098 戦友を歓迎
「おい、レーブ」
「んー?」
「……ちょっと提案があるんだが」
「……なんだ?」
ある日食堂の机を拭いていると、ロベールが俺の側にあった椅子に腰を下ろした。……急にどうしたんだ?
「お前やセレノちゃんのお陰で、今うちはかなり繁盛してる。ずっと俺とエミリーだけだったら、こうはならなかっただろうな。感謝してる」
「お、おう……まあ仕事だからな。それで?」
唐突に褒められて面食らったが、とりあえず流す。
ロベールが言いたいのがこれじゃないことくらいはわかる。褒めたのは「提案」を通す為に俺を持ち上げただけに過ぎない。
「なんだよ褒めてやってるのに……まあいい。エミリーとは既に相談済みの話だ。それでお前とセレノちゃんが良ければなんだが……この宿を大きくしたいと思ってな」
「大きくする?」
「そうだ。増築とも言うな」
ロベールは、現状黄昏亭が常に満室で、泊まれずに別の宿を探す羽目になる客すらいることに以前から目をつけていたようだ。
俺の睡眠魔法目当ての固定客が十数組程ついていることは、ロベールだけでなく俺も当然知っている。だが部屋数が少ない為、入れ替わりで数日に一回の宿泊に抑えてもらう、というので申し訳なくも了承はしてもらっていた。
しかしロベールは、そこでいっそのこと部屋数を増やしてしまえばいいのでは、と思い至ったようだ。
それなら泊まれずに溢れることも少なくなるし、店側も一日の客数が増えてお互い好都合だ。
……まあ店側としては、だが。
「それって、俺やセレノの負担も大きくなるってことだよな?」
「そうなんだよ。だからお前らが良ければ、という話だ」
「ああなるほど……」
それが最初に俺達を持ち上げた理由だったか。
客の人数が増えれば当然仕事の量も増える訳で、魔法を使って仕事をしている俺とセレノに関しては、宿屋親子よりも負担が大きくなってしまうのだ。
……まあ実のところ、魔力枯渇状態になる程は使っていないので、そこは問題視していないが……単純に仕事の量が増えるのはあまり嬉しくないんだよなぁ。
「……魔法のことだったら気にしなくていい」
「そうなのか?……柄にもなく褒めるんじゃなかったなぁ」
「おい。……だけど、増築の規模によっては四人じゃ手が足りなくなると思うぞ」
「やっぱり課題はそこか。今結構空き時間あるから、少し削ればなんとかなりそうだと思ったんだが」
「俺は今くらい楽な方がいい」
「……」
ロベールが呆れ顔で此方を見てくる。
確かにセレノが魔法で効率化を図ってからは、明確に暇な時間が増えた。そしてその時間を仕事に充てることは当然だと言える。
だが俺個人としては、今更これ以上に働いてまで金を得ようとは思わない。
大抵の人間は、良い環境を手に入れたらそれを手放したくないものだ。
「だから、従業員を増やすなら俺は文句はない」
「……そうはいってもなぁ、もう誰も応募してこないんだよ。お前良い人材紹介できないのか?」
ああ、そういえば俺達が手伝いに入る前に募集はしてたんだっけか。確か一般人は客が冒険者中心だと知ると嫌がって辞退するとかなんとか。
それで俺に、一般人じゃない知り合いはいないのかと聞いてきているのだ。
ただ申し訳ないことに、
「知り合いはいても仲良くはないからなぁ……」
「チェッ、使えねぇなぁ」
率先して関わりを持とうとしなかったせいで、皆顔見知りでしかない。お互いに信用していない人間を推薦するなんてことはできない。
「……すまんな」
「……謝らなくていい。しかしそうなるとこの計画は難しいか……」
ロベールが頬杖をついて思案を始めた。
……俺の我儘でこうなっているのは些か心苦しいが、ここで妥協する訳にはいかない。
何かの気まぐれで、俺みたいに冒険者を辞めて宿屋に転職、とか考えてるやつ居ないだろうか……まあ、いないわな。
諦めて机拭きを再開していると、外で何やら喋り声が聞こえてきた。
宿の入口の前で会話をしているようだが……まだ準備時間なのでこちらからわざわざ扉を開けに行くこともないだろう。
「すみませー……ん?」
そう思って無視していたら、女の声と共についに扉が開けられる。
そこには四人の冒険者……どこか見覚えのある顔が並んでいた。正面に立っていた俺と必然的に目が合い……暫くの沈黙が流れる。
「……なんだ、お客さんか?だったらまだ準備中なんだが」
沈黙を破ったのはロベールだった。俺と同じで、向こうも俺が誰か思い出そうとしていたのかもしれないが……それはロベールには関係のない話だ。
「……あ、そうなのね。……それにしても何処かで見たような……」
「そっちもそうか。一応言っとくと俺は元冒険者だ」
「元冒険者……ああ!『英雄』がいたパーティのリーダーか!」
女冒険者の後ろにいた大柄の男が声を上げた。それを知っているということはつまり、悪魔討伐の時に知り合っている訳だから……ああ、思い出した。
「ベイルのパーティか」
「覚えててくれたか」
大柄の男、ベイルが大きな手を差し出してきたので、その流れで俺も手を出す。
「あの時は色々助かった。お前達が居てくれたからなんとかなったんだからな」
「それはこっちも同じことを言いたいな。ベイルが指揮を取ってくれなかったら、今頃俺達はここで握手なんてしてないよ」
「ははは……そうかもな」
俺の手を力強く握ったベイルが照れ臭そうに笑う。
俺達は悪魔に勝つ為の必須条件だったナツキを連れてきただけだ。
しかしそれは、ナツキが出会ったのが裏事情を知っている俺や、特別扱いしないミーナやセレノだったからこその結果とも言える。
だから「そんなことない」と謙遜するのは控えることにしていた。
それはそれとして、あんな状況でたった一人指揮を取り続けたベイルも十分立派だ。
本来指揮役はギルドマスターか白金級冒険者の役目なのだが、元々様子見と白金級の補助が目的で編成された簡易部隊だった為、やむを得ない部分はある。
ただそこでまともな指揮役がいなければ、あそこに派遣された人間は諸共死んでいた。白金級も結局来られなかったし、ギルドマスターも悪魔に遭遇してからの到着だった。金級のベイルにはあまりにも荷が重過ぎる役回りだったろうな。
一部犠牲者は出てしまったものの、あの状況で勝利することが出来たのは、間違いなくベイルの采配のおかげだろう。
……当時のことを振り返るのはこれくらいにして、そろそろ本題に入るか。
「……で、今日はなんの用で?」
「ん?あ、そうだった……ギルドでよく眠れる宿があると聞いてな。毎日満室になるから行くなら早めに行けと言われたんだ」
「そうそう。でも宿の前まで来てベイルが流石に早過ぎないか、なんて言うからちょっともめたのよ。ダメならダメでまた来ればいいのに」
「うるさいぞハンナ、そう思うのが普通だ」
「うるさくないわよ!」
「……ああ、なるほどな」
ハンナの説明で納得がいった。宿が小さいせいでこんなところにも弊害が出ているのは申し訳なく思う。
「……なあロベール、今回だけフライング許してやってもいいか?一応戦友みたいなもんなんだよ」
「さっきの話の後にそんなことを言うとはな。まあ俺は構わないが」
コソコソと会話。許可をもらえたので頷きだけ返してベイル達に向き直る。
「普段予約は受け付けてないんだが、今回はいいぞ。掃除が終わってないからまだ入れないけど」
「え?いいのか?」
「ほらー、駄目元でも聞いてみるべきなのよ」
「お前はもう黙ってろ」
「……まあ、折角来てもらったしな」
依頼の時はあんなに真面目そうな雰囲気だったのに、そうでない時は案外こんなもんなのか。寧ろメリハリがついていいのかね。
「そういうことなら遠慮なく泊まらせてもらおう。部屋の準備が整うまで一旦出るが、荷物を預かってもらうことはできるか?」
「それくらいならいいぞ」
「ありがとう。それでは今日はもう依頼を受けるのはやめて、適当に羽を伸ばすことにしよう。それでいいかお前ら?」
「ったく……いいわよそれで」
「問題ない」
「……」
ハンナは不満そうに返事し、後ろの男は腕を組んだまま端的に返答、その後ろで無言で頷く男。……このパーティの関係性は、いまいち見えてこない。




