099 戦友を接待
「そうだったのか。彼には改めて礼を言いたかったんだが……そうか」
その日の夜、俺とベイルパーティは、あの日のことを思い出しながら共に食事をとっていた。
彼――ナツキとはもう一緒に行動しておらず、居場所も分からないことを伝えると、ベイルは残念そうにそう呟いた。
「でもすごかったわよね。悪魔なんていう魔物を超えたような存在を、たった一人で倒してしまったんですもの」
「そうだな、彼はどう考えても金級程度の実力ではなかった。白金級……いや、もしかしたらその範疇ですらなかったのかもしれない」
「それは俺もそう思う。パーティを組んでいた身でもあいつは明らかに異常だった」
「ははは、明らかに異常、か。……そうだ、彼とはどういう風に知り合ったんだ?」
確かに、そこは疑問に思ってもおかしくはない。実力に釣り合いが取れていなさ過ぎるからな。
ベイル以外も興味があるという風に俺を見つめてきたので、無難に説明しておく。
「確か、神聖王国のギルドで向こうから声をかけられた。こっちも警戒はしたが、悪い奴ではなかったからパーティを組んだんだ」
「確か、『ユウシャサマ』でしたよね」
「あ……そういえばそうだったな」
料理を持ってきたセレノの言葉で気づいたが、その言葉自体はこの世界にも存在してるんだったか。自分とナツキの間でしかその手の話をしていなかったから、すっかり忘れていた。
「『ユウシャサマ』?なんだそれは」
まあ当然食いついてくるよな……中々際どい話題だから避けたかったが、仕方ない。
「ああ、俺も詳しくは知らないけど……神聖王国で戦力として召喚されたらしい」
「召喚……戦力……?よく分からないが、何やら訳ありだったみたいだな」
「そうだな。相手も相手だし、下手に深掘りしないほうがいい」
まあ俺は実際のところを全て知っている訳だが……ここで共有していいような内容ではない。
それにナツキや神様から聞いた限りでは、王族とはいえかなり怪しい連中だ。関わらないようにするのが一番だろう。
「多少興味はあるが、そういうことならやめておこう。……それにしても」
そこで案外あっさり引いたベイルは、目の前に置かれている料理を見つめていた。
「なんだ?」
「ああいや……料理が想像以上に美味しくてな。正直なところ魔物料理と聞いて疑っていたんだが」
「そうなのよね。このレッドボア煮込みも食べやすいどころか手が進んでしまうわ」
「研究した甲斐があったよー」
気づくと後ろでエミリーがニマニマと笑っていて驚いた。いつから聞いていたのか。
「君がこの料理を?」
「うん。暇な時に何かできないかなーと思って魔物料理の研究を始めたんだけど……そもそもお客さんは外で食べることが多いから、褒められたことはなかったんだよねー」
「そうなのか……こんなに美味しいのに勿体ないな。これなら毎日でも食べられる」
「……そう言ってもらえて嬉しいよー」
声が嬉しそうだったのでまた振り返って見てみると、少し顔が赤くなっている。あのエミリーが普通に照れるなんて珍しいな。
確かに美味いし、特にレッドボア煮込みは数年前よりも格段に味が上がっているのが分かった。
それを俺も褒めたことはあったはずだが……こういった反応は見たことがない。
「……おかわりもあるからねー」
「それは嬉しいな。余裕があれば頂こう」
「あいよー」
返事だけ返してささっと奥に引っ込んでいった。……なんだか妙な感じだな。
「君たちは毎日タダで彼女の料理を食べているのか?」
「え?そうだけど」
「そうか……俺も引退して宿屋になってもいいな」
「ごふっ!……ベイル本気!?」
「冗談に決まってるだろ」
ベイルの唐突な冗談に過度に反応するハンナ。笑っているベイルに対してハンナは……目がちょっと怖い。
「……まあ食べたくなった時はまた泊まりに来ればいい」
「それもそうだな。……ん?いや、そもそもここに来たのは、料理じゃなくて睡眠のためなんだが……」
「そこはこの俺が保証するぞ。俺もコイツの魔法を受けてから頗る調子がいいんだ」
声の方を見ると、入れ替わるようにして出てきたロベールがベイル達を見定めるように腕を組んでいた。
「店主か」
「そうだ。うちの娘の料理はどうだ?美味いだろう」
「ああ、かなり気に入っている。おかわりももらおうと思っていたところだ」
「それはよかった。……中々悪くないな」
「……なんの話だ?」
「いや、気にしないでくれ」
ロベールの呟きに首を傾げるベイル。……なんか今日親子揃って変じゃないか?相手はいつもと変わらず冒険者だぞ?
俺の知り合いだから慎重に……なんてことはないはずだから、他に要因があるのかもしれないが……正直よく分からんな。
それからロベールはベイル達に、どんな魔物を倒したことがあるのか、どの国が居心地良かったかなど、俺にでも聞けるようなありきたりな質問をしてから奥に引っ込んでいった。単純に店主として顔を出しただけなのかもしれない。
「なんだかいい親子だな」
「そうだな」
しかしベイルのその一言に、俺は即答した。
どんなに様子が変だったとしても、そこは違えようがない事実だったから。
そして翌日。
俺が食堂の床の掃除をしていると、ベイル一行が一番に降りてきた。
「おはよう。今までで一番良く眠れたよ。いい夢も見れたしな」
「それは良かった。またのお越しをお待ちしてますよ」
「ああ、是非また来させてもらう。ところで……」
「ん?」
ベイルはそう言って立ち止まった。その目は厨房の方を向いている。
「……朝食、をいただくことはできるか?」
「あー……ちょっと待ってな」
このパターンは初めてだったので、料理担当に聞いてからでないと判断できない。
従業員分の朝食の食器を片付けていたエミリーに要件を話すと、すぐに表に出ていった。
「軽いものしか出せないけどそれでもいいー?」
「勿論だ。いただけるだけでもありがたい」
「……じゃあ座って待っててねー」
エミリーの返答にベイルは嬉々としてテーブルに座った。他のメンバーも遅れて座る。
「ごめんね、ベイルったらここの料理をすごく気に入ったみたいでね。起きてすぐ朝食朝食うるさかったのよ」
「そうなのか。エミリーも嬉しいだろうな」
「彼女はエミリーというんだな」
妙にご機嫌なベイルがちょっと気持ち悪かったが、久しぶりに快眠だったのと晩飯が美味かったのが要因だろうから、文句を言っても仕方ない。
というか最早俺の睡眠魔法よりもエミリーの料理の方が気に入っているまである。
その後しっかりと完食して、ベイルパーティは店を出て行った。あれだけ気持ちよく出発してくれたら、こっちも嬉しいものだな。
……と思いながら掃除を続けていると、昼頃に外から話し声が聞こえてきた。
またかと俺は顔を引き攣らせるが、聞こえてくる女の声はどこか慌てているように思えた。
「すまない、誰かいるか?」
「ちょっと、まだ話は終わってないわよ!」
勢いよく扉が開く。今回はハンナではなくベイルが扉を開けていた。
昨日と同じく正面に立っていた俺は、とりあえずこう返す。
「……えーっと、準備がまだ……」
「いや、そうじゃないんだ」
ベイルの真剣な表情に、俺は身構えた。
「俺を、ここで働かせてくれ」




