083 恩人が引退
それからは俺も毎日訓練に付き合い、ボコボコにされながらもそれなりに経験を得られたところで、馬車はついに刀剣王国の首都にたどり着いた。
基本的に低めの建物が碁盤の目状に並んでいて、日本の風景に近しいものを感じる。
ナツキもこの国は居心地が良いと言っていたから、やはりそこの感覚は共通なのかもしれない。
当然のように前を歩き出したナツキとミーナが、冒険者ギルドへの案内を始める。
ナツキにとっては一番長く滞在した国だから、感覚で町を歩けるのだろうな。
すぐにギルドに着き、中に入ると壮年の男が出迎えてくれた。
「おお、ナツキ殿とミーナ殿ではないですか!」
「お久しぶりですエイジさん、ってそれ!大丈夫ですか!?」
エイジと呼ばれた男は、右側の袖をひらひらとたなびかせていた。……明らかにそこにあるべきものが無くなっている。
「こうなってしまっては、私はもう駄目ですね。後は若い世代に託しますよ」
左腕で右肩を撫でながら、随分と爽やかな笑顔でそう言った。
……冒険者を辞めることに思い残すことはない、ということだろう。
「そうですか……」
「はい。……まあ、そうは言ってもまだ辞めさせてくれないみたいですがね」
「……え?どういうことですか?」
爽やかな笑みはフッと消え、神妙な顔になるエイジ。その後首を振って。
「それは私の問題なので、お気になさらず。……ところで、ナツキ殿達は何故お戻りに?お連れの方もいるようですが」
しっかりと俺とセレノの存在を認識していたエイジと目が合い、名乗るとさっきの爽やかな笑みが戻ってきた。
ナツキ達とは俺達と別れてすぐに出会い、二人の世話をしてくれていたらしい。中々良い人に出会えたもんだ。
「――僕達はロレス森林地帯の件で緊急依頼を受けて来たんです」
挨拶を終えて本題に戻ったが、それを聞いたエイジはまた表情を強張らせた。
笑顔になったり深刻そうな顔になったり、忙しいなこの人。
「なんと、そうでしたか……なら私とも関係がありましたね。この腕はその依頼を出す為の偵察の際にやられたんです」
「なっ……」
「そんな……」
確かに、報告するには状況の正しい把握、つまり現地に行く必要がある。それを引き受けていたのが、目の前のエイジだったようだ。
想定外だったのか、ナツキとミーナは絶句していた。
「ああ、そんなに気を落とさないでください。私自身大分錆が浮いてきていて、そろそろ潮時かと思っていましたから」
「……エイジさんはまだまだ活躍出来たと思いますが」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが……もう、どうにも。私は貴方達の更なる活躍を期待してここで待っていますよ」
エイジは話を切り上げ、ギルドの奥へと俺達を迎え入れた。
道中、ナツキは顔を曇らせたままだったが……俺は黙って背中を叩いておいた。
本人がそれでいいと思っている以上、此方が気にしても仕方ない。
エイジはこの依頼の件で、ギルドでの補佐役に任命されていた。言わずとも副ギルドマスターの部屋に案内してくれたので、依頼の件、後数組の冒険者が俺達同様にやって来ることを伝えた。
すると副ギルマスは複雑そうな顔で俺達に感謝を述べ、他冒険者が集まるまで待機を命じた。
……何故そんな顔をされたのかは分からなかったが、言っていることに問題はなかったので気にしないことにした。
「……ナツキ、この街の観光案内してくれよ」
「……そうだね」
ギルドを出てもまだ元気がなかったナツキを見かねて、俺は思考を変えてもらう為にそんな提案をした。
待機命令によって暇ができた、というのもある。
「どこがいいかな……」
「ナツキがよく行ってたあの店に行けばいいんじゃない?」
「……確かに。あそこならレーブも気に入ってくれるだろうし。何より僕が行きたい」
「おお、それは楽しみだな」
ミーナの助言もあって少し元気を取り戻したナツキは、ゆっくりと前を歩き出す。
「助かった、ミーナ」
「……うん。……ナツキって、案外繊細なところあるんだよね」
「そうなのか?」
「そうは見えませんでしたが……」
「意外だよね。私も割と最近知ったんだ」
後ろでこそこそと会話。初めて会った時から今までそんな風に感じたことはなかったが、表に出していなかっただけらしい。
ただ、ミーナにそれを見せたということは、心を許せる相手ができたと取ってもいいだろう。
……本来、それは俺がケアするべきだったが。
「これからもナツキの傍にいてやってくれよ」
「……うん!」
少し恥ずかし気に笑顔でそう返したミーナは、とぼとぼ歩くナツキに後ろから抱きついていった。
チラリと見えたナツキの横顔は、驚きながらもどこか嬉しそうで、微笑ましかった。
「良い関係ですね」
「そうだな」




