093 苦悩が引金
『……貴様ハ、ナンノ為ニソノチカラヲ振ルッテイル?』
「何の為……仲間を守る為、かな」
『……ソレデ貴様ハ満足シテイルノカ?』
「……満足?」
『不満ハナイノカ?』
何故悪魔がそんなことを聞いてくるのか、ナツキには分からなかったが……なんとなく、答えてしまってもいいだろうという気になった。
「分からないけど……」
『……?』
「これが使命らしいから」
悪魔は紅目を丸くする。そして……
『……フフ……フハハ……』
「……何か面白かった?」
突然笑い出す悪魔。それを妙に思いながらも……ナツキは不思議と嫌悪は感じなかった。
単純な疑問だった。
『貴様モ、我ト同ジナノカ……?』
「……同じ?」
「勇者」と「悪魔」。そんな対極に位置する者達に、共通点など存在するものなのか。
ナツキはまた疑問だった。
『……コウシテフト考エル時ガアルノダ……我ノコノ行動ハ、自ラノ意思ナノカ、ト……』
悪魔は腕を下ろし、暗い空を仰ぎ見た。
余りにも無防備な姿に、ナツキはどうするか困ったが……攻撃はしなかった。
「……人間が憎いんじゃないの?特に僕みたいなのが……僕等を殺す為に侵略してるんじゃ?」
『……憎イ、憎イガ……コノ感情ガ、我ノモノナノカ……』
「……どういうこと?」
いよいよナツキは理解できなくなった。憎いという感情が……自分のものではない?
『……我ハ数百年前……チカラヲ持ッテウマレタ。仲間ヲ従エ強化スル、コノチカラヲ』
「……はあ」
悪魔は躊躇いもせず、自らの能力を明かした。何故?何の為に?
ナツキは諦め、黙って聞くことにした。
『ウマレタ時既ニ、我ハ人間ヲ憎ンデイタ……ハジメハソウイウモノダト、考エモシナカッタガ……何十年何百年ト経ツ内ニ、疑問ヲ抱クヨウニナッタノダ……我ハ本当ニ人間ガ憎イノカ、ト』
「……」
ナツキは分からないなりに考えていた。
家が剣道場だったナツキは、物心ついた頃から剣道に触れてきたが、それを苦に思ったことはないし、楽しいと思って続けていた。
ただ、この世界に来るまでの人生は、何をするにしても剣道が中心だったように思う。部活動は剣道、部活動がない日は家でも剣道、剣道剣道と常にそれが頭の中にあった。友達と遊べる日は月に一度あるかないかだった。
この世界に来てからは、当然そんなことはなくなった。原型はほぼ無いにしろ、剣道を嗜んでいたからこそこんなにも活躍することが出来たが、それでもやりたいと思ったことをやりたいようにやってきた。
自由という言葉を、今ここで初めて理解した。
一つ考えがよぎる。もし、ナツキの家が剣道場でなかったなら。
家が剣道場であるという理由だけで剣道を始めていたナツキなので、それがなければ別のことをやっていただろう。
剣道以外のスポ―ツだったり、友達と毎日のように遊んだり……恋愛したり。
ああ、それはそれで楽しいんだろうなぁ。
全くもって温度の違う想像だったが、ナツキはなんとなく悪魔の悩んでいるところが分かった気がした。
「……そこまで気にするくらいなんだったら、もういいんじゃない?」
『……ナニ?』
「侵略なんてしなくていいんじゃない?」
ナツキは何の思惑もなく、そう提案した。
只々、悪魔に一つの答えを提示したのだ。そこに「侵略をやめてもらえれば被害が出なくて済むのでは」なんていう考えはない。
『……ソレデ、イイノダロウカ』
「誰かに命令されたとかでもないんでしょ?」
『ソレハ……ソウダガ……』
悪魔は憎むべき相手の発する言葉に、確かに揺らいでいた。
数百年もの間人間を憎み続け、二度も人間の土地に侵略した。前の侵略の時には、数多の人間を殺した。
そんな自分が突然侵略をやめますと言って、仲間達に理解されるだろうか。人間達に許してもらえるだろうか。
いや、許してもらいたい訳ではない。理解されたい訳でもない。ただ自分の本当の感情というものを知りたいだけだ。
……この侵略をやめれば、それを知ることができるのだろうか――
『グッ……!?グアァァァッッ!!』
「え!?」
悪魔は突然頭を抱えて激しく唸り始めた。酷く苦しそうなその様子に、ナツキは心配した。
もう既にナツキは、悪魔のことを敵として見ることが出来なかった。悪魔とは、魔物達が人間に仇なす為に生まれた存在だと思っていたのに……こんな人間と同じような悩みを抱えていたのだ。
ナツキは、これを演技だとは思えなかった。
『グゥゥッ……』
「……大丈夫?」
『グッ……ヤハリ……コウナルノカッ……』
「……こうなる?」
『……コウイウコトヲ考エ過ギルト……激シイ痛ミガ……グアァァッッ!』
悪魔は激しく暴れ……禍々しいオーラを垂れ流し始めた。力の制御ができなくなっているらしい。
「……どうしたらいいんだ」
ナツキはまた悩む。目の前に苦しんでいる者がいる。それは人間ではないけど、会話はできるし、敵対心も皆無になっている。
できれば、もう戦いたくはない。悪魔なんて呼ばれているけど、攻撃してこないなら、わざわざ倒すこともない――
『……グゥ……貴サマ……我ヲ……マタ、フウ印……イヤ……イッソ……』
「……え?」
『……ワレニハ……ジユウナド……ナイ、ヨウダ……ダカラ……モウ……
モウ、ココデコロシテクレ』
悪魔から一気にオーラが溢れ出した。ナツキは咄嗟に身を引き、顔を覆う。
なんとか悪魔を見やると、頭の角を歪に大きく伸ばし、厚くオーラを纏っていた。……もう、正気はないようだった。
ふと後ろを見れば、仲間達が疲弊と絶望を滲ませている。
「……やるしかないのか……」
理解し切れぬまま、ナツキは悪魔に剣を向けた。




