けたんだ!!
こんな所で、探索者でもなさそうなバカなオッサン達に使われて、何も出来ないまま死ぬなんて……。
「そんなのっ……絶対に、嫌だっ……ステータスオープン!!」
「なにっ!? ばか野郎っ! 今そんな事してる場合かぁっ!!」
「ブモォォォォッ!!」
「ぐはあぁっ!!」
あぁ、ヤバいヤバいっ!!
とうとう盾役のオッサンが、角イノシシの猛突進に耐えきれなくて、結構遠くまで吹っ飛ばされたっ!
オッサンが持ってた盾が手を離れて、僕の近くにガツンッと重い音を立てて勢いよく落ちたのには、冷や汗をかいたよ。
もう少しこっちに飛んできてたら、確実に僕は深い傷を負ってたんだからね。
でもっ、誰がお前らの言う事を聞くもんかっ!
せめて、せめて僕だけでも助かってやるっ!!
その為には、与えられたステータスとスキルが、僕には絶対に必要なんだ!
とは言っても、まだまだ子供でしかない僕のステータスなんて、これっぽっちも期待していない。
今一番必要なのはスキル、しかも使い方が全然分からなかった、レアスキルだ。
このダンジョン、誰が何の為に創ったのか僕は知らないけど、とても不思議な機能がある。
ここに潜る探索者には何故か、ステータスとスキルを与えるんだ。
数字で書かれたステータスは、どこにでも居る普通の人間の力や素早さや魔力なんかを底上げする。
しかもスキルは、ステータスを攻撃とか防御に活かす時に、それを何倍にも高める効果を持つ。
その上ステータスもスキルも、ダンジョンを出ても失われないし、訓練とか魔物との戦いを通じて、どんどん成長していくんだって。
本当にダンジョンって、どうしてこうなってるんだろう?
おっと、今はとても危険な状況なのに、また考えが余計な所に逸れちゃったな。
さて、こんな時に頼れるはずのスキル、それもかなりレアらしいそれは……。
「スキル発動っ! ……【マルチロール】ッ!!」
まぁ、レアだって騒いでたのはこのバカなオッサン達だけども、それでもこの危機を乗り越えられるなら、いくらでも使ってやるっ!!
「ブッ……モォォッ!?」
発動したスキルのせいか、僕だけじゃなく周りのオッサン達も含めて、全員が強い光を一瞬だけ放った。
完全に偶然だけど、そのおかげで僕達に向かってまた突進しようと準備していた角イノシシが、強い光に目をやられてその場に立ち止まった。
「おぉっ! よくやったぜくそガキっ! さて、それじゃ……オラァッ!」
「ぐうっ……!?」
くっ、くそぉ!!
ろくに戦いもしないくせにっ、後ろから蹴り飛ばすなんて邪魔をするなっ!
というかなんでオッサン達は目をやられていないんだよっ!
もし角イノシシだけじゃなく、こいつらも同時に目が見えなくなっていたら、それだけ僕が助かるチャンスが高くなったのに!
「はっ! いいざまだっ!! おいお前らっ、ガキが囮になってる今の内に、さっさとずらかるぞっ!」
「け、けどよぉっ! 盾役無しでまたあんな魔物に出会ったら……」
「誰がアイツを見捨てるって言ったよっ! 逃げる時に拾ってきゃいいだろがっ!! それより急げっ! 早くしないと……」
なんだよこいつら、僕には平気でひどい事するくせに仲間は見捨てないなんて、頭がおかしいよ。
でも、でも……そんな頭がおかしい連中でも、このレアスキルなら……使えるっ!!
まさかこんな風に使うなんて、ちっとも思ってなかった。
さぁ、それじゃあいよいよ、レアスキルの出番――
「いいや……残念ながら、時間切れだ」
「なにっ! だ、誰だっ!!」
――えっ、本当に誰なのっ!?
驚いて思わず振り返ったそこには、僕だってよく知っている装備を身にまとった人達が、堂々と立っていたんだ。
「ダッ……ダンジョンリターナーッ!?」
バカなオッサン達の一人が、逃げるのも忘れてそう叫んだ。
後ろの人達は、この街ではとっても有名な職業、ダンジョンリターナーだ。
行きより帰り道の方がよっぽどツラい、そんなこのダンジョンではすごくありがたい存在で、お金はかかるけどちゃんと依頼すれば、必ずダンジョンから探索者を生還させる。
そういう事が出来るものすごく強い人達の集まりで、探索者達からはとても尊敬されてるんだって。
で、ダンジョンリターナーにはもう一つの仕事があって、僕が巻き込まれたみたいなダンジョンでの違法な探索とか犯罪とかを、厳しく取り締まる衛兵みたいな事もやってるんだ。
まぁつまり、僕が決死の覚悟でレアスキルを発動したのは、魔物への目眩まし以外だと完全に無駄骨だったんだけど、これで確実に命が助かったんだし、それは気にしないでおこう。
でもどうして僕のレアスキルは、まだ発動したままなんだろう?
ステータスの書かれた半透明な板――探索者達は、ステータスボードって呼んでた――には、発動した時に新しく出てきた内容が、残ったままなんだ。
そこには、一番上の“ロールリスト”って文字から始まって、オッサン達の職業とかステータスとかスキルが人数の分だけ、ズラッと書かれている。
……うーん、もしかしてちゃんとどれか一つを選ばないと、このままなのかなぁ?
「おい少年っ! ボーッとしてないで早く逃げろっ!!」
「……えっ?」
……あっ!
そういえば角イノシシがまだ生きてたぁ!!
「ブモォォ!」
「くっ! 間に合わないっ!」
ダンジョンリターナーの中から一人、僕を助けようとして動き出した人がいるけど、それが間に合わないのは本人の言う通り、明らかだった。
だから、もう止められない突進を目の前にして、とっさに飛び退こうとしたその時、たまたまそこに有った盾に手が触れた瞬間、僕は思わずこう叫んでいた!
「【シールドバッシュ】ッ!!」
「ブモフォ!?」
ちょうどいい所に来た角イノシシの頭を、真横から重たい盾で殴り付ける形になっちゃったけど、突然手に入ったスキルはきちんと使えたみたいだ!
「なっ!? なんであのガキがその技を!?」
「おぉっ! 上手いぞ少年っ!!」
今の一撃は結構いい所に決まったみたいで、あの巨大で強い角イノシシがだいぶフラついている。
それを見て、僕が急にシールドスキルを使ったのに驚いたのはもちろん、盾役の仲間が持ってたはずの技を目の当たりにしたオッサン。
今はそいつを取り抑えていて、最初に僕達へ声をかけたダンジョンリターナーの人は、単純にほめてくれた。
でも、この二人の様子が違うのは当然だ。
だって僕は、ついさっきマルチロールスキルを発動するまで、それ以外のスキルなんて何一つ持っていなかったんだからね。
「君のおかげで、かなり戦いやすくなったよ。ありがとう」
「お、女の人……?」
僕を助けに動いた人は、近くに来るとそう声をかけてくれたんだけど、兜に付いたフェイスシールドの下から聞こえてきたのは、間違いなく女の人の声だった。
そうしてそのまま、僕のそばを風のように駆け抜けていった彼女は、手に構えていた槍で鋭い突きを繰り出して、あっという間に角イノシシを仕留めちゃったんだ。
その動きはとても強くて美しくて、僕はみとれているしかなかった。
「とっさの行動とはいえ、素晴らしい動きだった。なかなかやるじゃないか、少年」
「わっ!」
い、いつの間に僕のすぐ後ろまで来たんだろう!?
気が付いてまた振り向いたら、オッサン達全員はもう捕まってて、後は街へ帰るだけって感じになってた。
「え、えぇっと……その……」
「なぁに、心配するな。少年があの連中に巻き込まれただけなのは、ちゃんと見て知っている。さぁ、そろそろ街へ戻ろう」
「あ……僕、助かったんだ……」
「そうさ、それも少年自身の力で……って、おいっ!」
「よ、かった……」
危険な状況から助かったおかげで緊張感が抜けたのか、角イノシシにはね飛ばされて身体のあちこちが痛むのに、僕はそのまま倒れて気を失った。
街で目を覚ました後、色々とめんどくさい事になるなんて、何も知らないまんま……ね。