092 元凶が登場
「……お出ましだな」
宙に浮いているその人のような、しかし人間には考えられない肌の色と、頭に禍々しい角を生やした姿に、誰もが確信した。
こいつが今回の元凶……悪魔であると。
「ドウシテモ私ノ邪魔ヲシタイヨウダナ……忌マワシイ人間共ッ!!」
悪魔が怒りを剥き出しにし、当然のように自らの左右に火の玉を作り出す。
先程のものと比べると小さいが、それでも十分大きいサイズだった。それを一つはナツキ、もう一つは――
「避けろぉっっ!!」
誰かがそう言った。火の玉は冒険者達が避けた場所に落ち、激しい火柱を上げた。
「なんて威力だ……ぐあっ……!?」
『ギギィッ!!』
冒険者の一人がこっそり近づいていたゴブリンに攻撃をもらってしまう。それを引き金に、ゴブリン達が突撃を再開した。
当然、敵は悪魔だけではない。それを思い知らされた冒険者達は、選択の余地無く目の前の障害に立ち向かう。
「くそっゴブリン達が……どうすればいいんだ……」
ナツキは悪魔の火魔法をなんとか凌ぎながら、この土壇場で迷っていた。味方の為にゴブリンや他の魔物を一掃した方がいいのか、それとも悪魔のみに専念した方がいいのか。
直前に自分が必要不可欠だと知らされ、心の準備ができていなかったナツキにとって、この状況で素早く判断することは難しかった。
「あいつ、何をして……セレノ、俺はあいつに喝を入れてくる。ここは頼んだ」
「えっ?待ってください!!」
「私が行くっ!!」
セレノの制止を無視して走り出した俺の横をミーナが一瞬で追い越し、みるみるうちにナツキに迫っていった。……まあ、ナツキが動いてくれるならそれでいい。
この期に及んでいつ来るかも分からない白金級を待つなんて悠長なことやっていられないし、いずれにせよナツキに頑張ってくれないとこの戦いには勝てない。
それは伝えた筈だが……流石にそんな直ぐには飲み込めないか。
ナツキも本人の意思で勇者になった訳じゃないからな。責任の押し付けにも程がある。
……ただ、どれだけナツキが悩もうが苦しもうが、俺には頑張れと言う事しか出来ない。
本人以外に唯一人、ナツキがこの世界に来た理由を知っているが故に。
「ナツキ!!」
「えっミーナ!?レーブ達と一緒に居てって言ったのに!」
危険過ぎるからと遠ざけておいたミーナが、呼吸を乱しながら此方に走ってくる。何故わざわざ……
「だっていつものナツキじゃないんだもん!」
「っ……」
いつもの、僕。
それってどういうものなんだろう……
悩んでいる時にそんなことを言われると、思考がこんがらがる。
今はどうすればいいかの答えが欲しいのに。
「今のナツキ、なんかカッコ悪い!!」
「えっ!!?」
今まで言われた事のなかったその言葉にナツキは驚いたが、そんなタイミングで火の玉が飛んできた。
しかも、それはミーナを狙っている。
「ミーナッ!!」
咄嗟にミーナの前に飛び出し、火の玉を破壊する。また爆風が起きるが、ミーナを傷付けまいと身体全体で庇う。
しかしこんな状況にも関わらず、ミーナはナツキに密着し、身体を預けてきた。動揺はしても、ナツキが身体を動かす訳にはいかない。
と、直後はそんなことを考えたが……よく分からなくなった。
……何故これだけのことで、気持ちが落ち着いてしまうんだろうか。
直ぐ後ろには、悪魔がいるんだけどな。
「……ナツキなら出来るよ。私は信じてるから」
「……分かった」
ナツキが頷くと、ミーナはナツキの頬に口付けし、悪戯に笑って颯爽と戻っていった。
……
……この短い時間で、僕は何回驚かされるんだ。
「……ありがとう、ミーナ。全力で立ち向かうことにするよ」
照れて上がった口角を押さえながら、ナツキは立ち上がり、振り返った。
普通の魔物は、別に僕じゃなくても相手できる。だけど悪魔は、僕にしか相手できない。
なら、何を優先すべきかなんて明確じゃないか。寧ろなんでそんなことで悩んでたんだろう。
「おっらぁぁぁぁっ!!」
ナツキは一人飛び出した。漂う土埃に紛れ、一瞬で悪魔に迫る。
『ソレデ奇襲ノツモリカ?』
魔力を纏った腕でナツキの袈裟斬りを止めた悪魔は、酷く冷め切った声でそう発しながら、反対の手で闇の力を行使する。
「ぐっ……はあぁぁ!!」
咄嗟に身を捩ったものの魔法を受けてしまったナツキ……だが、そのまま一回転し再度剣を振る。
『甘イ、ソンナ攻撃ガ通ジルト思ッテ』
「まだまだっ!!」
『……』
ナツキはひたすら剣を振った。悪魔に攻撃の隙を与えてはいけないと考えて。
そして悪魔はその攻撃を淡々と防ぎつつも……違和感を感じていた。
『貴様……本当ニ人間カ……?』
「っそれは、酷く、ないかなっ……?」
空中での激しい攻防の中、悪魔は密かに驚愕していた。高エネルギ―の塊を受けながら、そのダメ―ジをものともせず戦い続ける。
……それも、宙に浮いたままで。
「うぉらぁぁぁー!!」
『……クッ』
ナツキの怒涛の連撃を捌ききれなくなり、やがて悪魔の腕から鮮血が舞う。これ以上はよくないと悪魔はナツキを弾き飛ばし、なんとか距離を取った。
『……貴様トイイ前ノ奴トイイ、ソノチカラハドコカラクルノダ……』
「はぁ……はぁ、僕だって知らないっ、気づいたらこんな力があったんだっ!!」
ナツキは呼吸を整え、衝撃波を放った後再度悪魔に迫る。防がれても強引に剣を振り続け、悪魔に攻撃をさせない、そして体勢が崩れるのを狙っていた。
……のだが。
『……気ヅイタラ、カ……』
「……?」
つい先程まで憎しみを燃やしていた悪魔の紅い目に、急に何処か憔悴を感じたナツキは……ゆっくりと攻撃の手を緩め、自ら距離を取った。




