089 睡眠が大事
目が覚めた時、俺は知らない建物に運ばれていた。暗くてよく見えなかったが、隣にはセレノが寄り添うようにして眠っているのは分かった。
……この感じ、前もあったな……まさかまた一年経ってるとか言わないよな……
一人内心焦りながら、でも眠っているセレノを起こす訳にもいかず、取り敢えず辺りの様子を観察してみる。
……静かな夜だった。
あれだけ酷い状況だったのに、脅威などまるで感じない。……村の奪還は成功した、という事だろうか。
俺達の他にも横になっている人達がいた。依頼で一緒にここまで来た冒険者達や、鎧を着込んだ騎士であろう人達が数人。
それと……
「おはようレーブ」
「……おはよう」
ナツキ。すぐ隣で、壁に凭れて此方を見つめていた。
「よく眠れた?」
「……分からん。どれくらい寝てた?」
「う―ん、半日くらいかな」
「……そんなもんか」
流石に一年とかそんな事はなかったようで安心した。
それでも、まともに寝付けない俺からすれば、半日でもよく眠った方だと思う。
……極度に疲れるような状況に陥ると一応は寝られる、ということか。ただ確実に心配されるから意図的にやるのはナシだな。
これ、睡眠じゃなくて気絶だからな。
余計な考えを振り払って次に身体を見る。まだ少し痛むが、普通に動けるくらいには回復している。そもそも普通に会話出来ている。ということは。
「セレノさんが治してくれたよ。それで魔力枯渇?を引き起こしたから眠ってるけど」
「ああ……やっぱりか」
そうだろうとは思ったが……魔力枯渇になってまで回復する必要がある程に、俺の状態はまずかったのだろうか。
そうなら、俺はいよいよセレノに頭が上がらなくなる。遂に命まで助けてもらったことになるからな……
既に守られる立場にある事を再認識したところで、俺は思考を切り替える。
「魔物はどうなった?」
「あのでかいやつなら倒したよ」
「それはそうだろうな。ただ他にもベイル達が相手していたやつとかがいたと思うんだけど」
「ああ、その辺も全部倒したよ。僕が戻ってきた時に戦ってたから、助けに入った」
おぉ、やっぱり勇者は違うなぁ……俺なんかオーク一体に何も出来ずに死にかけたのにな。
あの時、セレノが声を上げなかったら、あっさりとぺしゃんこになっていただろう。
……まあ今自虐は必要ないので本題を続けるとして。
「つまり、ここは安全なんだな?」
「うん。今は呼んできた冒険者や国の騎士達が交代で警戒してくれてる。魔物も今のところ来てない」
ナツキ達が報告に戻った時、冒険者ギルドは、今回の件がギルドだけで押さえられるものではなくなったと悟り、刀剣王国に援助を求めたそうだ。
国の騎士団の仕事は本来、街の治安の維持と門の管理、増え過ぎた魔物の討伐が主である為、強力な魔物討伐に関しては基本的に冒険者ギルド内で処理する決まりになっている。
しかし、人民に多大な被害が出ることが見込まれた場合は、例外的に援助を求めることができるのだ。
大きな戦力がある訳ではない為、あくまで人民の保護、救助を目的としたものになるが……それでも冒険者だけでは手が足りないのでとても助かる。
「……全部お前のおかげだな」
「僕だけじゃないよ」
そんな救援を呼んできた上に、速攻で帰ってきて魔物討伐にも貢献した。ナツキでないと出来なかった事だろう。
しかし本人は当たり前だと言わんばかりにそう即答し、俺とは反対側に視線を落とした。そして安心しきった顔で眠っているミーナを見て、頬を緩ませる。
どれだけ自分が活躍していても、どれだけ周りがそれを褒め称えても、決して驕ることはない。常に自分は謙遜し、周りを尊重する。
そんな聖人的な人柄もあって、ナツキは勇者というものに選ばれたのかもしれないな。
……ただ。
これからは、本当に勇者にしか出来ないことをやってもらうことになるだろう。
俺は当然、他の冒険者達も手出しをする事ができない域の戦闘が始まるのだ。
それがいつ始まるかは分からない。だがそれが始まった時、辺りの被害は更に大きいものになりそうだ。
今のうちに避難をしておいた方がいいのか、それとも――
「おい、お前」
「……ん?」
一人考え込んでいると、いつからか目の前に仁王立ちの男がいた。たったこれだけの喋りとなんとなく窺える茶色の髪で、これが誰なのかは簡単に想像がついたが……
「なんでお前がここにいるんだ?」
ギルドマスターダグラスの息子。こいつは商業王国にいたはずだ。俺達が依頼を受ける際もこいつのパーティは呼ばれていなかったから、尚更ここにいるのは不自然だった。
「それはこっちの台詞だ。急に宿からいなくなるなんて聞いてないぞ」
「それは、すまん。急に依頼を受けることになったんだ。……で、俺なんかに何か用か?」
「……睡眠魔法をかけてくれ」
「……は?」
睡眠魔法を受けたいが為に、わざわざこんな辺境まで追いかけてきたのか?
その行動力は評価したいところだが……ちょっと度を越している気がする。
「金なら払うから。頼む」
「……いや金はいらないが……依頼は受けたのか?」
「受けた。丁度ランクが上がったから、どうせ行くならついでにと思ってな。叔父にも許してもらえたんだ」
「……そう、か」
あくまで依頼の方がついでになっているあたり、もう俺の魔法の中毒になっているらしい。
初めて会った時はもう関わりたくないと思っていたのだが、こいつが改心して宿に来てからは、そこそこ話すようになった。
何しろ毎日のように来ていたからな。今でも鬱陶しい時はあるが、それでも数少ない俺の魔法のファンだから、今更無碍に扱うのも忍びない。
ここまで追いかけてきたのは流石にちょっと怖いが、仕事をする気はあるようだし、魔法も減るものではないので、今回はサービスしておくことにしよう。
仕方なく適当にこいつと、振り回されているのに何故か申し訳なさそうにするパーティメンバーを寝かしつけて、軽く溜息を吐く。
「……僕もお願いしていいです?」
「……お前もか、ナツキ」
隣から恐る恐るといったような声が聞こえてくる。今の会話の流れがあったからだろうが。
「ちょっと羨ましくなっちゃって」
「しょうがないな……」
……客が増えたので、追加で適当に寝かしつけて、また溜息を吐く。
「……睡眠魔法が使えるのか」
「……はい?」
……今度は騎士がそんなことを聞いてくる。……ああ、もう。
「恥ずかしながら、このような環境で眠る事が殆どなく……寝付けないのだ」
「分かりましたいいですよ。……他にはいませんか」
さらに手を挙げた数人に騎士達を流れ作業のように次々に適当に寝かしつける。辺りから寝息だけが聞こえてきたところで、俺は盛大に溜息を吐いた。
……まあ、これで少しでも士気が上がれば、俺も役に立てたと言えるだろうか。




