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081 周囲が変化

 翌日、朝早くに宿屋親子の見送りを受けて刀剣王国に出発した俺達は、俺達四人と数人しか乗っていない馬車に揺られていた。

 俺以外は皆二度寝に入っていて、車輪の転がる音だけが聞こえてきている。


 因みに俺は一度寝もできていない。



「……俺はいつになったら寝られるんだろうか」


 小声で一言。

 誰に聞かせるわけでも無い。ましてやセレノには聞いていてほしくもない。

 だが、俺のこの心情は、自然と口から零れ落ちていた。


 この世界に来て数年間、ずっとまともに寝られていないことに大分慣れてしまってはいるものの、その欲求は未だに消えていない。


 この魔法があれば、一瞬で気持ちよく寝られるのに。寝ることが出来れば、もっと生活が楽しくなるのに。

 一時はずっとこればかり考えていた。しかしそれが今すぐ叶うことがないということにストレスを感じるだけだと思い、最近はそういうことは考えないようにしていた。


 でも、どうしてもふとしたタイミングで考えてしまう。夜寝ようとしても目が冴えていて気付けば空が明るくなっていた時、周りは眠っているのに自分だけは眠れず起きている時。……今は正にそんな状況だった。


「……言っても仕方ないんだけどな」


 ずっと寝たい寝たい言ってたって、寝られるようにはならないから。今もなお俺の為に頑張って知識技術を蓄えているセレノにも圧をかけてしまうだろうし、なにより精神衛生上よろしくない。


 現状、俺はいつ終わるかも分からないセレノの研究に期待するしかない。でもそれは無理のない範囲で頑張ってほしいと思っている。既に頑張りすぎて体調を崩してしまったことがあるから尚更そう思う。


 ふと隣で眠っているセレノを撫でる。どことなく嬉しそうに微笑む姿に、愛おしさが込み上げ、頬が緩む。


「……俺が我慢すればいいだけなんだ」



 ……うだうだ考えながらも、結局はこう結論付けて、俺は毎回この思考に蓋をする。





 昼になって軽く飯をいただいた後には、ナツキとミーナの訓練が始まった。

 二人曰く、高ランクの魔物の依頼は偶にしか出されない為、感覚を鈍らせないようによく打ち合いをしているらしい。

 恋人に向けて武器を振る、というのは二人からすればなんともないようで、寧ろ一緒にいる分お互いの欠点が見えて捗るのだとか。


 そういう関係もいいよな、と思いながら二人の訓練を見させてもらっていると……次第に口が開いたまま閉じなくなるような光景が広がる。


「その攻撃の仕方はまずい、受け流された時に無防備になってしまう。足の捌き方を工夫してみよう」

「分かった!」


 基本的に打ち合いというよりも、ミーナの動きにナツキが指導する形のようだ。お互いの欠点が見える、とは言っていたが、指導に回れる程ナツキは既に完璧に近い。そんな男のどこに欠点があるのか、俺には分からない。

 ……というかそれよりも。


「……何が悪かったんだ?」


 それ以前に、加速魔法を使っているのか、早過ぎてミーナの何が駄目なのかすら全く分からなかった。


「あれ見えてる?セレノ」

「さっぱりです……」

「だよな……」


 残念そうに首を振ったセレノを見て、俺だけじゃないと密かに安堵する。


 まず聞きたいのは、それ程までに早くなって避けられることがあるのか、ということだ。金級適性でもそんなに速く動く魔物なんて見たことないから、白金級やそれこそ対悪魔を想定しているのかもしれないが……

 ナツキなんて大分早い段階で消えるレベルの動きをしていた。それが数年経った今、本気を出したらどうなるのか……



 そこまで考えて、勇者の力が末恐ろしくなった。中身は同じ日本人のはずなんだけどな……



ーーーーー



「なんだと!?今日もか!?」

「今日から、いや昨日からしばらくは無理だねー」

「……そんな……」


 黄髪の女性の前で崩れるように膝をついたのは、茶髪の青年。その顔は絶望で染まっている。


「気持ちは分かるけど、そんな顔しなくてもー……」

「するさ……俺はもうアレが無いと満足できないんだ」

「そうは言ってもねー……レーブ君は刀剣王国に行っちゃったし」

「……刀剣王国?」

「うん、なんか緊急の依頼?らしいけど。詳しいことは聞いてないなー」

「……そうか、なら刀剣王国に行けば……分かった、ありがとう」


 ブツブツと呟きながら青年は立ち上がり、遠くで呆れ顔で待っていた仲間達のところへと戻っていった。



「……大人気だなーレーブ君」


 呆れていたのは、女性も同じだった。既に同じような客を数人は相手しており、皆顔に絶望を浮かべて立ち去っていく。


「また来たのか?」

「うん。思ったより深刻かもねー」

「そうだよなぁ……俺も今日からアレがないと思うと憂鬱だ」


 建物から顔を出した橙髪の男もアレの虜になっていて、女性はさらに呆れるしかなかった。


「ちょっと、ちゃんと頑張ってよお父さん」

「分かってるよ、半分は冗談だ。……しかし、これは本当に客が減りそうだな」

「……そうだねー」


 金は貯まっているから問題ない。そうは言ったものの、あまり怠けていられないのは目に見えている事だった。


「何かまた別のウリを考えないとな」

「うーん……あ、じゃあ私はもっと魔物料理の開拓してみようかなー」

「お、いいなそれ」



 しかしそんな状況でも、宿屋親子は前を向いていた。

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