087 努力が奇跡
「怪我人は?」
「こっちだ」
村人が避難しているとアタリをつけた建物だが、表の扉から入れそうになかったので裏口を探すと、此方を見つけた村人の男が手招きしてきた。
中に入れてもらい身分を明かした後そう問うと、建物の地下に案内された。普段は備蓄倉庫として使っているが、緊急時のシェルターとしても使うらしい。
そこには、今何が起こっているのかかすらよく分かっていないであろう子ども達や女性達が、地震のような振動に怯えながら奥の方で身を寄せ合って座っていた。
突然入ってきた俺達を、誰もが不安そうに見つめてくる。
……まずは多少なりとも警戒心を解かねば。
「私達は刀剣王国首都から派遣された冒険者です。この中で怪我をしている人は此方に」
「大丈夫です、レーブくん。ここなら…混合魔法、やってみます」
「え?……分かった。……今から治療魔法を使います。動かずじっとしていてください」
俺の言葉を遮り、いつにも増して真剣な顔で此方を見てきたセレノに、俺は目を一瞬だけ合わせて直ぐに頷いた。
魔法を説明している間にセレノはゆっくりと前に出て、目を閉じ……魔力を貯め始めた。
すると吹くはずのない風がどこからともなくセレノの周りに集まり、髪や服を靡かせる。
未だ状況を掴めておらず、不用意に信用もできない村人達は、警戒しながらもその様子に息を飲み、セレノの次の行動に注目していた。
そして、俺は考える。
セレノが混合魔法について色々と試しているのは隣でずっと見てきたが、それが成功しているところは見たことがなかった。
セレノがそんなできるかも分からない魔法を、今このタイミングで挑戦するというのは、普通ならあり得ないことなのだ。
失敗する可能性が高い時は不用意に使ったりしない。できないと分かっているものに期待するのは非効率的だと考えるから。
しかし。
今回はそんな慎重なセレノが「やってみる」と言った。つまりそれは、何かしら成功する算段があるということ。
そんなセレノのことを、俺は信じている。あれだけストイックだったセレノになら、できると信じている。
集中を妨げないように静かに後ろに下がり、その背中を見守る。いつもは体格的に小さく見えていたが、今はとても頼もしく映る。
「……<癒軟風>……!!」
優しく、かつ力強くそう言い放たれると、セレノを中心に渦を巻くようにして、暖かく柔らかな風が皆の身体を包み込んだ。
なんとも心地のよいそれは淡い光を帯びており、張り詰めたこの空間を見る見るうちに解きほぐす。怪我を治すだけに留まらず、村人達の不安な感情も和らげていく。
……これが、あの傑物ヘクターが見抜いたセレノの真骨頂――治療魔法と風魔法を理解し、高度な技術によってそれらを配合させた、セレノにしか出来ない唯一無二の魔法。
「……痛くない……痛くない!」
「……奇跡じゃ……」
やがて風が収まると、ある子どもは自分の膝を見てそう声を上げ、ある老婆は涙を流しながらそう零した。
他の村人達もその声で自分の怪我の箇所を見て、先程の風が傷を癒したことを理解する。その表情に怯えはもうない。
……完璧だな。
「……大丈夫か?」
「……はい……!」
息は荒くなっていたが、フラつくようなことはない。魔力枯渇もしていないようだ。……もう、セレノに対して過剰な心配をするのは失礼だな。
……そういうことなら、これから俺のやるべき事は。
「……ここは頼んでもいいか?外を警戒したい」
「……はい、気をつけてくださいね」
「分かってる。……頑張ったな」
一瞬だけ強く抱きしめて労いの言葉をかけた後、俺は案内してもらった男性と共に地上へ引き返した。
……本当はもっと褒めてやりたいし、なんならずっと抱きしめていたい。
……しかし、こんな状況ではそんなこと言っていられない。最優先は仕事なのだから。
「……すごいんだな」
「……あれは彼女の努力の賜物ですよ」
男性の一言に、俺は黙って頷けなかった。
あれは、「すごい」なんて安い言葉で終わらせられるものではない。
ヘクターの言葉通り、あの魔法を使えば、一度に大勢の人を助けられるのだ。
今までは一人一人に治療魔法をかけていくしかなかったが、そんな手間もいらなくなる為、大勢に対する治療速度が圧倒的に速い。これは革命と言ってもいい。
そしてその魔法は今、恐らく世界で一人しか使えない。使うにも前提として希少な治療魔法と風魔法の二種を扱える他、何度も言うが詳細な知識、技術を必要とする。
それらがどれくらい必要かなんて、横で見ていた俺ですら推測できない。
少なくとも、熱が出て倒れるくらいには努力しなければならないだろうな。
それだけのものを、俺は「すごい」の一言で終わらせることはしたくなかった。
……なんて、魔法に疎い人に長々と説明しても分からないだろうから、それ以上は言わなかったが。
セレノもその成果を自慢して回ることなどしないだろう。分かる人が分かっていればそれでいい。
セレノがそう思うのなら、俺もそれに従うだけだ。
外からの耳をつんざくような爆発音を聴きながら正面扉の方へ向かうと、数人の男達が申し訳程度の武装をして外を警戒していた。
が、よく見ると皆が見つめるのは同じ方向……爆音のする方だった。
……オークとカーム達の戦闘。今もまだ続いているようだ。
爆発音と共に建物が揺れ、執拗に不安を煽る。
バガァ―ンッ……
「あ……」
「っ……あ……あぁ……」
一際大きな爆音が聴こえてきた後、呼吸も忘れて見ていた村人達が、そんな声を出して力無く膝から崩れ落ちた。気づけば爆発音も鳴り止んでいる。
……まさか……カーム達が……
急いで村人達が見ていた扉の隙間から外を見ると……
此方に振り返ったオークと、目が合った。




