077 休養が必要
「今日は動くのやめておこうな」
「はい……ごめんなさい」
「謝らなくてもいい……と言いたいところだけど、最近ちょっと頑張りすぎてたな。気持ちは分かるけど、これからはちゃんと休息も取ってほしい」
「……はい」
そう返事をしたセレノは、少し険しい顔で額を抑えていた。熱があるようで、小さく溜息を零している。早くも反省を始めているらしい。
「んじゃ、行ってくる」
「……何処にですか?」
「え?ギルドだけど」
「……人には休めって言うのに、自分は休まないんですね」
「休むよ?休むっていう報告をしに行くだけ。依頼よりセレノの方が大事だからな」
「あ……そう、ですか」
微かにそう言って、セレノは既に赤い顔をさらに赤くして俯いた。
だったらお前も休めよ、って言いたかったんだろうが、思わぬ返しを受けて恥ずかしくなったらしい。
俺は、これはこれでセレノの癒しを受けるチャンスだと思っただけなんだけどな。病人にそれを求めるのはおかしい気もするけど。
という訳で、俺は先程言ったようにギルドに休みの報告だけ入れて帰ってきた。職員には抗議の目を向けられたが、元々冒険者にはある程度の自由が保障されている為、当日の朝であろうがどうこう言われる筋合いはないのだ。
……この世界のこういう緩いところは、俺も気に入っている部分ではある。
今日はもう外に出ないつもりなので、寝巻に着替えて再び寝転がる。
セレノには水と布を用意し、睡眠魔法を弱めにかけて寝かせている。後はエミリーに依頼しておいた栄養食を食べさせれば、すぐに良くなるだろう。
そしてよくなったセレノに、あわよくば俺も癒してもらう。そういう寸法だ。
とりあえずのやるべき対応は終わっているので、残るは俺の今日一日の行動だが……便乗して休みを取ったまでは良かったものの、やることを何も考えていなかった。
こういう時は惰眠を貪るのが一番なのだが、それが出来ない以上、他に出来ることを考えなければならない。
こういう時にナツキ達がいてくれれば、楽に時間を潰せるんだけどな……
ナツキ達は、やはり腕が鈍ると言って毎日なんだかんだ依頼をこなしている。
よくもまあそんな飽きずに続けられるなと思うが、冒険者としてはその方がいいので口には出さなかった。
二人とも神聖王国にいた時と装備も顔つきも変わっていて、正直滅茶苦茶強そうだった。実際刀剣王国ギルドマスターのトモエに認められているようだからそれは間違いないんだろう。
……強くなるのはいいが、ナツキはこれからどうするつもりなんだろうな。
まだ元の世界に戻りたいとか思っているんだろうか――
「入ってもいいー?」
結局何もしないまま昼時までゴロゴロしていると、部屋の外からエミリーの声が聞こえてきた。
まだ眠っているセレノの為に静かに扉を開けて、食事を持って立っていたエミリーを中に入れる。
「まだ早かったかな?」
「そろそろ起きるだろうし、丁度良かったよ」
「そっかー、ならよかった」
エミリーは眠るセレノを見ながら優しく微笑んだ。どこか母親のような雰囲気すら感じて、同年代であることを一瞬忘れる。
「最近すごく頑張ってたもんねー」
「やっぱりエミリーにもそう見えたか」
「そりゃそうだよー、って他人事のように言ってるけど、レーブ君もだからね?」
「ん?俺もか」
何言ってんだと此方にジト目を向けてくるエミリー。
「そうそう。……その様子だと、今日もうちの手伝いする気だったでしょ」
「そうだけど……駄目か」
「うん、今日は二人ともがっつり休んじゃったらいいと思うよ。店の方はなんとかするし」
発言まで頼れる母親みたいに思えてくる。ただ、その気持ちは嬉しいのだが。
「大丈夫なのか?あんな大勢の客どうするんだ?」
「大丈夫、文句言われたらお父さんがビシッと言うから」
「……そっか。じゃあお言葉に甘えて」
「そうしたまえー」
そこはロベール担当なのかと思ったが、素直に従うことにする。ロベールは本当に頼りになる男だからな。……たまに弱気になることもあるけど。
セレノにも言われたが、俺も十分疲れているように見えていたようだ。なら周りに心配されない為にも、休める時にちゃんと休んだ方がいい。
「……ん、エミリー……?」
「あ、おはよーセレノ。ご飯できてるから食べてねー。……じゃ、そろそろ私は退散しますよー」
「いつもありがとな、エミリー」
「へへ、どういたしまして。……あ、最後に」
俺だけに聞こえるように言った小さな言葉に、俺が当然だと言わんばかりに頷くと、エミリーは満足げに微笑んで部屋から出ていった。
……本当に、何から何まで気の利く子だな。
「……どうかしましたか?」
「ん、今日は手伝いもしなくていいって」
「そうですか……気を遣わせちゃいましたかね」
「そうだな……まあ今日はしっかり休ませてもらって、また今度埋め合わせしよう」
「……そうですね、折角なので。……お腹空きました」
セレノはそれ以上気にするのをやめて、嬉々として食事に手を付け始めた。
責任感の強いセレノがこんな反応を見せるのは、それだけエミリーに心を許しているからこそだろう。セレノの親友とも言える程に仲良くしてくれて、ありがたい限りだ。
食事を終え、また少しセレノを寝かせた後。
「……レーブくん」
「起きたか。もう大丈夫?」
「……抱き着いていいですか」
「っ……、どうぞ」
あまりにも突然だったので心臓が跳ねたが、望んでいたことでもあった為平然を装って了承する。
するとセレノはサラリと俺のベッドに入ってきて、スルリと俺の腰に腕を回した。
「……最近、こうしてなかったので」
「……そうだな、忙しかったもんな」
「はい……」
白い髪を梳かすように頭を撫でると、セレノから力が抜けた。体重を預けてくれていることに信頼を感じて嬉しくなる。
「……いつにも増して頑張ってたよな。素直にすごいと思った」
「……それはレーブくんだって……」
「俺はあんなに頑張れない。寧ろ手を抜いてるな。じゃないともたないから」
「そうなんですか……?」
「うん。……セレノも頑張るのはいいけど、頑張り過ぎないように手を抜けるようにもなろうな」
「そんなことできません……レーブくんの為に頑張ってるのに」
「ああ、そうか、そうだよな……ありがとう。でも、俺はセレノが倒れてしまわないか心配なんだよ」
勿論、俺の為に頑張ってくれているのは知っているし、嬉しく思っている。感謝もしている。
しかし、そのせいで倒れられるのは心が痛む。
「……そうですね……体調を崩してしまっては、出来ることも出来ないですから」
「そう。……まあ、俺は頑張ってるセレノを見るの好きなんだけどな」
「っ……もう、言ってることおかしいですよ」
「はは……でもこれは本心だ」
愛しさがこみ上げてきて、赤みが引いてきた額にそっと口付けを落とすと、セレノは一瞬俺と目を合わせた後、俺の胸に顔を埋めてきた。
「……熱がぶり返しちゃいます……」
「ああ……ごめん」
……こういうところもとても好きだが、これ以上調子に乗るのは良くない。
先程エミリーにも言われた、「セレノを褒めてあげて」は無事完了したので、後はセレノがしたいようにさせておこう。
……そう思って俺からは何もアクションしなかったのだが、それはセレノも同じで、この後しばらくは無言で抱き締め合うだけの時間を過ごした。
ただ、それだけでも俺が求めていたものは満たされた。……とても、有意義な時間だった。




