096 英雄が帰還
『ッッッ、クソッ!!!何故、何故勝てない!!!』
『……ふぉっふぉ、そういうモノじゃからのう』
現世とは思えない真っ白な空間で、白い髭を蓄えた老人と、黒い肌に巨大な二本の角、悪魔と似たような風貌の女が、一つの巨大な水晶玉に向かっていた。
その水晶玉には、聖剣を携えた黒髪の青年と、無惨に斬られた悪魔の様子が映っている。
『何度試そうと、悪は善には勝てないんじゃよ。よく分かったじゃろう?』
『うるさい、黙れ!!今回だって運が良かっただけだろうが!……クソッ、死なれたらもう使えないじゃないか……!新しいのを見繕わないと……』
『諦めればよいものを……まあよい、儂が得をするだけじゃからのう。ほれほれ』
老人はしわがれた手を、手のひらを上に向けて差し出した。女はそれを見て一瞬頭に血が上りかけたが……無理矢理抑え込む。
老人の言う通り、これは此方に分が悪いのを承知で挑んで負けた勝負だ。
負けは負け。それをひっくり返すようなことを女はするつもりはない。
『チッ……覚えてろよ!!』
懐から出した小さな酒瓶を無造作に放り投げ、女は姿を消した。
『……ふぉふぉ、こういうところは素直なんじゃがのう……』
受け取った酒瓶の栓を開け、取り出した器に酒を注ぐ。
『しかし、中々にヒヤッとしたぞ、ナツキよ』
溢れるぎりぎりまで注ぎ、ゆっくりと口元まで運ぶ。
『結果的に上手くいったから言う事は無いが……それより、あやつには感謝せねばならんのう』
それを呷った老人は、そっと息を吐き、満足げな笑みを浮かべた。
『ちゃんとテストしておいて良かったわい、ふぉっふぉっふぉ』
ーーーーー
悪魔が姿を現したあの日、トモエ筆頭の冒険者集団が残った魔物を倒し、逃げた魔物達が戻ってこないのを確認した後、翌日には刀剣王国首都に凱旋した。
冒険者ギルドには各国のギルドマスターが勢揃いしており、今回戦いの舞台となったイオタ村とその他の集落の調査を直ちに総動員して行った。
完全に魔物の脅威がなくなったのを確認した後、ギルドは戦いで活躍した冒険者達を褒め称え、惜しくも命を落とした冒険者達に哀悼の意を表した。
……今回の元凶である悪魔を単騎で倒したナツキはこの間ずっと眠ったままだった為、どうすることも出来なかったようだが。
また後日には刀剣王国によって今回の件の褒章の儀が執り行われ、冒険者ギルドに、そしてようやく目覚めたナツキに褒章が与えられた。
さらに数日間は刀剣王国主催で盛大な祭りが企画され、悪魔を討伐したナツキを「英雄」として祭り上げた。
ナツキが居なければ、刀剣王国は完全に滅んでいた。ナツキは刀剣王国の英雄だ、と。
首都には襲撃された村出身の者も多く、故郷を失くし、家族を亡くして悲しむ声が絶えなかった。
しかしそこはたくましい国民性か、いつまでも悲しんでいられないとある時からナツキを祭り上げることに全力を注いだ。
自分達だけでも守ってくれた英雄に、心からの感謝を伝える為に。
……そして。
「もう勘弁して……」
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
「お疲れナツキ!」
泊まっていた宿に戻ってきたナツキが、俺達が集まっていた部屋にふらふらと入ってくる。そして近くにあった椅子に崩れるようにして座った。
目覚めてからすぐ褒章の儀に強制参加、その後英雄として祭り上げられたことで、実質ずっと王国に拘束されていたのだ。
本人は褒章すら望んでいないのに、祭りは碌に楽しめず、大勢の人間に囲まれもみくちゃに。それが祭りの期間中ずっとだったんだから、そりゃこうなるわな。
「……まあ、しばらくはゆっくりしたらいい。後はもう自由だからな」
「……そうだねぇ……」
神様からの、悪魔を倒すという使命を全うしたナツキ。冒険者稼業を続けるもよし、ずっとだらだらするもよし、観光をするもよし、……元の世界に帰るのもよし、だ。
そこは、ナツキの自由だから。
「……とりあえず、きょうはもうねたいかなぁ……ふわぁぁぁ……」
「魔法いるか?」
「……いや、なくてもねれそ……ぐぅ」
「ナツキ!」
ミーナが揺さぶるが、全く起きる気配がない。仕方なくといった風にミーナはまたナツキを背負い、申し訳なさそうに部屋を出ていった。……別に迷惑ではないんだけどな。
「……俺達も寝るか」
「そうですね。……久しぶりに、一緒に寝てもいいですか?」
「……いいよ」
寝転がろうとしたところに、セレノが密着してくる。急な行動にいつもドキッとさせられるが、今日は俺も癒しを求めてセレノを抱き寄せた。
「セレノ」
「……?」
「冒険者、辞めよう」
「……?」
単純な疑問を含めたつぶらな瞳が見つめてくる。可愛いな、じゃなくて。
「もう、危険は懲り懲りなんだ。セレノをこれ以上心配させたくない。それに金ももう稼がなくていいくらい貯まってるから、無理に続けることはないんだよ」
「……いいと思います。しばらくはこうしてのんびりしたいですね」
言いながらぎゅっと抱き締めてくるセレノ。……こうしてのんびり、ね。
「……決まりだな」
しばらくそのまま抱き合い、セレノがうとうとしてきたところで横になった。
翌日、冒険者を辞めることをナツキに宣言すると、ナツキは一瞬目を丸くし、考える仕草を取り……二人で喋る時間が欲しいと言ってきた。
こういう時は大事な話になるので俺も真面目な対応をした。異世界人である俺達二人でしか共有できないものだから。
セレノとミーナにはまた少しの間部屋を移動してもらい、ナツキと向かい合って座る。……あれ?数年は経ってるのに、初めて会った時と全然変わってないような気が……
まあ、それはいいか。
「で、なんかあったのか?」
「……うん、驚かないで聞いてね」
「……なんだ?」
この時点でなんとなく内容を察して少し悲しくなったが、杞憂に終わる可能性もあるのでひとまず話を聞く。
「……僕、元の世界に帰ることにする」
「……そっか」
……思った通りの内容だった。同じように冒険者を辞めたいだけなら、二人だけで話すこともないし、そんな気まずそうにする必要もないからな。
「全然驚かないね」
「まあな。想定できたことだし、何より雰囲気で分かった。……やっぱりあっちの方がいいのか?」
「う―ん、その言い方は語弊があるかな。こっちもすごく楽しいんだけど……非現実的っていうのかな、やっぱり普通じゃないんだよね」
「あれだけのことをやっておいて?」
「はは……そうだね」
この世界の人間以上に人間離れしているやつがそんなことを言うとはな。いや、俺が慣れすぎているだけで、大体の人はこう思うのだろうか?
「それに、悪魔と話してる時に思ったんだ。元の世界に帰って、剣道にとらわれずに自由な生活をしてもいいんじゃないかって。もちろん向こうの常識の範囲内でね」
「……ああ、そういえば剣道一筋って言ってたな。確かにそういうのもいいな」
学生時代なんて人生で一番楽しい時期といっても過言ではない。それをなんとなく剣道だけで終わらすのは、俺も些か勿体無いとは思う。
気が付いたら学生時代が終わっていた俺が言う事でもないが。
「というか、悪魔とどんな話してたんだよ」
ただ、ナツキがどうするかより、ナツキに帰りたいと思わせた悪魔との会話の方が気になってしまう。
「ああ、それね。……なんか、悪魔は自らの意思で動いてたんじゃなくて、誰かに操られていた、っていう感じらしくてね」
「……どういうことだ?」
「僕も分からない。ただ本人がそれに悩んでる感じだったから、和解というか倒さなくてもいい方向に持って行こうとしたんだけど……最後に自我を失っちゃって」
「……ほう」
なるほど、それで倒す前に何やら話をしていたのか。話が通じる相手とは思えなかったが……やっぱり見た目だけで判断するのはよくないんだな。
しかし、最後には自我を失った、か……和解されると困るから、無理矢理暴走させた、とかか?なら一体誰がそれを……?
……なんて、考えても無駄だな。人智をとうに超えている。
「……まあ何にせよ脅威は無くなったんだ。お前は勇者から英雄になって、颯爽と姿を消す、それでいいと思う。ミーナには話したのか?」
「それは……これからだね」
「……、頑張れよ」
ミーナにふれた途端悲しそうな顔をしたので、俺はそっと落ちた肩に手を置き、励ますように送り出した。
また翌日。
ナツキは今日元の世界に帰ることに決めた。流石に早すぎる、もう少しゆっくりしていってもいいのではと言ってみたが、あまり残ると帰るに帰れなくなるといって流された。……送別会とか一応考えてたんだけど。
「ありがとな。楽しかったよ」
「うん、此方こそありがとう。来た時は怖かったけど、随分と楽しい思い出になったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「もうあの睡眠魔法が受けられないと思うと悲しいけどね」
「おい、俺との思い出はそれだけか?」
笑い合いながら固い握手を交わし、一歩下がる。……隣から鼻をすする音が聴こえるから。
「ナツキ……本当にもう帰ってこないの……?」
目を赤く腫らしたミーナが、涙目でそう聞く。
ナツキがどういう風に説明したのかは知らないが、亡くなった母親の話をしても泣かないミーナがこうなるとは。
……誰だって恋人との別れは辛いものなんだろうな。
「……うん。ごめん」
「ついても行けない?」
「……駄目だね」
「……そっか。……じゃあ、最後に」
ミーナのダイビングハグを正面から受け止めるナツキ。少し異様な光景だったが黙っておく。
そしてお熱い展開になったので、さっと目を逸らす。……ここで、そういうのは他所でやってくれ、なんてのは言えないし言わない。
「……じゃあ、元気でね?」
「うん、ミーナもね。今までありがとう」
ミーナが離れた後今度はナツキからハグを返す。ナツキにとっても、ミーナとの別れは辛いようで、顔が泣きそうになっている。頑張れ。
「……辛いけど、このままだと帰れないから、もう行くよ」
何とか涙は抑えたナツキがさっとミーナから離れる。
「……それじゃ」
「元気でな」
「ありがとうございました」
「バイバイ、ナツキ!」
俺達はナツキが見えなくなるまでその場で見送っていた。途中ナツキが目元を拭ったように見えたが、埃が目に入っただけだろう。
元の世界に無事帰れるのか、帰ったとしてどういう状況なのか。俺には分からないことばかりで色々心配ではあったが、その辺は神様がうまくやってくれると信じよう。
……こっちの世界でのこと、忘れないでいてくれたら、それで俺は満足だ。
第六章終了です。
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